合縁奇縁・下
花の騎士一行を乗せた船は天翼河をかく上る。
船ばかりは正式なところで借りた方が良いとアンネにも女将にも言われたため、一台のレンタル用中型船(誓約書にサイン済み)を借り、中小企業所属の運転士らを数人雇った。
「良い天気だねぇ……」
「運動したいぃぃぃぃぃ!!」
「アンネさんと泳いで来たら?」
「泳げないし」
「練習」
「いい……」
様々なスポーツの中でも、唯一泳げないために水泳が嫌いなシャルロッテ。船の甲板に置かれたベンチの上でぐったりと日光浴をしている。
「この辺りは水の流れが強いっちゅんで、泳げない人は危ないよ」
「あら? じゃあ“気まぐれ”の心配をしなくて良いんですか?」
「気まぐれって言うんは、流れの穏やかな場所で起こるんやで。こないに急なところじゃまずウンディーネも居らへんのじゃよ」
コロコロとアンネが笑った。仕事というのはその道の人でないと想像のつきにくい物であるし、アンネからすれば聞かれ慣れた質問ということで特に気分を害したりもせず、やんわりと間違った認識を訂正させる。
「なんや他人事じゃな。そういう貴女は泳げるんですたでしょうか?」
「一応、“今は”ね。クロールと平泳ぎくらいなら」
「おー! 水棲種族じゃないのに泳げるっちは珍しいでんにゃあ」
花の騎士で泳げるのはゼルレイシエルとマオウとマロン(レイラ)、例外的にアルマスだけである。レオンなどの種族的に泳ぐのが苦手というのを除けば、ほとんどが泳ぐという動作が可能な環境に身を置いていなかったため。
全長三メートル五メートルを優に超す巨人族の村出身のリリアなど、プールなどの環境があるはずもない。
アルマスが例外的というのはクロールやバタフライといった泳ぎこそ出来ないものの、獣化状態で犬かき泳ぎが本能的な部分で可能であるという意味である。
「にゃあって……猫人族かよ」
「びょうじんぞく……あぁ! 去年の暮れごろに猫のお客さんと契約したこともあるけんね! 一緒にお面被った変な男性も居たっちゃ! 紳士でしたけれど」
どうやら契約したお客さんとの会話から大和語を習得しているらしいアンネ。比較的他の地方に比べて旅人が多い【流厳なる湖沼河】地方だと、フリーの水査姫という立場も相まって様々な地方のヒトと喋るらしく、その影響で方言などがごっちゃに混ざっているらしかった。
「お面……? もしかしてこんな感じの、白くて猫みたいな耳のついたお面じゃないですか?」
「そそそ! そんな感じですね!」
横で聞いていたリリアが、帳簿用に携帯しているメモ帳にサラサラと顔のような絵を描いてアンネに見せた。ゼルレイシエルとリリアの脳裏に浮かんだのは、とある顔見知りの存在。
リリアはゼルレイシエルにも絵を見せると、眉を少しだけあげた。
「もしかしてマール・ティエラって方だったりしませんか?」
「うん~どうだっかなぁ……顧客名簿みればわかるけんど……あぁ、シェ……シェリー……シェロリ?」
「シエロ?」
「そうだ! それですそれ。そんな名前を言ってましたねぇ」
ふとシャルロッテの体がピクッと動いたのを、獣化状態で日光浴していたアルマスが不思議そうな目で見る。
船酔いで船室で寝ているレオンとマロンはともかく、甲板に出ていた何人かの花の騎士達は不思議そうな表情をとった。瞬火の村を訪れたのは去年の夏、つまり半ばごろ。
花の騎士達が魔法学園に通っていた頃に、瞬火の村の村長である“妖精猫”族のマール・ティエラが、【流厳なる湖沼河】地方を訪れたということである。
黒花獣が消え、観光客や避難民(移民)が増えているほど比較的安全である【星屑の降る丘】地方を出て、わざわざ黒花獣の居る【流厳なる湖沼河】地方に訪れる意味。
ただ単に観光という話で、変に穿って考えているという可能性もあるが、
猫がわざわざ水の多い地域へ観光をしに行くのだろうか。という見方も出来るのだ。
「ねぇ、何のために……「おいアンネさん! あんまり他のお客さんのこととか喋んねぇもんだぜ!」
「そうでありますでした! ゴメンね! これ以上は企業秘密!」
重要なところで船の乗組員から声がかかり、話を聞き出せずじまいに終わる。
たしかにアンネの口の軽さもどうかとは思うものの、リリアが恨みがましげに乗組員を少しだけ睨んだ。
「あ、あの子俺に気があんのかな!」などと変に解釈して、乗組員がひとりで騒ぐということが起きたりするが、それはどうでもいい話である。
☆
しばらくして船が徐々にスピードを落とし、ほぼ前進していないぐらいの速度へ変化した。
「アンネさん頼む! “気まぐれ”に入った!」
「あいあいさ~んじゃ言って来るよう」
アンネが船長の声を聞いて、茶色の少々ごわっとした毛皮をカプセルから取り出した。
それを服の上・頭の上から被ると、不自然に毛皮が丸まり、端と端が引っ付いてアンネの体が毛皮に包まれる。
ヒレのような手が生え、脚が魚の尾びれのように扇型のような形へと変化した。つぶらな瞳が現れると、空を仰ぐようなポーズから床へと倒れ込んだ。
「アオゥ」
少し高めの声でアザラシが鳴いた。アザラシの毛皮を被ることでアザラシへ獣化が出来る、セルキー族のアンネ。その姿の女性ウケの良いこと。リリアとゼルレイシエルがピンク色の声をあげ、シャルロッテがらんらんとした目で見ている。
一方マオウは素知らぬ顔で釣りに興じており、アルマスは美味そうな肉だ、などと思わないように必死に顔を背けている。イヤホンをかけて携帯端末を弄っていたアリサなどはチラとアンネの方を見たが、一応女性ということもあって「可愛い」と言うのも気恥ずかしく、すぐに視線を何気なく船の外へと向けた。
「うわっ! めっちゃウンディーネばっかりいる気持ちわりぃ!」
携帯端末を弄っていたため気が付かなかった船の外の光景を見て、アリサが鳥肌を立たせながら素っ頓狂な声を漏らす。
そんなアリサを横目にしながら、アザラシはとぷんと水の中へと体を入れる。
天翼川は比較的きれいな川だ。それなりの距離の先まで物体を確認でき、アンネはゆったりと水底へ向かって泳ぐ。
普通ならば下に向かった泳いだとき、勢いに沿って上へと向くであろう毛並みが、一部だけ“下”を向いた。
「きゅう……」
アンネはその異常な水の流れを把握しつつ、川底近くで体を横に戻す。
周囲に注意しながら泳ぐと、視線の先に大きな影が見えた。巨人と見紛うほどの大岩。大型船であればガリガリと岩のてっぺんで船底をこするなり乗り上げるなりしてしまうだろう。しかし逆に言えば中型船程度なら問題がないということ。
(今日のこの辺りは危ないかも……)
アンネは経験則からどことない危機感を覚える。
周囲を見渡せば魚や甲殻類などが見当たらず、目の前の大型の岩のような大きな影が、いくつも居並んでいた。典型的な“ウンディーネの気まぐれ”である。
アンネが体をくゆらせ、下から突き上げるようにくる異常な水流に逆らいつつ、大岩の間を素早く抜けた。
(やっぱり)
アンネが見たモノは大岩の影になるような位置で逆さまに突き刺さった巨木。尖った先端部分は大岩の上部の位置にあり、気が付かずに大岩の上を通れば巨木に船底を突き破られると見られた。
アザラシの耳にゴゴゴと大きな音が届く。現在進行形で“大岩や土砂”が川底を蠢いているのだ。
河川や湖沼が密集している【流厳なる湖沼河】地方は、水の精霊であるウンディーネの数が極端に多い環境である。同じような水場よりも様々な種類があった方がヒトが楽しい・綺麗と思うことと同じで、単に水の多い海の上などよりも精霊も多様性を好むのだ。
神獣の一柱“東の雷獣”鵺が、『無数の雷の精霊ヴォルトと契約することで自由自在に電気を操る』のと同じ原理で、非力な水の精霊も数百と集まれば水流を逆向きにし、大きな岩を転がして動かすことも出来る。
そして厄介なのが、精霊はイタズラ好きという性質。誰とも契約していない精霊は歯止めが効かず、大参事を引き起こしかねないイタズラがかくも当たり前のように引き起こされる。
ウンディーネ達の悪戯によって大岩や材木が危険な形で流れてきたり、異常な水の流れで船が川縁に激突するなど。古くから【流厳なる湖沼河】の船乗りを悩ませてきたものこそ、“ウンディーネの気まぐれ”と呼ばれるものであった。
“なまくらの弥助”と呼ばれた、【流厳なる湖沼河】地方で一番大きな海運業者を立ち上げた男が考え付いたものこそ、“水査姫(貴)”である。
ソナーなども存在しない古い時代、大きな船を作ろうとも気まぐれによって船が沈んでしまう。そのために小型船しか運航していなかった。
そんななか、当時魚介類を盗む厄介者などとして迫害されてた水棲種族たちと手を組み、大型船運行方法の確立と水棲種族の社会的地位向上を成し遂げたのが弥助である。
他地方ではマイナー偉人とも言われるなまくらの弥助は、【流厳なる湖沼河】地方では“ヤスケさん”として、人形などが作られるなどして慕われている。
(あのヒトら……たしか妖精の知り合いに会いに行くとか……っと、集中せんとね)
岩が倒れてくる可能性などを踏まえて、最大限の注意をしなければならない水査姫。別のことを考えていてはいけないと気を取り直し、アンネは周囲の地形を把握するために水を切って泳いだ。
更新遅れてしまい申し訳ございません…!
いつも更新に関係する事柄のお知らせが遅くて申し訳ないのですが(こういうのタイミングが掴めなくて……)
実は三月半ば頃から引っ越しなどがありまして、なかなか執筆時間が取れなかった経緯があります……
それに花粉症で集中が出来ないなどの要素も重なり……二週間ぐらい更新できてなかった…?
引っ越し関係も含めてひとまず四月上旬ぐらいまではあんまり時間が取れないです。
まぞできの方も更新しなければならないので、もしかしたら四月中旬まで更新停止するやも……
読者の皆様には長い間お待たせしてしまう事になり、本当にすみません……出来るだけ更新出来るように合間を縫って執筆頑張りますので。
今後ともよろしくおねがい致します。




