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双神八天と九花(ここのか)の騎士  作者: 亜桜蝶々
清水クニノ求血鬼譚
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合縁奇縁・中

「ズドラスビーチェ(おはよう)!」

「ずどらすびて?」

「ちゃうちゃう。ズドラスビーチェ!」

「ズドラスビーチェ」

「プリクラースナ(素晴らしい)!」


 翌日の旅館ロビー。北部大陸風のエキゾチックな花柄ワンピースを着たアンネが、座椅子に座りながら花の騎士一行を出迎える。

 彼女の故郷の言語でおはようの挨拶を交わした。聞きなれない言葉にシャルロッテがカタコトで返したが、続いてマオウがかなり正確な発音であいさつを返す。アンネが右手の親指と人差し指を輪っかにしながら故郷の言葉で褒めたところ、言葉の意味は解らずともジェスチャーでわかるため第三次狐葉亭戦争が勃発した。ちなみに第一次は夕食時のマオウとシャルロッテで、第二次は女将さんとアルマスである。


「ボケーー!! なに勝ち誇った顔してんだこのやろー!!」

「テメェのカナリヤみてーにピーチクパーチク甲高いだけの声じゃ、滑らかに言えたところで聞き取れねぇよ」

「ゴリラ声!! ゴリラぼいす! 牛の声!!」

「どれも低くて渋い良い声じゃねぇか。褒め言葉か?」

「ぐぎぃぃぃぃっ!!」


 本来落ち着いた雰囲気の旅館だと言うのに、大声で怒鳴って地団駄を踏むシャルロッテ。まさか気まぐれにした挨拶からそんな喧嘩に入る、とは思ってもみなかったアンネは呆気にとられつつ、どうするべきかと手を右往左往させていた。

 昨夜の戦争は食べ物絡みのことであり、食べ物の恨みは恐ろしいという言葉があるが、それは北部大陸でも共感できるものである。食べ物の少ない北部大陸では中央大陸より強い可能性もあった。しかしそれすら関係の無い、他愛のない出来事からの喧嘩。契約をしたことに何とも言えない不安が襲い、アンネの顔が曇る。


「クソノッポのだみ声がなんだって?」

「イケボだカス」

「お前歌手デビューのオファーきたか?」

「……チッ!」


 イキるマオウに対して、横から入って来たレオンがマウントを取る。

 魔法学園文化祭でマオウもかなり評判が良かったが、レオンのように音楽事務所からの誘いまではなかった。いまどき演歌を出してもなかなか売れないため、致し方ない部分もあるのだが。しかし勝ち負けにこだわるマオウには気分が悪かった。


「歌上手いんでしょうか?」

「上手いよ~かなり上手い。歌手デビューしてお金稼いでくれたらいいのに~」


 さらに横からリリアが割って入る。会計一先ず後にして、会話に混ざりたかったというわけだ。


「んなめんどくせえことすっかよ。ただでさえあの後、知らねぇヤツに絡まれるようになったっつーのに」

「良いじゃんモテモテ」

「俺が女に囲まれて嬉しいと思うタマだと思うか?」

「おねショタ?」

「んで年増相手なんだよ」


 極度にげんなりとした表情になるレオンである。

 見た目や成長の仕方が人間に近いとは言え、レオンはれっきとしたドワーフだ。感性も(女性が人間の少女のような見た目である)ドワーフ的なものであり、高身長ナイスバディ系のゼルレイシエルよりはまだシャルロッテの方が好みではあった。シャルロッテの性格が嫌いなため、レオンには恋心のこの母音であるkすらなかったが。


「ロリコン?」

「は?」


 レオンの認識ではそれが普通だが、他種族から見ればそう感じるのも仕方がない。仕方がない、が。マオウに羽交い絞めにされるほどレオンがキレたりして、シャルロッテがリリアに平謝りさせられる事態となった。


「あー……狐クサくて寝られやしねぇ」

「アルマスって嫌いな物には結構性格と口悪くなるよな……」

「溜め込むよりマシだろ」

「人間関係を考えろっつってんの」


 ペシンとアルマスの後頭部をはたきながらアリサとアルマスがロビーにやってきた。これまでツッコミ役的な立ち位置であったが、不倶戴天の仲な人狐族が非常に多い【流厳なる湖沼河】に来た途端に、旅館の女将と喧嘩をするという珍事を起こしたアルマスである。

 エキドナでも萌華相手に片鱗こそ見えていたが、ここまで極端だと思っていなかったアリサは似合わないながら頭を抱えた。


「いって……極力顔に出さないようにはするけどよ……」

「ジッとしてれば人間の見た目なんだからバレないだろ」

「臭いでバレる」


アリサも種族として嗅覚は良い方であるが、エルフにとって特に鋭敏な感覚は聴覚だ。音感などがあるわけではないが、親しい人物の呼吸の特徴などは覚えており、数人程度であれば目隠しをされても誰が誰だかわかったりする。

一度隠し芸として仲間達相手に行ったが、女性陣にキモいとドン引きされた経緯があり封印していた、


「……俺苦手だけど香水でも使うか?」

「使ったって鼻良い奴は匂い嗅ぎ分けられるから意味ねぇ」

「厄介な……」

「ほんとな」

「当の本人のお前が言うな」


 裏拳のように、平手でアルマスの胸を軽く叩く。まぁ、古き良きツッコミの常套行為である。


「ところで香水持ってんの?」

「化学製品ぽいの苦手だから自然由来のやつだけど、何個か。体質的に体臭そんなにないと思うんだけどな」

「たしかにアリサは匂い少ないな。そこらの女性より少ないかも」

「エルフだからじゃねぇの?」

「そうかも。アリサん故郷行ったとき、木の匂いが強かったし。ちょっと失礼……」

「くすぐってぇ!!」

「濃厚なBLの気配を察知しました」

「「ちげぇよ!!!」」


「女将さん、昨日は本当にすいませんでした色々と……」

「いえ、当館こそお客様にご不快なことをしてしまいまして……」


 カウンター越しにそれぞれペコペコと頭を下げる。どちらも謙虚と言うか頭が低いため、謝罪合戦が終わらなさそうな気がしたマロンが仲裁に入る。


「ストップです。それぞれ、互いにそれぐらいにしましょう。進まないですし」

「そうね……」「は、はい! レイラ様!」

「え、あ~うん。そう、ストップよ」


 マロンの状態でレイラだと認識され、しどろもどろになりつつもタメ口にして頷く。


「皆様はこれからどちらの方へいらっしゃるんですか? アンネ様がいらっしゃいますから、迷子の心配は無いと思われますが……」

「“しだれぐし町”をとりあえず目指そうかなと。流銅ながれ市も行けたらいいかな……と思いますが、しだれ櫛町の向こうですからねぇ……」

「あ、流銅市と言えば、最近お客様から面白い話を聞いたんです」


 きょろきょろと周囲を一度見渡し、他に聞き耳を立てている人物がいないことを確認する女将。


「ちょっとお耳をお借りしても?」

「はいはい」


 ゼルレイシエルとマロンがそれぞれの髪を耳に掛け、手を添えて小さな声も聞こえる様な形を取る。


「あと一ヶ月かいくらで、神獣が一堂に会する臨時サミットが流銅市で開かれるらしいです」

「えっ! 本当ですか……?」

「お客様から窺ったお話なので保証は出来ないのですが……最近流銅市へ行かれるお客様が多いですし、まず間違いはないかと」

「なんででしょう……」


 神獣院臨時会議。通常水月と火月と雷月に行われる通常の会議では【京】にある神獣院で行われるものだが、臨時会議は別の場所で行われることもしばしばある。地理的なものだったり各柱の都合上などで、電話などで参加する神獣も多いため、一堂に会するという表現は形骸化して久しいが。

 未来予知の力と言ってもいい、祈法せつほうの力を持つ神獣達には、基本的に頻繁に会議を開く必要はない。臨時会議というモノ自体がひどく珍しいものであり、一年に一度、多くても三度程度しか行われないものである。


「何か話題のことありましたでしょうか?」

「話題ならあるじゃないですか! 二地方から黒花獣が消えたですとか、それにともなって花の騎士が現れたという噂まで!」

「ゲホッ!」「ん……こほん」

「どうなさったんです?」

「い、いえ……なんでも」


 花の騎士の話題になるといまだにリアクションを堪えきれない花の騎士達であった。それでいいのか。


「花の騎士様ってどんな方なのでしょう……天から遣わされるということは、それはもう美しい御姿を……」

「……女将さん実はちょっとミーハー……?」

「みーはー?」

「あ、うん……死語でした……」


 不思議そうな顔をとる女将を見て、さっと顔を逸らすマロンであった。今どき芸能界ぐらいでしかあまり使われていない言葉であり、人によっては悪く捉えられもするので黙っておくのが一番だと判断したわけである。


「臨時サミット……」


 ゼルレイシエルはポツリと呟く。隣のマロンを見ると、四文字の言葉を言うかのように口をパクパクと動かす。


(か・く・お・う)


 同じことを思っていると察知し、読唇術が使えるわけでは無いが、何を言っているのかは検討が付いた。

 エキドナにて“角王かくおう碌星ろくせいにじきじきに頼まれたこと。


『近くに行われる臨時会議に、花の騎士達は呼ばれるじゃろう。そこで彼の者に何かを頼まれるかもしれぬが。“中立と仲裁”の神獣として、“先んじて命令”しよう。己が気持ちに従って行動するんじゃ。忖度などせず、個々人の思惑で“投じよ”』


 碌星は花の騎士達に“予言”していた。碌星と会ってから初めて行われる臨時会議。つまりそれに、花の騎士達は呼ばれるのだ。


(花の騎士だと、公開するということなのでしょうか……)

(何かを試される? 天使様に聞ければ良いのだけれど……)


 ゼルレイシエルとマロンがそれぞれ押し黙り、深い思考に入っていく。

 女将はそんな二人の様子を見て、ほんの少しだけ口角をあげた。

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