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双神八天と九花(ここのか)の騎士  作者: 亜桜蝶々
清水クニノ求血鬼譚
112/137

合縁奇縁・上

 弥助は海を眺めた。

 ざざあと海鳴り、陸から海へと流るる風が弥助の頬を舐めた。


「行きづまったなぁ」


 山と見紛うほどの船を作るには、座礁を防ぐための発明が必要である。

 緑南りょくなんの戦いで腕を斬られ、失いこそしなかったがかつての技の冴えは無くなってしまった。“なまくらの弥助”と嗤われ、その通りだと頷きながら船頭として十三度の冬を越した。

 弥助に武士だった頃の誇りなど、当に擦り切れて失っている。けれども、二度目の人生と決めた船頭としての経験と閃きを、ただ貶されただけで終わるのは我慢ならなかった。一家を食わせる為に、一所懸命に操船技術を磨き、若くして船頭がしらにもなったのだ。


 しかし弥助には学が無い。元服する前から学問そっちのけで剣術ばかりに呆けていた。後悔こそないが、思い返せばどうしようもないわらべであったと振り返る。

 多少の文字書きは出来ても算盤などさっぱりであった。


「これでは嘲られたままではないか」


 弥助は顔を顰めて言った。だが思いつかぬままでは妄言も一緒である。

 ふと視界の端に濃い緑をしたのそりのそりと動く物体を捉え、首をそちらへ向けた。


「あれは亀か。なんと愚鈍なあしだろうか」


 砂を掻くようにひれとあしを動かし、ひたむきに前へ前へと進んでいる。その姿に弥助はひどく心を打たれた。亀が卵を産むために浜に上がることは弥助も知っている。仔の為、子孫の為。慣れぬ砂の上を這いずり、穴を掘るのだ。

 弥助は船頭の見習いになった頃を思い出した。かつて自分もあの亀のようにもがいていたのだと。

 一人で涙を流しながら、弥助は亀を見守る。


 半刻程が立ち、空が黒に支配された頃。海へ帰っていく亀の姿を見ていた弥助は祈りを受けた。


「そうか! 見えぬが為に恐ろしいと言うのならば、見える者を使えばいいのだ!」


 弥助は人知れず姿を消した亀にお礼の言葉を投げかけ、意気揚々と造船場へ駆けて行った。

―――



       時幻社出版『なまくらの弥助』から一部抜粋。


********


 女性は遠慮なく千草の間に脚を踏み入れ、部屋中央の机の脇にどっかと座った。恥じらいなくあぐらをかいて座っており、なんともまぁその仕草だけで豪快な性格なのだとわかる。


「すまない。アタシゃセルキーのアンネってんデス」

「セルキー? 聞いたことないな」


 態度の割に丁寧? な物言いに困惑しつつも、大人らしく邪険にすることなくアリサが対応する。……と言うよりも見た感じ自然体のようで、持前のコミュ力の高さのために普通に会話をしていた。


「ウン? アタシゃ“北大陸(マローズ・ゼミリァ)”出身だからですかね。“水査姫(みずさき)”っちゅうんとしてお金稼ぎに来とるんでさ!」

「“水査姫”ですか! しかも北部から出稼ぎと」


 からからと笑って、方言の安定しない大和の言葉で答える。変な言葉だが流暢ではあり、それなりに長く大和に住んでいるのはアリサにもわかった。

 髪の毛はくすんだ色の茶色であるが、瞳は澄んだ青色をしている。ついでに言えば寒帯でもごく寒い地域出身者の特徴である、頬骨が出た丸っこい顔をしており、それを知っていたアリサはひとまずこの怪しげな女性を信じることにした。


 特にこれと言って、とことん疑うべき場所が見当たらなかったこともあるが。


「あ、そうそうセルキーのことね。北部大陸マローズ生まれの、アザラシの人獣系種族なんでしてよ! 皆さん誰もお知りでなさげな感じです?」

「うーん……海外の動物はあんまり詳しくないしなぁ……」「聞いたこたぁあるようなねぇような……」「キビヤックなら知ってる」

「そんなんなー。キビヤックゲテモノ料理ですよ。共食いになるからまず食べないけど」

「くっ……なんとなくわかるが、言葉がおかしくて根本的な部分が何言ってるかわからん……!」


 痺れを切らしたアルマスが立ち上がって小走りで駆けていき、逃げるように廊下へと走っていった。常人には耐えきれなかったらしく、部屋にはメンタルの強さが変に強い者達が残る。

 アリサは廊下でトントンと音が鳴るのを聞きながら、改めて女性……アンネの方を見た。レオンはお茶を飲み、マオウはこめかみを指でトントンとたたきながら「セルキーセルキー……」とどんな種族かを思い出そうとしていた。


「水査姫ってことはどこかに所属されてるんです?」

「んやー、実はフリーでやっててね。中型船専門。けど自分で言っちゃ変っちゅーもんだけど、腕は良いよ。大型船じゃ通れないルートの案内も可能だから変わった街とかにもいけるんさ」

「魅力的……だが。さてどうしたもんか」


 水査姫と呼ばれる、【流厳なる湖沼河】地方特有の職業。男性は“水査貴(みずさき)”と呼ばれ、水棲種族“のみ”がなれる職である。

 【流厳なる湖沼河】地方の主要交通機関は船舶だが、この地域の河川を航行する際、中型船以上のサイズになると一人から四・五人程度の水査姫が付くことを法律で義務付けられていた。給料が良いことで知られるが、水査姫及び水査貴は神獣院指定の資格が必要であり、高度な技術が必要とされてハードな仕事も多い。


 地方特有の現象である、いわゆる“ウンディーネの気まぐれ”によって船が転覆・座礁することを防ぐ。ヒトの命を預かる仕事でもあり、その他の意味でも腕の良い水査姫を雇うことは、【流厳なる湖沼河】で旅をするのには必要不可欠であった。

 ちなみに水査姫及び水査貴の語源となったのは、“水先案内人”であるが、仕事の方法の違いから区別の為に文字が変換される形になっていた。


「うーんとりあえず他の仲間もいるんで、ちょっと相談してからで良いですか?」

「全然良いよぉ! ヒスイの間に居るから尋ねてくれたら対応するばい。あ、これチラシです」

「は、はい。わかりました」


 終始強烈な勢いに押されつつ、ひとまずご退室願うアリサ。引きどころは理解しているのか「あ、急に失礼しました。」などと頭を下げた後、そそくさと帰っていった。ご丁寧に自身を宣伝するチラシも置いていき、押しの強さは留まるところを知らない。

 マオウとレオンが怪訝な顔で見送る中、アリサはお茶を一口飲む。


(まぁフリーって言ってたし、そんぐらいしないと金溜められないんだろうけど)


 嵐が去った後に事情を飲み込み、相手の事情に同情のようなものを抱くアリサ。金が無い大変さ、金を稼ぐ大変さは旅のなかでそれなりに理解しているため、ごり押しな姿勢は困るが嫌いでは無かった。


「……おいアレ雇うのか?」

「どうだろうな……俺は割と良いと思うけど」

「惚れたか?「しずねぞ」すまん」


 悪ノリして茶々を入れたレオンに対して、底冷えした声で返答するアリサ。さっとレオンは視線を逸らし、マオウは邪悪にも思える笑い声を溢した。


「もしもし、今大丈夫?」

「ゼルシエ? おう、大丈夫だ」


 ゼルレイシエルが廊下からふすまを叩いた音を聞き、マオウが中へと促す。いくらみんなのお姉さんポジションでも、男性が着替えているところなど見たくもないだろう。当たり前である。


「何? 変な女の人が来たんだって?」

「うん。なんでも、北大陸マローズ出身のフリーの水査姫らしい。腕は良いからよろしくーって」

「自分で言ってたの……?」


 アリサの隣……アルマスが先ほど座っていた場所に腰を落ちつけながら、困惑の声をあげるゼルレイシエルに、アリサは頷きながらチラシを手渡した。

 そこには地図上における北部大陸の右沿岸部(北極点が北部大陸上にあるため、北部や南部という表現は難しい)の地域での伝統衣装である、動物の毛皮を使った厚手のコートを着た女性が映っている。背中には武器らしきものを背負い、何かの毛皮を持ってウィンクなどしている。


挿絵(By みてみん)


「……うぅん……水査姫は大事だし、どこかに所属しているようなのが良いんじゃと思うけれど……」

「お値段要相談って書いてあるし、一回聞いてみるのも良いんじゃないか?」

「そうねぇ……二人は聞きにいく?」


 ぺらりとチラシを目の前のマオウとレオンに向けて今後の活動を窺うも、レオンは面倒くさそうな顔をし、マオウは知らん顔をしていた。ゼルレイシエルは呆れつつ口には出さないが、そっくりな二人だとこっそり思う。口に出したら罵詈雑言の嵐を受け、二人が喧嘩を始めるのは目に見えているため、口にチャックどころか縫い合わせるぐらいの心持ちである。


「はぁ……それじゃあリリアも連れて行って来るから。アリサ、行きましょ」

「あいよ」


 ゼルレイシエルが立ち上がって出ていく後を、アリサがついて行く。短時間に何度も襖を開け閉めするわけで何とも忙しないが、アリサが襖を閉じながら見たのはレオンとマオウが姿勢を崩してだらけている姿であった。

 アリサが羨ましく思っていると、丁度廊下の角から女将が姿を見せた。まさか外に出ているとは思っていなかったのか、二人の姿を見て一瞬体を大きく震わせた。


「ど、どうなさいましたか?」

「ヒスイの間ってどこにあるんですか?」

「ヒスイの間でしたら、この廊下の突き当たりを右に曲がったところにありますが……あぁ水査姫ですね」


 妙に察しの良い言葉を聞き、不思議そうな顔を浮かべる二人に女将は左手を後ろに隠したまま、空いた右の手で手を振った。


「アンネ様は当旅館の常連さんでして。よくここで新しい仕事を取っていらっしゃいますね。とても腕の良い方ですよ。一度、流銅ながれ市に行く際に契約させていただいたのですが、サービスで新鮮な川魚を取っていただけたりして、とても心地よい移動でした」

「ふむ……」


 女将のプレゼンに、良いかもしれないなぁと頷くアリサとゼルレイシエル。やはり旅の醍醐味は旅先で特産品を食べたり、有名な物を見物したりである。

 やはり古都と呼ばれる【流厳なる湖沼河】地方には、有名な建築物や多いのだ。


 ところで視野の広いゼルレイシエルは、女将が何かを後ろ手に隠したことをを目ざとく見つけていた。


「そう言えば左手、どうなされたんですか?」

「えっ……はい……申し訳ございません! 公私混同でいけないのですが……実はその、私、ミイネ様のファンで御座いまして……」

「サインですか」

「その……お恥ずかしいことですが……」


 ゼルレイシエルは頷くと、一度女将に背を向けた。何をするのかと他二人が姿を追うと、薄紅の間へと入って行く。そして部屋の中の人物と喋る声が聞こえ、廊下に出てくるゼルレイシエルに続くような足音が鳴った。


「サインだってー?」

「申しわけ御座いません! お客様に差し出がましいことを……」

「んー、いや転売されたら困るってだけなんで、それぐらい大丈夫ですよ。書くもの下さいな」


 女将が隠していたもの……色紙を手渡すと、「常備しているものなんですねぇ」と笑いながら慣れた手つきでサラサラと文字を描いた。


「お名前で? 店名で?」

「名前で……よ、ヨウコでお願いします!」


 どうやら緊張しているらしい女将と、更なるファンサービスをしようとしているレイラを横目に、リリアを連れてアリサ達はヒスイの間へと急ぐ。


「フリーの水査姫……評判みたいなの調べたの?」

「いや、とりあえず話聞こうかなって。女将さんも利用して良かったって言ってるし」

「……女将さんがサクラとかない?」

「それは……まぁないだろ……多分……」

「大丈夫なのほんと……」


 リリアが呆れと不安の入り混じった声で唸ると、年長組は大丈夫だろ。心配ないでしょう。などと楽観的に返答し、お財布係の溜息を貰うのであった。

セルキーのアンネさんの挿絵は自作です。宣伝用で描いたんですが、どうせなら有効活用しようと思って貼りました。

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