【番外編】バレンタイン前の花の騎士ガールズ
今回はちょっとした番外編です。遅くてすいません!
彼女達はバレンタインというイベントを知った。
ならばどうする? 勿論チョコレートをプレゼントするのさ。
世界を救え、という重責があるんだ。まだ暇のある学校通いなんて時期なら、それぐらいうつつを抜かしても咎める者は居ないだろう。
戦い続けるのは苦く、苦しい。それなら恋と甘味という甘さでほっと一息、癒されてみるのも大事だろうさ。
これは魔法学校で起きたちょっとした乙女達の一幕。実際に起きたかもしれないし、はたまたIFの出来事かも。受け手の心持次第だな。
ようするに本編とは関係ないよってことだ。深い意味がある訳じゃないので、気軽に拝聴してくれたまえ。
ところでガロン・メタリカ。私にはないのか? 序列が交換条件だと? そこまでして欲しくも無いな、すまない。
うおっ!?
☆
「一概にチョコとは言っても色々あるわねぇ」
「そりゃまぁね。溶かして固めるだけなら簡単だけど、それも嫌じゃない?」
ゼルレイシエルが携帯端末でチョコレートを使ったお菓子を調べている横で、画面を覗きこみながらリリアが続く。今宵の日付は地月十八日。来たる二十二日こそバレンタインデーなるイベントがあると、二人は仲のいいクラスメイトから聞いたのであった。
聞くところによると北西大陸生まれの行事という話である。北部大陸系の文化とは故郷の地域柄いまいち接点が無かったリリアやゼルレイシエルは、その文化を聞いて面白いなぁと思わず感心したりしていた。
「出来るなら美味しいものでも作りたいけど、レオン兄に教わるのも違うしなぁ……」
「あげる方でしょう」
「っすよねぇ……」
どこぞの体育会系のような話し方のリリアである。すると甘いものの話ということでまんまと釣られたシャルロッテが寄ってきた。まぁ耳ざといもので、爛々と目を輝かせてずずいと二人の間から顔を出す。
「何つくるの? ケーキ? クッキー? フォンデュ? 味見する!」
「シャリー姉作んないの?」
「めんどくさーい」
「というかシャリーに味見させたら全部無くなりそうなのだけど……」
「……てへ?」
「てへじゃない」
あざとい態度のシャルロッテの額をリリアが小突く。
「……シャリ―姉様。実に、実に可愛いです」
「ミイネは発情しないで?」
実際問題、シャルロッテを強制的に料理に参加させても真面目に作るとは思えないが、食意地は人一倍のため味見だけは真面目に取り組むであろう。圧倒的語彙力の無さによる、感想の参考にならなさに目を瞑れば。
美味いかマズイか甘いか苦いか酸っぱいか辛いかしょっぱいかクサいかいい香りか、しか語彙がないのだ。まぁ何事も素直に評し、賞賛の声も毎度欠かさずに言うため作りごたえがあると言えばあるが。料理に関して上昇志向の高いレオンには、「つっかえねぇ食レポ」などとこき下ろされているが、そこはご愛嬌というやつである。
「んーシャリ―姉、なんかお勧めのチョコ菓子ってある?」
「私はドボシュトルテが好きだけどー、難易度高いだろうし無難にガトーショコラ?」
「ありきたり過ぎない?」
「んにゃ……面倒だなー!」
「ご、ごめん……」
「猫シャリー姉様……?」
「黙って」
二人では絞りきれないとみたリリアがシャルロッテに質問するも、良く知るケーキの名前が出てきたことで思わず声が漏れたリリア。それに対してシャルロッテがキレたが、怒るのもごもっともである。
怒られてリリアが落ち込ませるなか、シャルロッテは一応記憶を頼りに別のモノを導き出す。
「むずかしくないけど、変わった感じの……フォンダンオショコラとか?」
「フォンダン……これね。中がトロッとしてるケーキ」
「へー美味しそう」
ゼルレイシエルが検索すると、半分に切ったカップケーキのようなものから、半生のチョコがとろりと零れている写真。二人からすれば、あぁこんなケーキもあったなという認識だが、シャルロッテは名前まで知っていた。
ヒトは好きなものなら記憶力が良い物のだ。無類の甘い物好きなシャルロッテは、甘味だけに限定すればレオンにも匹敵する“料理名と味と見た目の知識”を持っていた。自分で作るわけでは無いので作り方まで理解しているわけではないが、店にも詳しいためさながら“甘味特化型喋って歩くガイドブック”である。
「でも私達で作れるかな?」
「……作れるんじゃないかしら、レシピ通りなら」
「私も補佐いたしましょう」
「レシピ忘れてたりしないか確認してね」
二人があーだこーだと会話していると、部屋にマロンが帰ってきた。幽霊判別魔法の実用化研究も大詰めで、最近は帰る時間もそこそこ遅くなっていた。
未成年のため深夜までとはいかないが、基本九時十時過ぎである。そんな彼女と一緒にご飯を食べようと食事の時間を遅くすることもあり、丁度そんな日であったためシャルロッテは喜び勇んで食堂へと飛んでいった。
「ただいまですー」
白い吐息を吐きながら、薄茶色のコートを羽織ったマロンがにへらと笑って挨拶する。疲れているようだが酷いストレスはかかっていないようで、その笑顔をみてリリア達は少し安心した。
「おかえりー目途ついた?」
「それなりにですね。情報の取捨選択に手間取ってるとこなので……立ったり座ったり……」
ううんと頭を抱えるマロン。のだが、俯いた拍子に手に紙袋を持っていたのを思い出し、リリアにひとまず手渡した。
「なにこれ」
「チョコレート。おじいちゃんから貰ったんです」
「……シャリ―姉に全部食われちゃうから一つたーべよ」
「ご飯の前ですよ?」
マロンが窘めるも、良いから良いからと北部大陸語の書かれた箱からトリュフチョコを取り出し、口に放り込む。
「むぐ……うわっお酒だ!」
「え? ……ウィスキーボンボン……お酒たっぷりの奴じゃないですか!」
「うわ……酒くさ……マロン酔うからあんまり匂いかがない方が良いよ」
「そ、そうですね……」
アリサの故郷での醜態を思い出し、慌てて紙袋の口を締める。マロン
「お腹すいたー!!」
「は、はい! コートかけてきます!」
「手伝います」
シャルロッテに言われて、寝室脇の場所へと姿を消す。
しばらくして戻ってくると、既に席に座っていた三人と同じ食卓に座った。顔を見合わせつつ両手も合わせ、「いただきます」と声を揃えて言った。
「そういえばマロン」
「なんですか?」
「バレンタインっていうのは、マロンはどうするの?」
「あー……高級チョコ買ってですかねぇ……」
「「高級チョコ」」
マロンの返答にリリアとゼルレイシエルは声をハモらせる。マロンはバツが悪そうに顔を背け、唸るように答えた。
「私料理下手ですし……昔パパとお爺ちゃんにクッキー作ったら変な顔されましたし……肉親ですらこれなのに、レオンさんなんかに渡したら絶対色々言われますよぅ……」
「え? レオンに渡すの?」
「あ、そう言うことじゃなく……知り合いの男性の皆さんに配るので、そのなかのレオンさんってことです。本命とかそういうのはスキャンダルになりますし……」
「それもそっか」
神妙そうにリリアが頷く。
「一緒にケーキ作らない? 簡単な奴だし、みんなで作れば」
「ケーキですかぁ……レオンさんに一人で料理作るなって止められてましたしそれなら……」
「何をどうしたらそんなお触れが出るの……」
料理修行開始から一年ほど経つと言うのに、改善どころか悪化しているような気がする言葉に、思わず三人が戦慄する。ほんとどうしてそうなるのか。最近は忙しく、女子寮と男子寮で別かれているため中々料理を作る機会もなく、腕が訛っている可能性もあるが、それにしてもである。
「と、ともかく明日は休めそうですし、明日作りましょう!」
「練習?」
「しておいた方が良いかもしれないわね……」
微妙に眉を顰めながら目を瞑って、小声で唸るゼルレイシエル。
リリアは料理が比較的出来るが、マロンはともかくとしてゼルレイシエルもシャルロッテもそんなに得意では無い。出自を考えれば旅を始めてから初めて料理などしたと言えるのだ。しかも一般のおかずなどの料理ぐらいで、デザート類などは触ったことも無い。
「器具とかどうしよ……レオン兄に借りる……?」
「バレるじゃん」
「だよねぇ」
「私の手を高速回転させてミキサーなど「却下」そんなー」
誰かに借りるかとお金を使いたくないリリアが呟いていると、その斜め向かい。ゼルレイシエルの横に座っていたシャルロッテが、おかずのハンバーグを頬張りながら何気なく質問をなげかける。
「そう言えばリリアちゃ、アルマスっちにあげないの?」
「ん? うん。……ん? って、っちょ、おかしいでしょ! 別にそんな仲じゃないし!!」
話半分に返事を返した後、俯いていた顔をあげ、慌てて訂正するリリア。立ち上がって右手をせわしなく左右に動かしながら、「ないないない」としきりに呟いている。
マロンやゼルレイシエルは苦笑しているが、シャルロッテはキョトンとした表情でご飯を口元に運ぶ。
「そーなの? 仲良いからてっきり」
「ないない。私そんなに安っぽい女じゃないから」
リリアの発言が何か刺さったようで、ゼルレイシエルは若干口角をあげながら迎撃を行う。
「恋愛小説ばかり読んでるのに?」
「ふぐっ……そ、それとこれは……」
「私と恋愛は「黙って」はい」
傍から見れば恋愛脳に見えなくもあるまい。本を読みつつこんな恋をしてみたいと思いつつも、さっぱり異性にときめき心惹かれることがないため、恋愛脳と呼ぶのも難しくはあった。
「まぁ……幽霊の時に助けられたから、その時のお礼を兼ねて渡してもいいけどなぁ……」
「やっぱり本命?」
「義理と御礼!!」
シャルロッテの茶々にギャンと吼えるリリア。
興奮が高まったリリアの矛先が、ゼルレイシエルに向く。ヘイトを溜めていたため致し方ないが。
「それこそゼル姐はアリサ兄に渡さないの!?」
「な、なんで私が出て来るのよ!」
「はぁ? はぁ? はぁ?!」
「う、ウザいわね……」
「…………ゼルシエ姉様とリリア姉様お顔が……」
基本言葉づかいの綺麗なゼルレイシエルですら、困惑しながら毒を吐いてしまうほどのリリアの圧。興奮しているにしてもなんだか普段とは違うようにも感じた。
「知ってんだからねぇ! ゼル姐がアリサ兄のっこと好きなのー!」
「えぇ!?」「リリアちゃん!?」「そうなのですか!?」
「意気地なしなんだからさっさと渡せば良いってんのにさー!」
大声で文句を言いながらどっかと椅子に座ってもたれる。ゼルレイシエルが指摘されてわかりやすく顔を赤くしつつ、リリアの様子を見ていると妙なことに気が付いた。
「リリア、なんか顔が赤いんじゃ……」
「はー? 誰がアルマスに惚れてるってぇ? んなわけないじゃんただの友達だしあははははは」
「……もしかして、ウィスキーボンボンで……」
サッとマロンの顔が青くなる。
妙なリリアに気圧されつつも、耳の良いゼルレイシエルとシャルロッテはそれを聞き逃さず、机を乗り出してマロンを問い詰めた。
「ウィスキーボンボンどこにあるの!?」
「なんで食べさせたのよ!?」
「ふ、ふぇぇ……お、お爺ちゃんがこれもってけって……」
玄関に置いていた紙袋も持ってくると、中から白い箱に文字の書かれた箱を取り出す。
ゼルレイシエルがどんなものか見ようと受け取ると、不意に箱の下から紙がひらひらと舞い落ちた。
「……これは?」
マロンが何かと拾い上げてみると、それは幼少期から見慣れた祖父の達筆であった。
『こういうのがテンプレって言うんじゃろ? マロンが食べたらもっと面白かったと思うんじゃけどなー』
マロンは数秒硬直し、
「お爺ちゃんッ!!!」
紙を取り落しながらリリアと同じくギャンと吼えた。すると台所を挟んだ向かいの部屋から壁を殴るドンという音がして、「うるさい!!」と苦情が聞こえる。ゼルレイシエルが声を張り上げてごめんなさいと謝るなか、シャルロッテは床に落ちた紙を拾っていた。
『あまり根を詰め過ぎるんじゃないぞい。お主を心配しているのは、儂ら家族だけじゃないんじゃから』
祖父の孫を気に掛けるメッセージが紙の端に書かれてた。
シャルロッテは立ち上がりつつ、祖父に抗議の電話を入れようと携帯端末を弄るマロンの姿を見て、まぁ大丈夫だろうなと。漠然と思うのであった。
あとミイネ暴走しすぎであると、シャルロッテはペチンと隣に膝立ちしていたミイネの頭を叩いた。
チョコ渡すとこまでやろうと思ったけど時間が足りなかったよ??……まぁこれはこれで……




