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双神八天と九花(ここのか)の騎士  作者: 亜桜蝶々
清水クニノ求血鬼譚
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知徳俊英・上

ミズは、悠々閑々にして堪然不動にて。

ホノオは、狂瀾怒濤にして縦横無碍なり。


故にスイエンは両極にして相互の理とする。


ミズは荒れ狂いしホノオを諌め、

ホノオは不動なるミズを異ならす。


ホノオはヒであり、ヒは世界を照らすモノ。

ミズはウミであり、ウミは世界を育むモノ。


故に、ヒはオンナを現す。

故に、ウミはオトコを現す。


ヒトは常に冷静でなくばならない。

ヒトは時に激情になるべきである。


ヒは円滑な面では無い。

ウミの凪は永遠には続かない。


森羅万象は生生流転する。

不変とはカミとテンのみを示すものである。



       スイエンの詩・四字の語り より


 ********


 さて花の騎士達は何事もなく【流厳なる湖沼河】地方へと足を踏み入れた。いや、若干二名が道中に気を失ったりしたのだが。

 気絶した二人ことアリサとリリアは青い顔をしており、到着まで寝ていたシャルロッテとマオウの二人がご当地グルメを貪り食う様を、気持ち悪そうに見ていた。


「きんつばウマーイ!」

「たいした量入ってねぇなぁ。値段はたけぇ癖に。押し寿司ってんだっけか? 食いづれぇしよ」


 まげわっぱのような容器に入れて作られているのが押し寿司である。土産物の側面もあるのだから、港近くの店で買えばそりゃ高いだろうという話であった。と、リリアが指摘する元気も無いのだが。


「もう……だからやめときなさいって言ったでしょう……二人とも馬鹿なんだから……水でも飲んでなさいな」

「う……ありがとゼル姐……」

「すまん……」

腐死者ゾンビなんて直視するもんじゃないのよ」


 そう言ってベンチに座った二人の額をこつんと指でつつくゼルレイシエル。小言で諌めたりしつつも、かいがいしく二人の世話をしているあたり、良い姉御分であった。マロンも隣で補佐をしていたりするが。


「あの肉食わねぇ?」

「お前ほんと肉ばっかな。魚とか野菜を食えこんこんちきめ」

「誰が狐だ。噛み殺すぞ」


 一方少し離れたところで一緒に食べ物を物色しているアルマスとレオン。リリアのダウンによって自由に金を使えるような状況の為、(復活した後にどうこう言われるため、一種につき二、三個ずつなどだが)結構いろいろな食べ物を買い漁っていた。

 食品用カプセルに保存すればすぐに腐る心配は無いのだ。しかしカプセルとはいえ万能でもない為、食品用の使い捨て型では多少の劣化が起きてしまうのだが。(カプセルに仕舞う際にいくらかの空気が一緒に入って酸化などが生じるため)


「もぐ……にしても、和服が多いなやっぱ。目立つかな?」

「なんか食べるか?」

「大丈夫です」「今はいいわ」


 買い物から戻ってきたレオン達は、ゼルシエとマロンに食事を勧めるものの、丁重に断られた。調子の悪い人物の前で油気の多いものを食べるのは気が引けたためだ。

 とはいえ時刻はお昼過ぎ。油やソースの香ばしい香りに、二人のお腹がくぅと鳴った。ぐったりしていても間近で音が鳴れば気付く。アリサ達は顔をわずかに紅潮させた二人に、気にせず食べてと促す。


「……ん。そういえば、さっきの話ね。このあたりは比較的、和服なんかは少ない方よ。建物を見ればわかると思うけど、洋風建築物がちらほら建ってるでしょう?」

「ようふーってどれ?」

「あー……うん、そうね。えっと……瓦屋根じゃない建物って認識で良いわ」


 まさか通じないと思っても居ないかったゼルレイシエルは、横に座ってソフトクリームを舐めているシャルロッテの質問に出鼻をくじかれる。瓦はわかるらしく、隣に半分空気椅子状態で座っているミイネと共に、アレだ! コレだ! と洋風建築を探し始める。

 ゼルレイシエルは気を取り直し、口に含んでいた加賀峰牛(加賀峰市近郊で育つブランド牛)の肉巻きおにぎりを飲み込む。醤油系の味に、唐辛子などの香辛料が入っているらしい焼肉の味が、鼻孔をくすぐり、食欲を刺激する。


「中心都市の“流銅(ながれ)市”だと、すれ違うヒトみんな和服って感じよ。一番歴史があるから、昔ながらの建物が多いし」

「地元だからってのもあるんだろうが、ほんとクッソ詳しいよな。歴史関係」

「勉強の時間だけはあったから。事実は小説よりも奇なりって言うじゃない? 面白いし、それを教訓にして勉強にもなるからって。家庭教師さんにも目を瞑って貰ってたのよ」


 自身の昔を振り返りながら、ゼルレイシエルは一人静かに苦笑した。



 ◆◇◆◇


とある【流厳なる湖沼河】地方の大邸宅。

クイーン・ヴァルキュリア。当時九歳。ゼルレイシエルという名前でなく、今はミドルネームであるクイーンと言う名を名乗っていた。


 幼名をつける行為は吸血鬼族の信仰に由来し、主としてスイエン信仰と呼ばれるモノによっている。太陽と流水に抗う事が出来ない吸血鬼族。大災害を起こす存在を崇めることで、天災をおさめようとする古代宗教……その信仰を源流にしたものを吸血鬼達は信奉していた。


 吸血鬼族は“子供時代には太陽と流水に嫌われていない”。

 故にそのことに感謝し、また、ミズとホノオが気分を変えて子供を奪う事が無いように、子どもの真の名を隠すことで姿が見つからないようにし、さらに日々感謝と捧げものをする……それがスイエン信仰であった。


「最終的にはみんな全部の天の花々に祈っているのに……こういった宗教っていうのがいっぱいあるのはなんでなのかしら」


 クイーンという少女は、まさに本の虫と言うべき子供であった。

 食事中、家庭教師の勉強、お風呂の中などを除けば、暇さえあれば本を読んでいた。


 英雄譚、童話、恋愛物語、喜劇、悲劇、推理小説、恐怖話ホラー猟奇殺戮ゴアホラーなどと変わったものまで。学術書などの堅苦しいようなものは好みでなかったが、それは家庭教師に宿題として良く出されたため、興味は薄いながらも百冊を超えた数を読んだ。


「いっしょくたじゃ駄目なのかな」


 英雄譚は好みでは無かった。変に斜に構えた子供ではないため、心躍らないわけでは無かったが。それでも少年向けに作られた“虚構(物語)”は乗り切れなかった。


「種族が関係してる?」


 童話は幼少期に大方の物語を読み、暗記してしまった。短い。以上。


「太陽が生きるのに必要な種族もあるんだっけ」


 恋愛物語は気恥ずかしかった。それでいて良くわからなかった。箱入り娘である彼女には恋愛とは難しいことで、一生関係の無いことだと。


「水の中で暮らしているヒト達も」


 喜劇は面白い。疲れた時にはよく読んだ。たまに入るシリアスな展開が非常に重苦しくなりやすいのが困ったものだったが。


「それを踏まえると、同じ方法だと駄目ね……」


 悲劇は心が苦しくて疲れてしまう。幾つかは最後まで物語は読んだけれど、やがて巻末の展開から読み、悲しい展開で終わると見えた本は読まなくなった。


「捧げものって食べ物だったりするけれど、主食も違うそうだし」


 推理小説は自分の知識が通用するのが楽しい。一度読んでしまうとトリックを知ることで楽しさは減ってしまうけれど、良い作品は何度も読みたくなる。


「黒花獣がどれだけ強いのか……なんてこともあるのかな」


 恐怖話は単純に怖い。五、六歳の頃に恥ずかしながら、夜に眠れなくて母上の部屋に行ったことがあった。それ以来は夜に読まないようにしている。


「身近なものを敬って、そこからおっきなものに?」


 猟奇殺戮は詰まらなかった。知らぬ間に起こる大量殺戮に、あなたは戦慄する……などと謳っていても、その内実はお粗末な人体への知識の羅列である。そのため、ヒトを壊した事の無い文筆家の文章など、まだ幼い彼女からしてもくだらなく映った。吸血鬼族は、ヒトの血の流れを生まれながらに熟知しているのだから。


「……一人で考えてもわかんないから先生に聞こうかな」


 クイーンは壁掛け時計を見た。

 自身の背よりも高い本棚の間に掛けられた、コツコツと音を鳴らす円盤状の機械は二時前を指している。


「もう射撃訓練の時間かぁ……本読みたい」


 クイーンは椅子を降りる。

 周囲に無数に平置き、重なった、おびただしいまでの本の山を崩さないように気をつけながら。


「わぁ!?」


しかしクイーンと言う名前であっても、ゼルレイシエルという人物と同一存在であることは変わらず、床に一つだけ置かれていた本に足を引っ掻けてつんのめって倒れた。流石に若いだけあって、咄嗟に体を手で支えて打ち付けるまではしなかったが。


「う……掃除しないとなぁ……」


 読んだ本、読んでいない本が解らなくなるため、メイドに頼むわけにも行かず。

 本をどこに置いておくか悩みながら、少女は“第三”書斎を後にした。


 ☆


 吸血鬼の子供は、非常に体が弱い。

 しかし成長までに長い年月を要するのは吸血鬼という種族である。守ろうとは思っても、四六時中守れるわけでは無い。

 そのため、もしもの事態に自分で身を守る為の手段として、クイーンの両親は銃を使わせるようにした。


 ヴァルキュリア家は由緒正しい貴族――大和の古い言葉では公家と言った――であり、現代でも長寿の種族である事を活かし、街の統治者の一人に位置している。古くはこの家が全てを支配していたが、時代の流れにより数十人の議員による会議で街の運営が行われるようになり、その議員の一人として扱われるようになっていた。古い伝統の残る地域のため、此の家の発言力は非常に強い状態であるのは変わらないのだが。


 なんにせよ社会的地位ともう一つの家業により、豪遊が可能とまでは言わずとも、娘の銃の訓練として実弾を使うことに糸目をつけない程度には金銭の余裕があったのだ。


 齢六歳ごろから初めて三年ほど。高性能な銃であったのも要因ではあるが、狙撃訓練において期間にしては相当な習熟を見せた。ライフル銃でなく、スコープを覗かない射撃では身体の非力さもあってまだいま一つであったが。


「よし、良いだろう。次!」


 先生と呼ぶ元女性軍人の声に従い、クイーンは手慣れた手つきでライフルの弾を込め直す。


「次も命中したら今日は終わりにしよう」


 筋肉質な女性軍人は傍から見ると怖くも感じるが、雇わていれる側である事、更に相手が少女であることも踏まえてかそこまで厳しい訓練もしなかった。幼少期から銃を撃つというのは、止め際を見極めて訓練しなければ後遺症の残るような事態になりかねない、と言うのも理由である。

 どのみち銃の腕など日進月歩でしか上手くはならないのだ。ノルマを達成すれば終わり、そのような方針の軍人に従い、クイーンは毎日集中しながら撃ち、着々と狙撃の精度を磨いていった。


 ガシュっという音に続き、トォーンと、響くような音が鳴る。

 はるか遠くに見える、壁に立てかけられた白黒の多重円の真ん中付近に、小さな穴が開いた。

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