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双神八天と九花(ここのか)の騎士  作者: 亜桜蝶々
清水クニノ求血鬼譚
106/137

遊山玩水・下

『航行中は揺れる場合もございますので、危険ですからデッキから身を乗り出さないよう、よろしくお願いいたします。それでは、森蘭丸もりらんまる出航いたします』


 ポポーと船が出港する合図となる管楽器のような音が鳴る。

 船内のアナウンスで注意をされるが、特に監視などが居るわけでもないため、シャルロッテが柵から身を乗り出して景色を眺めている。


 その眺望といえばはるか美しい、春の気配の混じった山麓の深き森と、活気に満ちた北洋風の街並み。

 北洋風の家というのも現在ではいくらか見られるようになったが、【永夜の山麓】地方ほど景観として見えるほどに居並んでいるところはないだろう。

 これから向かうのは中央大陸大和の南西部にあたる地域、大和伝統の家々が居並ぶ昔ながらの景観を特色としている【流厳なる湖沼河】地方。【京】よりも古い文明の名残も見つかっており、現在では大和最新鋭の大都会と化してしまった【京】に代わり、“古都”の名をほしいままにしている。

 大和最古と目される文明は【灼熱荒野】地方と【繁茂せし獣果の森】地方にまたがる、石材と木材を両方使う高度な建築技術を持っていた……とされるものなのだが。こちらは遺跡などしか残っていないため、古都と呼ばれることはそうない。


 なんにせよ花の騎士達一行にとって、見納めになるであろう景色である。なんだかんだで全員がデッキから、もしくは窓際のカウンターから景色を眺めていた。


「ここだとずっとエキドナに滞在してたけど、楽しかったなー。大都会も良いねぇ」

「都会なんざ対して良いとこじゃねぇぞ。暴れられねぇし「暴れないし」物価はたけぇわ、空気は悪いわ」


 のんびりと感傷に浸るリリアに、マオウが空気の読めない発言を返す。マオウとしては単純に故郷を思い起こしながらのことであるが。


「そういやエキドナはとかって割に、空気は綺麗な感じがしたな」


 などと、なんとなしげにアルマスが会話に加わる。人狼族で鼻が良いからと言って空気が清浄かどうかがわかるとは思えないものの、故郷が【繁茂せし獣果の森】という森林地帯のため、比較はしやすいのだろう。

 

「森のおかげだろうな。森っていうのは空気も水も綺麗にするからな」

「どこソース?」

「ネット」

「ダウト」

「なんで!?」


 カウンターから顔を覗かせて答えたアリサに、横でレモンティーを飲んでいたレオンが口撃を与える。ネットというのは真実もデマも転がっているものであり、レオンとしてはあまり信用ならないものであった。面倒で、サイトでも調べて……などしないため、書かれていたこと自体を鵜呑みにしないようにしているのだ。


「アルマスさーん、知ってるだろ?」

「詳しくは知らんが……たしかに森ってか植物っていうのは空気とかを綺麗にする作用はあるな。それに土壌の流出だとか、土砂崩れなんかの災害も防ぐ」

「【荒野】は暑いし地面も岩石だから、樹木はなかなか生えないし……落石だのが多いのそういうことかよ……」


 今日はこちらで落石が、はたまた今日はあっちで通行止めに。などと、岩石の落下などによる被害が絶えなかった故郷の惨状を思い起こし、ぐぐっと頭を抱えるレオン。自分では何ともできない事であるが、しかしそこそこショックであった。

 そして落ち込むレオンの姿を見てなのか、景色を見ていたはずのゼルレイシエルが、コーヒー片手にレオンの横に座って爛々とした調子で語りはじめる。


「その土地土地に何かしらの問題点はあって、先人はそれらを解決したり回避しながら上手く生活基盤を作ったって事ね」

「歴史の話っぽいからって急に景色から顔をこっちに向けてきやがった……」


 うんざりとした表情のレオンであるが、当のゼルレイシエルはそれは嬉しそうに語っていた。面倒くさがりのレオンとしては勘弁願いたいが、喜色の声を聞いてしまうと夢追い人依存症を刺激されてしまい、なんとも逃げづらいためとりあえずミントタブレットを二粒ほど噛み砕く。

 辛くも無いのに苦虫を噛み潰したような顔になっていたが。


「植林を行って水害を減らしたという記録も残ってるのよ。有名どころだと天翼河だけれど、【最果ての楽園】地方なんかでも記録はあるわね。それは攻常戦王が命を下した、河村 兵衛という人物でね」

「地獄かよ……」


 嫌そうな顔をしていると言うのに嬉々として語られる、たいして興味も無い歴史話に絶望した表情になるレオン。その背後に座っていたアリサはなんだか楽しそうに聞いているが。


「歴史は専攻分野では無いので……小説読んできます……」

「乗り物酔いするぞ」


 などとアルマスのツッコミ。


「なにそれ。本読んだぐらいで酔わないでしょー」

「現にマロンが青い顔してるし、シャルロッテも微妙にフラフラしてんぞ」

「ぎゃっ! シャリ―姉落ちるってばぁ!!」


 大慌てで柵から落ちそうになるシャルロッテを抱き留めるリリア。ケロッとしているような顔をしているが、見るからに体がフラフラしていた。


「なにこれ体揺れる~気持ち悪ーい」

「船酔いだよ!」

「これがかー」

「あぁそうか……シャリ―姉、お酒にめっぽう強いから気持ち悪いほど酔ったこと無いのか……」

「…………うっ」

「ぎゃ!! トイレでやって!!! ほらマロンも!!」


 シャルロッテとマロンを連れて女性用トイレへと駆けていくリリア。漁船などであればデッキから吐いたりでもすればよいが、まさか婦女子が人前で吐く訳にもいかない。


「……レオン大丈夫か?」

「あぁ?」


 なんとなく嫌な予感がしたアルマスがレオンに声をかける。アリサはゼルレイシエルの話をずっと聞いていて駄目だこいつ状態のため、放っておいてまずはぐったりしているほうである。


「顔……蒼くないか?」

「気のせいだ気のせ……」

「……マオウ、頼むから連れて行ってくれ」

「なんで俺がこいつなんか」

「たぶん……ゼルシエさんにつかまるぞ?」

「わかったよ連れてきゃ良いんだろ」


 一度舌打ちをして、レオンの両脇に手を入れることでぶら下げるかのようにトイレに連れて行く。猫じゃあるまいし、とアルマスは思うが、ゼルレイシエルに横の席に強制的に座らされたため思考を中断した。


「……それで、時の久仁江城主の丑折坂うしおりざか実条さねえだが、川の特性を用いて巧みに水攻めを行ったの。それは久仁江の水攻めとも呼ばれて……」

「うんうん」


 何がうんうんなのか解らないが、アリサが満足そうに頷いている横で、アルマスも流石に辟易としている。ふと背後を向いて、バランスが崩れるため船の中央付近から移動できないミイネを窺う。


「……動きたいです」

「我慢しろ。コレが終わったらジュースか何か持ってきてやるから」

「むむ……」


 鉄板の上でちょこんと体育座りをしているミイネ。なんとなく可哀そうだなと思いつつも、アルマスには何ともできないためカウンターに突っ伏した。


(そういや最近なんか二人の様子が変だなと思ってたが……やっぱりこいつら……)


 アルマスはまだまだ講釈と聞き手を続けている二人をチラリと見るも、疲れたように溜息をついた。


 ◆◇◆◇


「おはよう。外見ない方が良いわよ」

「ん……? なんで?」


 夕方に乗船したため、船の中で一拍することにになった花の騎士達。

 リリアなどは初めての船上箔で興奮していたようだが、同じように騒ぐ仲間のシャルロッテやマロンが軒並みグロッキー状態の為、しぶしぶ個室のベッドで素直に寝たのだった。


「朝から気分悪くなりたい? 私は慣れているけれど、たぶんみんな朝ごはん食べられなくなるわよ」

「え、もういんのアイツら」

「そりゃ居るわよ。“泳げないから船が襲われることはない”けど」


 先に起きて、同じ部屋の向かいのベッドに座って本を読んでいたゼルレイシエル。ベッドの上なのだが、缶コーヒーをそばに置いており、朝の光を浴びながら優雅な読書タイムである。缶コーヒーはこぼれないように、揺れる場所でも常に平行に保つという触れ込みのテーブル型製品の上に置いているため、安心安全である。


「……とはいってもどのみち戦うことになるしなぁ……」

「そう? まぁ気になるなら窓をあければ多分“居る”わよ」

「えぇー? さすがにまさか……」

「“心の準備”を……」


 本に視線を向けながら、何事も無さそうに語るゼルレイシエル。そんな様子のせいで冗談だと思ったリリアは窓をガラリと開けた。

 冬と春の境目の季節、その凍える様な寒さとポカポカとした春の陽気の両方を感じる、ちょっと肌寒い風がリリアの髪を揺らす。ゼルレイシエルの読んでいた本のページが一、二枚ほど風に勝手にめくられ、やっとリリアが窓をあけたのだと気が付いて顔をあげる。


「……………」


 眼前に広がる光景に、無言になるリリア。

 窓のすぐ下には川が流れていて、そのずっと先を見ると永夜川ながやがわの岸。【流厳なる湖沼河】での“川沿い”が見えた。


 何かしらの気配を感じて横を向くと、アリサがほぼ同時に男子部屋の窓を開けていたらしい。

 互いに顔を合わせたのをきっかけとしたかのように、二人は船の揺れに合わせて背後にバタンと倒れ込んだ。船の運営会社はそんなことはオミトオシで、個室の床をとてもやわらかい絨毯にしていたため、気絶したリリアに怪我は無かった。


「だから言ったのに……」


 ゼルレイシエルはリリアをベッドに寝かせる為に、小説を一度閉じる。


「“腐死者ゾンビ”は気持ち悪いから気をつけてって……」


 嘆息しながら、ゼルレイシエルはベッドを降りた。




 【流厳なる湖沼河】に跋扈するは、ただれ腐った土気色の肌と、全身が抉れたような傷に覆われ、歯も眼球も落ちたようなモノも居る。

 ヒトの慣れの果て、黄泉還よみがえった幽世かくりよの罪人、墓から生まれる者(リビング・デッド)

 終末において天使のラッパによって現れるとされた、伝説で語られていただけのもの。


 “腐死者ゾンビ”。


 清き川の流るる地にて、土と生命を蹂躙する黒花獣なり。

お読みいただきありがとうございます。

三章の敵は、映画からゲームまで引っ張りだこな彼ら。

ゾンビ!

そして彼らと戦いながら、三章ではついに中央神獣院も姿を表します。それにアリサとゼルレイシエル達の関係も。


いかにして彼らを倒すのか、神獣院……そして狐達は何を企んでいるのか、アリサとゼルレイシエル達はどうなるのか。

作者の力不足により不定期更新という現状ですが、必ず完結まで連載致しますので、これからもよろしくお願いいたします。

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