遊山玩水・上
第三章開幕です! 主人公はゼル姐さん!
永夜川、天翼河、御狭霧川。
この地は大和における三大河川を全て備え、数多の湖沼も備えた極大の湿地帯である。
立地としては湖沼と川に囲まれた土地ということで、攻めがたく守りやすい。しかし雨も比較的多い地域のため水害が発生しやすく、神獣院主導の改修・治水工事が行われるまでは『上流で八岐大蛇が水浴びをした』などと言われるほど頻繁に起きていた。
その特徴により大和での主な主食である米の生産量が最も多く、食糧供給の面では最も重要な土地とされる。戦争が行われていた古き時代においても、この地だけは侵してはならないと制約が成されていたこともあるほど。
故にこの地の支配者は……
神獣院指定教本、中学一年・地理【流厳なる湖沼河】地方についての記載。
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ざあざあと雨が降る。
水月。毒月ほど雨が降るわけでは無いのだが、今は大和東部の上空に春雨前線があるらしく、絶え間なく空からしずくが落ちてくる。
とはいえ【永夜の山麓】地方である。士遷富山やら魔法都市エキドナなどを除けば、急成長した木々による天然の屋根によってずぶ濡れになるようなことはない。
傘は要るが。
花の騎士達が足を踏み入れたのは、偉大なる士遷富山のお膝元。
天を衝く山の根元にあたる、山の麓も麓と言える地域。その中でも南側に位置している日弧根市である。エキドナほどでは無いにしろ建物が非常に多い、都会とも言えよう街。
「ほわぁぁぁぁぁタイタニック号だぁぁぁぁぁ!!」
「なにがタイタニックだアホが。豪華客船はこれの十倍以上デケェよ」
日弧根市には中央を南北に横断するように、一本の巨大河川があった。大和の三大河川にあたる特級河川であり、源流は士遷富山より出ずる、“永夜川”である。
街を分断する。と言うのも、永夜川の川幅は四キロにも及ぶのだ。一つの街を二つに分ける……と言うよりも、西側と東側の街を一つの街を呼んでいるとも言えた。
「“ふぇりー”の受付はどこだったかな……」
「栞大橋の南側じゃないかしら?」
川岸にはいくつもの、海に浮く建物……いや、“船”が停泊しており、漁船から客船までおびただしいまでの数が視界に映る。日弧根港と呼ばれる、永夜の山麓地方随一の港だ。
雑学知識はあろうが流石に一つの都市の店の場所までは記憶していない為、アリサが携帯端末でググろうとしたところで頼りになる女のゼルレイシエルが先んじて答える。
「変な船いっぱいだー……こんなの乗れるの? デッカイ布が張ってあるだけじゃん」
「ヨットだろ。風を布で受けることで前に進む船。この辺は吹き降ろしの風があるから走らせやすいんだろうな」
「向かい風の時ってどうするの?」
「……そこまではしらねぇ」
爛々としたリリアの質問にレオンが答えるも、追求までは知識が足りず顔を逸らす。ドワーフなのでそれなりに知識は有しているが、料理に知識が特化しすぎてそこまでは知らないらしかった。
日弧根は【永夜の山麓】地方から【流厳なる湖沼河】地方へと移動する際の、“徒歩旅行者が滞在を推奨される都市”である。逆に移動する際にも、逆の移動方法を推奨されている。
その移動方法と言うのが、川岸にいくつも並んだ大型船。
「ここかぁ。リリアーちょっとチケット買うから頼むわー」
「はーい。……大人七枚、小人二枚で……」
「張り倒すぞ」「うがー!!」
片手を振り上げたレオンと両手を振り上げて威嚇するシャルロッテから逃げる様に、フェリーのチケット売り場へと駆けていくリリア。小学生とはいかずとも中学生程度には見えるため、チケット売り場の小人の基準が中学生以下ならば購入も可能であろう。本人たちは非常に不服そうであるが。
ひとまず年長二人と一緒にリリアがチケット売り場へ赴く。ちょうど昼食の時間のためか、そこまでお客は見当たらない。
「どこだっけ」
「加賀峰市行きの“フェリー”を」
「加賀峰市ですね。席のご確認を致しますので少々お待ちください」
昼食を中断されて三人の対応をしているが、プロということで嫌な顔一つせずに“フェリー”の状況を確認する受付の爬虫類系の人獣族らしき男性。慣れているだけという話かもしれないが。
「一時の便は満員ですが、三時の便なら空きがありますね」
「大人七人、中学クラス二名の九人なんですが」
「あー…それですと五時以降しか空きが無いですね……」
「じゃ五時でお願いします。チケットください」
「かしこまりました」
受付男性が手元のパソコンをタイピングする音がなる。ブラインドタッチ。だがマウス動作で十分可能なので無駄である。ッターン! ではない。
「三万八百二十ルクになります」
「ふふふ……どうぞ!」
妙な含み笑いを浮かべながらリリアが提示された金額を躊躇なく取り出す。男性が清算の為に手を伸ばしかけたところで、ピタリと動きを止めた。
「そういえば車などはお持ちでないですよね? カプセル入りでないもので」
「まっさかぁ! 車なんて無駄なモノ、そもそも持ってませんよぉ」
「【山麓】地方だと車があっても使える場所が無いですからね。同乗者で最軽量状態で百五十キロを超える方はいらっしゃいますか?」
「え?」
思いがけない質問に、思わず素っ頓狂な声を漏らすリリア。男性がパンフレットらしきものを開き、料金表のページにある別表を示す。
「身長二メートル以下で体重が百五十キロを超える方は、追加料金が必要になります」
「えー! 不公平じゃないですか!」
「船体のバランスなどに関係してきますので。体格が大きくて重量のある方は比較的安いですが、身長が低いのに重いという方は特殊な措置が必要になるんですよ。バランスですとか家具ですとか」
「なるほど……ハイ。そういうことならわかりました。今呼んでくるので、すいません」
「いえいえ」
そう言ってリリアがチケット売り場を出て、疑わしいミイネとマオウの二人を呼びに行く。パンフレットの料金設定を見るとかなり良心的(二百ルクとか三百ルク程度の話)であったため、色々と余裕のあるリリアは別に良いかと飲み込んだのだった。
「ほんと昼食時にすいません」
「お気になさらず。消霊景気で最近はお客さんが増えましたが、実はそのぶんクレーマーも増えてまして……あのお嬢さんのような方は我々としてもありがたい存在ですよ」
ニコリと笑う男性に対し、アリサとゼルレイシエルの二人は苦笑するように曖昧に同意の声をあげた。
(討伐報酬ってことで酒呑童子様から褒美貰って、臨時収入あったからの余裕だろうが……)
などと思いつつも、なんとなく嬉しそうな男性の手前、しっかり口を閉じておく二人であった。
◆◇◆◇
「四時半ぐらいまで自由時間だけど何する?」
「飯」「お土産」
「ご飯さっきも食べたじゃん!」
「晩御飯買っといた方が良いぞ。あっちつくの朝方だから」
チケット売り場で時間を潰すのもなんだということで、妙にテンションの高いリリアが意見を募ると、それはもう一瞬で食欲の化身二人から意見が飛んでくる。ツッコミを入れたがアリサから支援攻撃が入り、何とも言えない表情で聞く。
「マジ?」
「大マジのマジ」
神妙な顔で頷かれ、「うー……」と唸る。のだが数秒で溜息をつき、親指と人差し指で丸をつくるジェスチャーを見せた。
「いぃぃやったぁ!」
「ま、いいでしょう! 【山麓】地方の名産品とかの食べ納めってことで!」
「ういろー!」
「シャリ―姉は甘いのホント好きねー」
嬉しそうに叫ぶシャルロッテに対し、仲間達は朗らかに笑った。
そして金庫番のリリアに近付くもう一人。
「手羽先をだな……」
「味噌味?」
「なんでもいいけど肉が良い」
「魚とか野菜は?」
「…………」
「……魚の煮付けね」
「キュウン……」
意地悪として希望とは違う食べ物を提案するリリアに、意気消沈した声を漏らすアルマス。「冗談だって」とリリアが背中を叩くと、励まそうとする気持ちに反して、背中にダメージを与えて蹲らせるのであった。
「なにしてんだ……」
「回復魔法かける?」
「そこまでは大丈夫だが……」
呆れた声のアリサと心配? の声をかけたレイラを断りつつアルマスがよたよた立ち上がる。
「ご、ごめん! 大丈夫?」
「大丈夫に見える?」
「うぐ…………手羽先幾らでも買っていいから……」
「よっし! 言質取ったぞ」
「はぁ?」
ピコンとアルマスの携帯端末の音が鳴る。
『大丈夫に見える?』
『うぐ…………手羽先幾らでも買っていいから……』
「あー!!」
「日弧根は色々食ってみたい店があったんだよ! 優しいなぁ」
「うわサイテー! 絶対無効だから!!」
「いたた……」
「黙りゃあ!!」
アルマスの過剰な演技? に騙されたと悟るやいなや大声でアルマスに怒るリリア。大袈裟に痛がる素振りを見せるアルマスと、さらに怒るリリアの掛け合いを見て花の騎士達は声をそろえて笑うのであった。