大空と大地の鎮魂歌・下
「打ち上げたは良いが……風やらを出して逃げることも可能であるし、さてどうするか」
オベロンが怪腕をだらりと下げ、長さのあまり地面についている指でトントンと鳴らす。
「今のうちにお前を殺そう」
オベロンがマロンの方へ向く。いつの間にか先ほどの場所から反対側の方向へと移動していたが、生きた人間の気配を大雑把に察知できる幽霊の特性のために、最短歩行で向き直った。
「〔リグイ・リラ〕!」
自身を捕捉された事に気が付いたマロンが、慌ててオベロンに向けて箒を向け、魔法を放った。透き通った蒼穹の色をした光が放たれ、オベロンは警戒して踏みとどまる。
「あれ……なんで……魔法が……」
「愚かだな。ここにきて魔法の不発とは……」
絶望の表情を浮かべるマロンに対し、憐みの表情をオベロンが向ける。不意に横合いから強い風を感じたが、上空のシャルロッテに変化は見られない。
一思いに殺そうと腕を振り上げたところで、上空のシャルロッテが逆さまに落ちるようにしながら突撃してくるのを察知し、オベロンは地面を掻いた。
「うあぁあぁぁあ!!」
「感情に任せて突撃をするとは、愚の極み! 先の事で学ばなかったか!!」
地面を掻くことで得た砂礫を掴むと、上空のシャルロッテに向けて力任せに投げつける。もはや散弾のような飛礫がシャルロッテに吸い込まれ。
「何!?」
透過した。
そして視界の端でマロンがふてぶてしく笑った。
「魔法の失敗だなんて、ブラフに決まってるじゃないですか」
「どこ、みてんのさ!!!」
いつの間にかオベロンの真正面に、『槍鼬』の構えをとったシャルロッテが立っている。
オベロンが先ほどまで見ていたシャルロッテは幻であり、当の本人は既に地上へ降り立っていたのだ。
「チッ!」
もう業の発動に回避もカウンターも間に合わないと悟るも、オベロンは攻撃をせんと両腕を頭の上で組み、ダブルスレッジハンマーでシャルロッテを圧殺しようとする。
「『槍、鼬』!!」
シャルロッテの槍が真横に振り抜かれ、万物を平等に切断する風の刃がオベロンの腹部へと到達し、ヒトのように容易く、上体と下半身を分けた。
「がっ……だが、まだ……お前を殺せるぞ!!」
そこらの幽霊とは一線を画す存在なだけあり、上半身だけとなっても姿は消えず、最後の力を振り絞って両腕をシャルロッテに向けて振り下ろす。
「させない!」
マズイと悟ったシャルロッテが後ろへ下がろうとするも、オベロン自身が落下する速度も合わさり、『槍鼬』のために大きく踏み込んだ状態からは逃げるのは難しい。
そんな様子を傍から見てはやくから察知していたマロンは、箒を大上段に構え。オベロンに向かって振り下ろした。
「『|愛なき大地の夢想曲《ティア―・トロイメライ》!!』
オベロンの目の前に突如として薄い石の壁が生じる。壁の途中にあった両の腕は、無惨にも千切れるように切断され、オベロンはさらに四つへと体が分かたれた。
存在の間に物体を出現させて割り込ませることにより、いかなる万物をも切断するという“大地花”の業。守られるだけでなく、自らも戦うという意思から発現した、初の“攻撃用の業”である。
腕を切断された際に一瞬動きが止まり、シャルロッテは怪腕が落ちる場所から逃げることが出来た。尻もちをつくような形での回避であったが。
「ぐっ……」
ドサリと大きな音を立ててオベロンの全ての体が、落ちて、倒れた。
「勝った……?」
「……あぁ、余の、負けだ。子孫と娘よ」
シャルロッテが茫然と呟いた言葉に、オベロンが落ち着いた声で語った。
「やっ……やった」
「シャリ―さん」
「マロンちゃ……」
シャルロッテが立ち上がり、マロンの傍へと寄る。二人の体は震えており、そして徐々に顔も赤くなっていった。
「やったぁぁぁ!!」
「勝てた、勝てたぁ!!」
二人は抱き合って喜びあう。シャルロッテは一歩間違えればやられてしまい、マロンも魔力が枯渇していたが、それでもなんとか二人で勝つ事が出来たのだ。戦いの間で様々な事があったものの、まずは喜びを噛みしめていた。
「お前達」
「あっ」
「ふふ……喜ぶのは良いが、余から色々と聞き出さなくとも良いのかね」
「そ、そうでした!」
うつ伏せのままマロン達の喜ぶ姿を見て、微笑ましそうにしながらもアドバイスを送るオベロン。その言葉には裏も感じられず、純粋に気にかけてくれていることがわかった。
シャルロッテがオベロンの体を仰向けに直し、傍に付き添うようにして座る。
「とはいえ、ここまでやられてしまっては一つ程度しか語る時間も無いが」
シャルロッテはマロンを見た。自分が質問をするよりも、頭のまわるマロンに向けた方が良いと言う判断で。
「あの……それでは、腕の力とはなんなのですか? 破壊だとかおっしゃられていましたが……」
黒花獣そのものの事や質問したいことは山のようにあるが、今まさに消え始めているオベロンを目にしている為に、会話の中で引っ掛かっていたことを質問する。
「余の腕は元々このような異形の腕では無い。この腕は、“黒堕の主”のものであり、そして彼の腕は“破壊”を司っているのだ」
「黒堕の、主……」
マロンがオベロンの言葉を反芻するが、時間が無い事を惜しむオベロンは説明を続ける。
「他の黒花獣も、同様に何かを受け継いでいる。他の存在が何を受け継いでいるのかはしらぬが……機壊だけは知っている。奴らが授かったものは“頭脳”であり、“悪知恵”を司る存在だ」
シャルロッテは神妙な顔をしているのみだったが、マロンはその事に思い当る節があり、オベロンの語った内容を証明するある出来事を一人ごちた。
「機壊を倒した後、各地の黒花獣が知性を持ったような行動をし始めて……」
「おそらく、お前が思っている通りだ」
オベロンは微妙に眠そうに目をしばたたかせながら、空を見上げる。非常に穏やかな顔で、夕方に差し掛かろうとしている空はどこか薄暗い。
オベロンの下半身はすでに完全に消え去っており、上半身も胸から上しかない。
「そうだ。何か書くモノはあるかね」
「えっは、はい! えっと……」
「こう記してくれ、“己を誇りたまえ勇者よ。夢を追い、傷つきながらも歩みを止めなかったそなたは、美しい”」
マロンがオベロンの言葉を一字も損なうことなく記入する。
「これっていったい……」
「あ奴は生きているはずだ。不老不死にせよ、魂にせよ。何かの形で絶対に生きている」
「“勇者”……?」
「あぁ、勇者だ。それは余があ奴に語った最後の言葉。余とあ奴しか知らぬ。それを伝えれば、あ奴は絶対に協力を惜しまないだろう」
そしてオベロンはほぼ首から上だけとなる
「子孫よ。己と向き合え。自信を持つがいい。この世全ての存在には才覚がある。そしてお前は、この偉大なる余の子孫である。特別に優れた存在であることは明白。愚直に進め、わき目も振らずに全てを飲み込み、我が物とせよ。お前の夢は全て叶うであろうよ!」
「ご先祖様……」
オベロンは消えながらもシャルロッテを叱咤激励し、神妙な面持ちの子孫に対して、我が子を見る様な穏やかな笑顔を魅せた。一千年前の大英雄。そしてシャルロッテにとっての憧れの存在。
シャルロッテはいつもの明るさも放棄し、心のままに涙を流した。
「あの……」
「どうした」
シャルロッテに寄り添うように移動しながら、マロンは名も知らぬ英雄に声をかける。
「勇者とはいったい、誰なんですか?」
「知らぬのか? あ奴の名は……」
「あっ……」
名を言うところで丁度オベロンの口元が消える。まるで悪戯にも思えるタイミングだが、オベロンは口元が消えたことを悟ると、静かに目を閉じた。伝える術はない。それならば、消える前に現世を感じようとして。
そしてオベロンの体がすべて消えた。
「わっ!!」
オベロンの腕があった場所から、真黒な光線が空へと伸びる。禍々しささえ感じる光は、ある高さまで伸びると、やがて六つに分かれていずこかへと飛んでいく。
「あれが……黒、そのもの……」
マロンが黒い光を茫然と見送るなか、どこかから声が聞こえて来た。
「おーい!! マローン! シャルロッテー!!」
「シャリ―姉、マロンちゃん、返事してー!」
「クソチビ―! 飯作るからマロンも出てこいよー!」
「マロンもシャリ―もどこに行ったの……大丈夫なの? 返事をして!」
「いきなり消えやがったあの幽霊共! 潰してやろうと思ったのによぉ!!」
「こっちのほうから匂いがする!!」
「生体反応を確認! ヒトであります!!」
それは聞きなれた者達の声。強く、優しいヒトたちの声。
「あれ……なんで涙が……」
マロンの頬に一滴の涙が伝う。
「あぁ……そっか……もう少しで私、いや、“私達”……危なかったんだ」
そしてマロンも、シャルロッテに寄り添ったまま泣いた。シャルロッテもマロンも二人で一緒に、その涙の意味は異なるものの。ただ溢れる心のままに大声をあげて泣く。
蒼穹は、空色から、橙色に徐々に染まりはじめている。
時を大地が流し、全てを乗せて時計が廻る。
何もかも、平等に。刻々と。




