大空と大地の鎮魂歌・上
轟と唸りをあげて、瞬く間にシャルロッテの居た場所へ拳が迫る。しかしシャルロッテは既に柄の部分を体の前に置いていて、思い切り吹っ飛ばされながらもマロンに指示を出した。
「後ろに転がって!!」
マロンは三角帽を深くかぶると、地面に尻をつけてそのまま後ろ向きに転がる。三角帽は厚手でつばに部分が広いため、後頭部が痛いと言うこともなく比較的安全に転がる事が出来るのだ。ローブの裾がめくれてもズボンをはいているため問題は無い。
そこそこ運動神経が良いマロンは開脚しながら上手い事立ち上がり、そのまま後方へ数歩下がってシャルロッテに隠れる様な位置取りを取った。共闘、とは言っても、シャルロッテが前衛でマロンが後衛で支援するという基本は変わらない。
「砕けよ!!」
空いた左手が空に向けて伸び、そしてシャルロッテ達の下へと振り落される。やはり凄まじい威力で、巨大な鉄球が地面に落ちたかのように岩石化した地面にヒビが入った。
シャルロッテとマロンは左右にわかれて避け、それぞれ『風槍』と『砂鞭』の発動した得物を構える。
「ぜっりゃぁ!!」
シャルロッテは右手に槍を持ったまま上半身が横を向くほどに体を捻り、脚を大きく開いた。そして全身の捻りを利用してオベロンの肩口に向けて高速の突きを放つ。
「甘い」
オベロンが空へ跳ねる。というよりも、左手の筋力だけを使って片手倒立のような姿勢をとることによってシャルロッテの槍を避け、空いた右手でシャルロッテを背後から握りつぶさんとしていた。
突きで体を捻った勢いのまま一回転しつつしゃがむことで、ギリギリ腕の届く距離からシャルロッテが避ける。そんななかマロンはオベロンの腹側へとまわって、思い切り遠心力を付けた礫の群れを胴体部分にでもぶつけんと、バットを構えるかのように箒を両手で持っていた。
「ごめんなさい!!」
いかに小さな砂礫であろうと、勢いがつけば十二分にヒトを殺傷できる威力を持つ。生身のヒトなどに当たれば肉をえぐるなど造作もないであろう。そう思ってかマロンがあやまりながらオベロンの腹部目がけて箒を振るが、オベロンは左手を瞬間的に曲げて、さらに瞬間的に伸ばすことでマロン達の身長以上に跳びあがり、襲い来る砂礫を回避した。
「めちゃくちゃじゃん!! 武道も何もない!!」
「それはそうだろうとも。こんなバランスの崩れた腕で武術の型など使えようか」
オベロンは背中の羽をはためかせるものの、あまりの腕の重さにバランスが崩れてまともに飛ぶことが出来ない様であった。とはいえ滑空のようにならば跳べるようで、シャルロッテとマロンから離れた、針葉樹の木の傍に降り立った。
「そうだな。ならば、このような攻撃はどうだ」
そう言うと左手で近くの針葉樹の幹を支えながら、右手で根の付近をチョップのようにして切断し、そして、両手で空高く持ち上げる。
「ひぇっ!!?」
「『槍鼬』ィ!!」
シャルロッテはオベロンが手に持った針葉樹の中間部分に向けて、横に薙ぐような“槍鼬”を放つ。ランスに比べてトライデントの横幅は狭いものの、三叉の槍から放たれるのは三つの斬撃である。三つの斬撃が合わさる形になり、威力が三つ分も加算されている斬撃は、比較的遠い場所にある問題の針葉樹も容易く切断した。
「すごい……」
マロンが感嘆している間に、斜めに切り裂かれた木はずれて上部が地面に落ち、あやうくオベロンに当たりそうになる。されど持っていた木が軽くなったために片手で持つことが可能になり、オベロンは空いた片手で容易く受け止めた。
「ありがとう。ではお礼だ」
オベロンは上部の方の木を再び上空高くに放り投げる。巨大な樹木が垂直に空高く飛ぶ光景は酷く滑稽だが、下にいるオベロンは真面目な顔で下部分を掴んだまま一回転して。
「そら」
まるでボールやダーツでも投げるかのように、凄まじい勢いの樹木をマロンに向けて放り投げた。
「きゃあああああああ!!」
マロンは横に跳んで間一髪のところで避ける。木材の大きさと速度によって、ぶつかれば即死は必死であっただろう。それを示すかのように、後方でぶつかった障害物たちが次々とへし折れていった。
「なんだ。この程度を迎撃する技も無いのか」
オベロンが肩を竦める。
それは事実で、マロンは魔法という強力な力こそあれど詠唱などの溜めが必要で、弱い魔法であれば無詠唱も可能だが、今のような強力な一撃を返すためには詠唱の必要な強力な呪文が必須なのだ。
花祝の力に関しても、敵そのモノへの威力はあっても物体にはいまいちダメージの低い『砂鞭』しか攻撃業がなく、あとの業も援護や補助に使うものである。
「それではお前から殺そう」
シャルロッテと戦っている最中に、マロンから高威力の攻撃など受けては堪ったものでは無いという意味であろう。戦いにおいて支援役などを真っ先に潰すのは定石である。
「させ、るかぁ!!」
今度はオベロン本体に向けてシャルロッテが『槍鼬』を放つ。
「チッ!」
オベロンは落ちてきて再びキャッチした木材で、斬撃を樹木の天辺から受け止めさせた。木々を容易く輪切りに出来るとはいえ、やはり長い物体では切断しきれないようで。中間付近まで縦に割れたところで力が途切れる。
「子孫。お前の力はそんなモノかぁッ!!!」
Yの字に割れた幹を別の木に噛ませ、力のままに押し込む。幹は強制的に全てを割られ、そして弾丸の如き勢いで左右それぞれがマロンとシャルロッテの下へと吹っ飛ぶ。
「おっひゃあぁあ!!?」
「やばっ! 見失った!?」
中央に集まるように避けながら合流し、背中を合わせて周囲の警戒をする二人。妙に動きの息がピッタリで、背中を向けるのも、周囲を警戒するのも丁度反対側を見るなどして結束の強さを披露していた。
「上ッ!!」
空の上から新たな樹木を担いだオベロンが舞い降りてくる。木を植えかえるかのように、落ちる勢いを利用して地面に木を突き刺す。勿論突き刺した場所はほんの少し前までにシャルロッテ達がたむろしていたところである。
突き刺す、とは言うものの。伐採したばかりの乾いていない木は堅さに欠け、圧のかかる下部から四方八方へ爆散した。
「また! 風で拭きとば「シャリ―さん、違います! こっちに!!」うえっ!?」
シャルロッテが木片を風で吹っ飛ばそうとすると、マロンがその腕を掴んで自分の横へと退避させる。
「〔瞬吏炎纏〕!!」
「ぬうっ!」
マロンがオベロンに向けた箒の先から爆炎が放出される。爆発するかのように視界を赤く染め上げる虚像が木片を飲み込み、細かな灰へと変換させて無力化していった。さらに炎の幻はオベロンのすぐそばにまで迫り、オベロンは巻き込まれぬように数歩後ろへと下がった。
持っていた木も幻に巻き込まれて黒く焼け焦げ、まともな形さえ成していない。
「刺し、壊す!!」
「なるほど」
虚像が消え、灰が視界を塞ぐ中からオベロンの下へと現れ出る。シャルロッテが風を放出させていた場合、その行動の為に動きが一手遅れてしまうのだ。そこをあえてマロンが処理することで、隙も潰れて攻撃としても効果があった。更に言えば灰が視界を塞ぐ環境となり、奇襲的な攻撃も出来たのである。
流石に奇襲としての意味合いまでマロンも計算していなかったものの、シャルロッテの三叉槍は運よくオベロンの左脚を切り裂いた。
「やるな。余は魔法にも詳しいが、頭の良い使い方である」
「褒めても何も出ないよ」
「残念だ。では死合おうか」
オベロンとシャルロッテは互いが射程距離に入る場所で肉薄する。シャルロッテはオベロンに捕まれば即死という凄まじいハンデがありながら、微塵も臆することなく槍を突き、徐々にではあるが切り裂いていく。
一方で敵であるオベロンも怒涛の攻撃を仕掛ける。ただ怪腕に任せて力任せに振るうわけではなく、シャルロッテの回避行動なども予測しながらのもの。シャルロッテに脚を切り裂かれたために機動力こそ著しく下がったが、怪腕の攻撃力と範囲によってほぼその問題点はカバーされていた。
更には
「飛べ!」
「ぐっうぅ!! 攻撃が……先読みされてる!」
シャルロッテの攻撃があたかも次の攻撃を知っていたかのように、無効化されたり回避されたりするのだ。敵の攻撃を石突で受けてその勢いのまま敵へ刺すという、カウンター業を放った時、オベロンは事前に開いていた右手でアッパーの形を取っていた。
槍の先から風を放出して、石突を突かれた勢いを殺したために防御が間に合ったものの、シャルロッテは空高くへと打ち上げられた。
「当たり前だろう。“妖精槍術の型を作り上げ、武術として大成させた”のは余なのだから」
大胆不敵に笑いながら、オベロンは先読みの種を明かす。