花を信奉する世界
あるとき黒き塔、一夜にして現れる
その黒き塔より邪悪な八種族生まれ、
邪悪は八方位に別れ人々を殺戮せん
人々は救世を求め連夜神に懇願する
八の天使はそれぞれの力を持つ騎士を
神は破邪の騎士を白き塔へ送る
九の騎士は八の邪悪な者を討ち
元凶たる黒き塔を崩して闇を払わん
世界は安寧を取り戻し歓喜を取り戻す
〜白き塔の伝承より一部〜
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色とりどりの花で飾られた祭壇がある。本来精巧な彫刻が窺えるであろう台座は、今はどこからか摘んできた花が山のように重なって、覆い隠されていた。
「かしこみかしこみ申す……天の花々よ、このいと弱き我らをどうかお守りくださいませ……」
「あぁ神様!! どうか、あの恐ろしい機器怪怪な奴等を!」
「うぅ……ぐすっ……」
祭壇の前で鶴のような頭を持ち、純白の翼が背中から生えている巫女が大幣を右へ左へ振るう。
鳥居を隔てた村の広場では、老若男女が祭壇に向けて頭を垂れ、一心不乱に祈りを捧げている。巫女と同じく鳥の頭と翼を持つ者も居れば、腕が翼で足が鳥のようになっているヒトも居た。
「黒花獣……機壊ども……ッ!! うぅ憎い……なぜ息子があんな奴らに!!」
広場の端では着物の袖が赤黒く染まることも厭わず、風穴の複数空いた我が子の亡骸を抱きしめる親がいた。喉が引き裂かれる慟哭の声が周囲へ伝播し、子どもが、大人が、老人が絶望の色に染まっていく。
“黒花獣”。それは、突如して現れたこの世の民の敵である。
機械やヒト食い虫といった多様な形態を持つ、ヒトを殺すためだけに存在する化け物達。
これらは現れたかと思えば、世の“幻人類”を殺戮し始めたのだ。もちろん、幻人類もやられてばかりではない。各々が得物を持ち、死に立ち向かった。
しかし、黒花獣はある種は特殊能力で。またある種は圧倒的な物量で幻人類に襲いかかってくる。町はずれで暮らす数人の家族など瞬く間に蹂躙され、ヒトビトは集落単位で暮らすようになった。
支援はあれど無限に続く黒花獣の攻撃にやがてヒトビトは疲弊していき、世界の人口は少しずつ数を減らしていく。
村の上空へと飛びあがって遥か彼方を観測していた鳥人が、遠くから近づいてくる金属光沢の群れを見つける。地上のヒトビトに聞こえるように声を張り上げ、事実を簡潔に告げた。
「機壊共が来たぞ――!!」
そんな物見の声を聞き、思い思いに武装した男たちが立ち上がる。とは言っても、見た目が異なるだけで、全員が槍を携えているのは共通しているようだった。
「花の騎士は、実在しないのでしょうか天使様!!」
「神獣も神獣だ……! 救援を呼んでも半日はかかるだなんて……」
女子供は涙を流して罵声を吐き、もしくは超常の存在に祈りを捧げる。村人たちの心を占めるものは、死や痛みへのただ漠然とした恐怖であった。
こちらに向かって来るもの、それは機械の波である。ギャリギャリとけたたましくタイヤを転がしながら、こちらに向かって来る大質量の塊。金属光沢を纏う大量の物体が規則的に縦横を揃えて向かってくる姿は、村の住人達にとって死を運ぶ訓練された軍隊にも見えた。
鷹の頭と翼を持つ青年が、街灯にもたれながら携帯端末を弄っている。槍を片腕で抱える様に持ちながら、無言でソーシャルゲームに興じていた。しかし表情は固い。
ロビンと言う鷹の鳥人は不意に画面を操作する手を止め、ウェストバッグに携帯端末を仕舞うとガクリとうなだれた。
「チクショウ、気分転換にもならねぇ……」
普段通りの力を発揮するために、普段通りの行動をしようとしても、はやる心臓と震える体ではまともにゲームすらできない。
「おいロビン。そろそろ行くぞ。自分の配置につけ」
ふと脇から声がかかって振り向くと、同じく鷹の頭部と翼を持つ男が居た。
「兄さん……」
「……腰引けて逃げたりすんなよ」
「しねーよ」
歴戦の勇士のような風格を持つその鳥人は、ロビンに茶化したように話かけたあと、最も敵が多く観測されていた南の方角へと飛んでいく。
(俺も死ぬのか……そりゃそうだよな兄さんでさえ、勝てないって言ってんだ。……なんで、花の騎士は降臨しないんだよっ!!)
ただの伝承上の存在にすぎない、非実在の英雄へ怨嗟の思いを抱きながら。先に死地へと飛び立っていった兄を見送り、ロビンは堪えていた涙を溢れさせる。
非力な自分達への悔しさと、世界や伝承や神への恨み。複雑な感情が入り混じった涙を、生まれてからずっと日々を共にした大地へと落としながら、ロビンは翼を広げた。
◆◇◆◇
(機壊共め……村を囲んで逃がさないようにするだと? ……ふざけやがって!!)
ロビンは迫りくる敵への恨みのセリフを脳内で吐く。そうでもしないと逃げ出してしまいそうだった。手足はガクガクと頼りなく揺れ、嘴がカチカチと音を鳴らす。
空を飛んでいれば逃げることは出来る。けれど故郷を想う心がそれを許さず、ロビンの体を呪いのように縛り付けていた。
ロビンが自分の事を情けないと自嘲していると、突如として眼下の森の茂みがガサリと音を立てた。未だ必ず死んでしまうであろう戦いに、身を投じる覚悟は出来ていなかった。体は震えているものの、翼は精一杯大きく広げて羽ばたかせ、ロビンはありったけの大声で威嚇の声をあげる。
「さぁ来い! 機壊共! 俺が蹴散らしてくれる!! てめえらなんざ俺一人で全部ぶっ壊せるぜゴラァ!!」
たとえ虚勢に過ぎずとも、機械には通じなくとも、自分には大きな意味がある。体の震えが一時的にでも収まり、鳥人の戦士の戦い方である急降下の姿勢へ入る事が出来た。
金属光沢の煌めきが見えたこともあり、上空から槍を突き刺して機壊を破壊するため、自由落下以上の速度で急降下するロビン。しかし視線の先の茂みから現れたのは、“人間”の一団だった。
ロビンは慌てて翼を広げ、人間の集団に激突しないように無理に羽ばたいて落下を止める。地上十メートル程の高さのところで、ロビンはほっと肩をなで下ろしたが、同時に強烈な違和感も覚えた。
(おかしい……監視の報告では全方位を囲まれていたはず。しかもこの村の周りには碌に村が無いはずだし……そもそも対して武装もしていない人間の一団が、どうやってきたんだ?)
ロビンが思考に耽っていると、先頭にいた精悍な顔立ちをした銀髪の青年がロビンに話かけてきた。
「この村、襲われてるんですよね? 機壊のヤツ等に。……防衛戦、か。俺たちも加勢したいんだが、……良いか?」
一団の全員が森の中から姿を現した。人数は八人。
そして彼らは、伝承で伝えられていた花の騎士たる証。それぞれの花々の属性で生み出した花をロビンに見せる。
赤々と燃え盛る花。バチバチと閃光を弾けさせる花。その二つの光を反射し、その身を彩る銀色の花。透明だが、形を視認出来るゆらゆらと揺れる花。その他にも多種鮮やかな四つの花が、それぞれの手のひらの上で。
そんな浮世離れした物を見たロビンは、枯れたと思い込んでいた涙を、ボロボロと流した。
☆
村の住人達は待ち望んだ存在が現れたことを知ると、信仰する存在へ、そして伝承上の英雄たちに精一杯の感謝を捧げた。
長々と感謝を捧げ続ける女子供を横目にしつつ、村の戦士たちは自分達に協力することは無いかと、花の騎士達に聞いた。
花の騎士達が言うには力の制御に慣れていないため、いくらか討ち漏らしがあるかもしれない。そんな敵を倒して欲しいとのことだった。
戦士達と花の騎士達が大雑把に決めた作戦通りの位置へと陣取った頃合いに、機壊達がやってきた。無機質であるため何も感情は無いはずなのに、寒気のする程の殺気を明確に感じる。
村の外壁から百メートルほど離れた所で機壊達は歩みを止めた。狩る者と反撃する獲物、そんな簡単な形の両者。互いの睨み合いに悠久の時が流れたようにロビンは感じたが、それは花の騎士である紫色の髪をした青年が、雄叫びをあげながら突っ込んでいくのを合図に断ち切られた。
◆◇◆◇
白い髪の少年は、両手と足に装甲をつけているだけの軽装であった。
「こいつら一機一機は弱いが、くっ……数が厄介だなっ!!」
そう言いながら、目前の機壊を手甲をつけた拳で殴る。殴られ、砕かれた所から奇妙にも木が生え、動力や機構を破壊されたロボットが活動を停止した。一台を仕留めてもその手と足での攻勢は止まらず、怒涛の連撃によって瞬く間に敵が無力化されていく。
「こいつらは一番弱いタイプだからな! そのぶん数だけは多い!!」
白い髪の少年の台詞に、ほぼオウム返しな内容で答える銀髪で着物を着た青年。攻撃を仕掛けてきた機壊を、手に持った刀で一文字に斬りつける。恐ろしいまでの切れ味だがそれだけに留まらず、少しでも内部を切り裂かれた機壊がどれも活動を停止している。
刀に走る電撃が金属を伝い、バッテリーをショートさせていた。
「きゃははっー!! 物壊すの楽しー!!」
両手に一つずつランスを持った秘色の髪の少女が歓声を上げる。自身の得物を乱舞して、嬉々として周囲の獲物を破壊している。こちらも奇妙な事に、ランスの先端が当たっている様には見えないのに、先端の先に居た機壊の装甲がいとも簡単に穿たれていた。
「おーいちょっと! あんまり離れたら危ないって!!」
自身の身長よりも大きな剣を軽々と振りまわし、複数の機壊を豪快に薙ぎ倒しながら、ランスの少女を桜色の髪の少女が警告をしている。その片刃の大剣はごうごうと燃え盛る炎を纏っており、熱によって柔らかくしながら機壊のボディを易々と切り裂く。
「何体居るのよ……疲れてきちゃう」
両手に拳銃を持った、水色の髪の若い女性。パンツルックにジャケットという動きやすい服装の通り、歩いて敵から距離を取る位置取りをしながら、両手の銃を無作為に乱射している。
いや、よく見れば機壊達の装甲を貫き、正確に動力部に“透明な弾丸が”着弾していた。銃弾が停止すると、その質量を瞬時に増加させ……動力部が氷に覆われる。凍結した動力は運転を停止し、いかなる動作も行わなくなる。
「良いじゃねぇの! 多い方が楽しいじゃねぇか!!」
戦闘中毒者のような発言をするのは、真っ先に機壊の群れに飛び込んでいった紫の髪の青年。二メートルはあろうかという巨体に見合った、巨大なハルバードを余裕綽々と振り回している。
ロボットはハルバードの重量と剛力によって体の大部分を抉られ、次々と破壊されていく。抉れた場所に残るのはドロドロに溶けた金属片。
「〔雷撃〕!!」
金属製の箒を持った茶髪の少女は、無造作にそれを振り回す。箒に雑じった砂がこぼれ――否、箒自体から砂が出ていた。
流れ出た砂は根元から箒の動きに追従するように動き、鞭のようにしなって敵を襲った。高速の砂礫は金属の装甲すらひしゃげさせ、多量の礫によって力の向きへと機体を吹っ飛ばす。少女はそんな機壊に向けて左手のひらを向け、電撃の光線を発射。直線状にいた機壊達はまとめてショートし動きを止めた。
「うるせぇぞ筋肉ダルマ」
紫の髪の少年に向かって怒鳴る、幼さの残る顔立ちの少年。柄が長く、打面に無数の棘の付いたバトルハンマーで機械を殴打し、叩き潰す。引き抜く……というよりもハンマーを叩き潰したものから離すと、棘が蜜蜂の針の如くハンマーから抜けて、機壊の体に刺さったまま残った。そして少年がなにやら呟くとまたハンマーから新たな棘が生えてくる。
村の戦士達はまれに抜けてくる機壊を破壊しながら花の騎士達を眺めた。
純粋に、戦士としてその技を盗むため。または、嫉妬や羨望、そんな気持ちで。
それほどまでに彼らが強く、自分達にとって彼らが輝いて見えたからである。
◆◇◆◇
機械の黒花獣を殲滅した後、箒を持った茶髪の可愛らしい女の子が村民に話かけた。
「大丈夫です……か? ……誰か怪我をしている方はいらっしゃいませんか?」
「は……はい! ありがとうございます。助けていただいて……どう、お礼をすればいいのやら……」
族長はあわてて言葉に答えた。偵察隊として機壊の包囲作戦を確認し、敵の銃弾を受けて瀕死の状態ながらも情報を持ち帰った、勇敢な若いバードマン以外、死傷者は出ていなかった。
(不幸中の幸い、いや幸い中の不幸か……)
ロビンは顔見知りだった死者の事を思い出すと、物憂げな表情になる。ふと彼の母親を見ると、やはり複雑そうな顔をしていた。
花の騎士のまとめ役らしい、青い髪の女性がお礼なんて要らないと答える。ところが脇から黒髪の少年が姿を見せ、気楽そうにリクエストを投げかける。
「あ、ちょっと待った。調味料とかもらっても良い?」
青い髪の女性がなんとなく眉を顰めるなか、そんな少年と女性のやりとりが妙に俗っぽく感じられて、花の騎士達への印象に親近感が加わった。
「もちろん! 命と世界の恩人なのですから、そのくらい安いものです! どうぞ、村へお入りください!」
「今夜は宴だあぁぁぁぁぁ!!」
「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!! 花の騎士ばんざーい!!」
どこからともなく上がった歓喜の声に鳥人達は同調し、途轍もない音量の歓声がそこかしこから放たれる。ロビンとその兄も、抱き合いながらありったけの声を張り上げた。
その声は先ほどまでの悲哀に満ちたものとは逆で、やる気や嬉しさ、喜びなどの感情に満ち溢れていた。
2019/05/14 全面改稿済み