そんな勇者は嘘である。
【 まえがき 】
■異世界トリップからの現代帰還のお話です
ちょっと行き詰まって、新しいお話を書いてしまいました
■あくまでも魔王→→→→勇者ですので悪しからず
2014/3/21
王立図書館のなか――史料や資料が入り組んだ本棚に沿って歩くのは全くもって不本意だが、うるさくてどうしようもなかったからだ。「うるせえ!」と殴り飛ばしたが、「もっと殴れ」と言われて引いた。
付き合ってられんと逃げるようにしてここに来たわけだ。首から提げた入館証が胸元で揺れるのを、オレは眉を顰めなが眺めていた。
「もう一発殴っときゃよかったか……」と紡ぐ言葉は物騒以外のなにものでもないが、本当のことである。アイツとあのくそ神様なら、殴ってもバチはあたらないだろう。実際、一回殴ってるし。
「アイツが読みたいのは……あ、あった」
王立図書館・二階にある自伝ジャンルでわりと簡単に見つかった『魔王様と勇者のあれこれ』。もう少しタイトル捻ろとか魔王が自伝なんて書いてんじゃねーよとかいろいろ思うところがあるが、それを取り出して一階カウンターへと赴く。
「返却期限は十日後になります」との声に「解りました」と答え、入館証を返して布袋に入れられた本を受け取った。そうして王立図書館をあとにする。
オレ――紀和瀬夏樹は深いため息を吐いて、この世界――『クランベルク』から転移する。帰ったら帰ったで、うざいアイツが待っているのだ。ため息は深くなるばかりである。
「なつき」
「――うぜえ」
転移場所は自室。しかもベッドで寝転がるアイツの腹の上だった。予想外に悲鳴をあげたかったが、ぎゅうぎゅうと抱きしめられては飲み込むしかない。
「なつき」「なつき」とうざいくらいにはしゃぐコイツは件の魔王様だ。しかもなんの因果か、オレの家に居候していたりした。――そしてオレは勇者だったのだ。一年と少し前までは。
ことの起こりは、コンビニで買ったコロッケを食べながら歩いたときだ。急に光に包まれて驚くが、現れた『神』と名乗るイケメンが言った。
『この世界に来て、魔王を倒してくださりませんか?』
『断る』
なんでオレがそんな面倒臭いことをしなきゃならんのだ。コロッケをかじりながらそう放てば、自称『神様』は口端を上げた。
『断ろうがなんだろうが、こちらには力がある。無理にでも来てもらおう』
ということで、無理矢理連れてこられたのが異世界だった。『クランベルク』というらしい。
それはいいだろう。百万歩譲って、それは置いておいてやる。
なぜオレは女の子になっているのか。
『……少し強引すぎたからだ。力を使いすぎて性別が転換した。可愛いからそのままでもいいだろう。魔王を倒せばもとの世界に帰してやるからさ』
いつの間にか喋り方が軟派になってんぞ。頭を撫でてくるその『神様』をぶん殴ったのは正当防衛だろう。
元の世界に帰るためにオレは奮闘した。勇者となりあちこち旅をして仲間を集めたが、そこは長いから割愛する。からかわれたり、頭を撫でられたり、抱きつかれたり、抱きしめられたり、その度に魔法で蹴散らしたが、いい思い出はない。いや、女の子は可愛かったけど。レベル高いよ、この世界の女子は。プロポーションも抜群だし。って、そんな話はいいか。
とにかく魔王の根城へと辿り着いたときは、これで帰れるとほっとした。雑魚を薙ぎ倒して、最上階の魔王の元に来たが、肝心の魔王はいない。
どこだと探してみれば、奥の寝室で寝ていたらしい。頭に来て水魔法を繰り出せば魔王は跳ね起きる。そこにはずぶ濡れのいい男がいた。マジか。仲間の剣士やら魔法使いの女の子は黄色い悲鳴をあげながら、魔王を囲んだ。
「ああん、魔王様痺れますぅ」とか「かっこいー」とか聞こえるが、オレは入り口で直立不動だった。魔王の魔王たる所以が解った気がする。眼光がヤバい。その睨みだけで百獣の王を滅しそうだ。
「ひっ……」
魔王がベッドから出た――かと思えば、転移魔法でオレの目の前に現れる。皺を寄せた眉間が緩み、赤い瞳が歪むオレの顔を映す。
「あ……」
「なつき」
なんで名前を知っているんだという言葉は、恐怖の前に消えた。伸ばされた腕にぎゅっと抱きしめられ、唇を塞がれる。
「なにしやがる!」と殴り飛ばせば、オレの躯は光に包まれだした。これは! 帰れると察し、顔が綻ぶのが解った。
倒してないが、帰れるなら細かいことはどうでもいい。さらば、『クランベルク』。もう二度と来ねーし。
元の世界に戻ったオレは、ふたたびの悲劇に見舞われていた。なんで女の子のままなんだ!
「なんでなんだぁ~」と自室で泣きじゃくるオレの前に現れたのは『神様』で、『魔王が干渉してきたんだ』と言った。そもそも魔王は自分を倒すべき者を求めていたという。このイケメンも楽しそうだなと乗りに乗り、幾人も『クランベルク』に召喚したが、失敗に終わったらしい。そいつらは『神様』の力で元の世界に戻るのと同時に、『クランベルク』での記憶を消し去っているようだった。
つか、なんだ……。魔王を倒さなくても元の世界に戻れたのかよ! 衝撃の事実にまた涙が出てくるが、いまはそれは横に置いておく。
それよりも!
「その『神様』の力とやらで男に戻せや」と喚くが、『魔王の干渉は複雑だから時間がかかる。それに男に戻る保障もない』の一点張りだ。「それでもいい」としゃくりあげるオレの頭を撫でた『神様』は『解った。お前のためにやってみよう』と言って消えた。
戻ったのは、オレが異世界に旅立った日だった。時間ならまだある。
屈辱的だが女の子として過ごすしかなく、我慢して過ごしていたある日、転校生がやってきた。その間解ったことだが、周りはオレを女の子と認識しているようだった。『神様』の力か魔王が干渉したからかは解らないが、肩の力が抜けたのはよかった。
「なつき!」
「お前は……!」
魔王ではありませんかぁあぁあ! なんでここにいるんだ!?
「どうした? 知り合いか?」と驚く先生の横を走り去り、オレをぎゅうぎゅうに抱きしめて顔中にキスの雨を降らせていく。お前は犬か!
「会いたかった」
犬じゃなくてアイドルだったか!
この名前でよかったといまほど思ったことはない。男でも女でも通る名前で本当によかった。父さん母さん、じいちゃんばあちゃんありがとうございます。
そしてあれよあれよという間に始まる魔王との生活に、オレの体力と精神力はおおいに減っていっている。転生しても魔王は魔王のままで、魔王の力が使えるらしい。それでオレ以外の周りの記憶を歪めていたのだ。自分は帰国子女だと。オレの婚約者だと。だから同居だって簡単にできた。
「誰が婚約者だ、ドアホ!」「婚約者じゃないと記憶を正せ」と言っても魔王は話を聞いてくれない。誰か魔王を引き取ってください。マジで。
「――可愛い」
魔王――クラン・グランチルはオレの横髪を梳きながら、額に唇を落としていた。
人が回想している間になにしてんだ、お前は。
クランの額を軽く叩けば「なつき」と笑う。イケメンが輝いている。キラキラしている。
「ぐぅう……」
情けないことだが、オレはこの顔を直視できない。イケメンオーラにやられそうになる。精神的に。精神的に!
「ほら、これ」と本を渡したら任務完了だ。ということで、クランを引き剥がして寝転がった。「邪魔」と言えば、クランは端に座り直す。これはオレのベッドだから、文句は言わせない。
なんだかんだで、クランはオレの嫌がることはしてこない。そこは見直してやろう。キスはされるけどな! その度に平手打ちだけど。
「なつき、お前が読め。そのために借りてこさせたんだから」
「なんでオレが……」
「面倒臭い」と紡ぐ前に、鼻先に自伝が当てられた。「なつき」「なつき」とうるさい。
仕方なしに本を取り上げてパラパラとページを捲る。ともすれば、またもや衝撃に見舞われた。
『私は動向を窺うため、勇者の元へ剣士・ミコリルを送り込んだのだ』
その一文には目を見張るしかないだろう。ミコリル、お前はクランの臣下だったのか。クランがオレの名前を知っている理由がいま解った。
ミコリルは時々オレたちから離れた場所で、誰かと話をしていたのだ。遠隔魔法で。相手は遠距離恋愛の彼氏だと言われていたからなんら不思議に思わなかったし、オレも彼女を作りたかった。いや、いまでも諦めていませんが。
「なつき」
のしりと背中にのし掛かるクランを相手にできるほどの余裕はない。オレは適当に読み始めたページから熟読していたのだから。
読み終えたころには一時間と少し経っていた。クランはまだ背中に張り付いている。
どうやらオレは屈強な男として書かれていたようだ。終わり方は魔王が勇者を倒して終わっていた。完全にフィクションだ。誰だ、自伝を書こうなんて言ったのは。
「クラン、オレはマッチョじゃねーんだけど」
「なつきの可愛さは俺が解ればいい」
「意味解らん」
「なつきの可愛さを広めるのは自殺行為だ。俺以外がなつきに好意を抱くのは御免蒙る。だから屈強な男として書いた」
囁くのは反則だろう。だから急いでクランを落として耳に手を添えた。
「キモいこと言ってんじゃねーよ!」
「可愛いな、なつきは」
キラキラしている。いや――ギラギラしている。
やばいと後退るが伸ばされた手に捕まり、抱きしめられた。
「誰にも渡さない」
クランはそう言って、イケメンオーラを最大限に放出する。そうなれば、オレはやられるしかないだろう。片手が頬を撫でていくのを、黙ったまま受け入れるしかない。
「く、クラン……」
高鳴る心臓を落ち着かせるように胸元を掴む。雰囲気に飲まれそうになるが、しかしクランは腕を緩めて離してくれた。赤い瞳に映るのは、泣き出しそうな顔だ。
「俺はなつきを泣かそうとしているわけじゃない」
顔を逸らしたクランは読み終えた本を片付け始め、オレの手のなかに袋ごと置く。
「解っているな?」
「お、おおお、おう!」
クランは立ち上がるとオレの頭を撫でて額にキスをした。オレの嫌がることはしてこないが、その代わりだというようにキスをしてくるのは、叩こうが殴ろうがやめようとはしなかった。
「なつき」
ふわりと微笑を浮かべるクランにカッと頬が熱くなる。
それでもオレは落ちないんだと、心で言い聞かせていた。
――落ちたら戻れないのだ。
横髪を梳く手が優しいことには、とっくに気付いていたのだから。
ー了ー
【 あとがき 】
最後までお付き合いありがとうございました。
このあとはいちゃいちゃになるんだと思います。きっとね。