幻想即興曲
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1
『ポロ~ン……ポロロン』
彼女のしなやかな手先と、長い黒髪が銀色の鍵盤の上を躍る。
(……誰だ。
この女。
俺は夢を見ているのか?)
良雄の心身を幻想即興曲のメロディーが、搦め捕る。
(信じられん。
この俺が女に心を奪われるとは。
まさか……この神業のような手捌きに繰り出される幻想即興曲のせいなのか。
しかし、この女。
誰だ?
知っている筈なのに、名前も顔も忘却の彼方に置き忘れたような……)
繰り広げられている光景は、現実の物では無いと良雄の脳髄の一部が甘く囁きかけてくる。
その囁きは天使の囀りのようであった。
恍惚の表情に支配されていた良雄が、
『むぅ~ん』
小さく声を発する。
良雄のその時の気分は、すきっ腹に80度以上のアルコールと淫薬を一気に流し込んだような最悪の状態であった。
祖父から、自分の特殊な能力は、皆には存在しないと、聞かされた。
中国拳法の有段者である祖父も、同じ能力者であった。
5歳の誕生日を過ぎた頃から、強力な頭痛と皆の心の囁きが、洪水のように一気に良雄の脳髄に襲い掛かる。
「お母さん。
頭痛いよ……」
5歳の良雄が泣き叫ぶ。
傍にいた祖父が、両手で良雄の頭を包み込む。
不思議な事に痛みが消失した。
痛みが消えた良雄に、猛烈な睡魔が襲って来た。
泣き声がピタリと収まった良雄は、スヤスヤと寝息をたてた。
先程の苦痛に歪んだ顔は、まるで嘘のように消失していた。
孫の突然の苦しみを、目撃した祖父は、良雄に気のコントロールやテレパシーの遮断などの技を5歳から8歳までの3年間伝授した。
祖父が亡くなるまでの3年間に、良雄は、自由にテレパシー能力を遮断したり全開したりコントロール出来るようになっていた。
普通は遮断しているので、頭痛に悩まされる事は無くなっていた。
2
覚醒は急激であった。
『……夢か』
ぽっりと呟きながら、右手で目頭を軽く擦る
。
ボンヤリと昨夜の出来事が、断片的に蘇る。
しかし、記憶に薄いベールが施されているような、感覚があった。
(もしかしたら、夢だったのか……昨夜の記憶が判然としない訳がない)
良雄は、寝ぼけ眼で腕時計に視線を落とす。
6時10分前を指している。もう少し、寝よう。
(誰だ……横で寝ているのは……)
良雄は、掛け布団をめくった。
スヤスヤと寝息を立てているのは、幼なじみで同クラスの一之瀬美菜子だった。
(何故、彼女が横に寝ているんだ)
良雄は、記憶を探るように昨日の出来事を思い出そうとした。
良雄は、昨日の昼休みの屋上での出来事を回想する。
……確か山下進が、俺の下駄箱に放り込まれたラブレターを預かり、昼休み屋上で告白タイムゲームをした。
6人を集合させ、一人が勝ち残った。
その女子生徒。確か隣のクラスで、名前は明美。
彼女と飯田橋駅で待ち合わせて、神楽坂にある、進のマンションに行った。
進のマンションで、確か俺と明美そして進と美菜子の組み合わせで明日のテストの合計結果で、負け組が焼き肉を奢る賭けをした筈だが……。
回想が終了した良雄が誰とは無しに呟く。
「何故、美菜子が俺のベッドの横にいるんだ?」
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