【短編/完結】皇太子に飼われた舞神は、箱庭で毒の花を咲かせ続ける
別作品『兄に調教された舞神が私を抱く夜〜箱庭の純愛と囚われの皇女〜』の登場人物、白蓮の視点で綴る短編エピソードです。
その指先が触れるたび、僕は自分が人間であることを忘れていく。
「お前は本当に美しい男だな、白蓮」
狂気を帯びた吐息と、危うい光を宿す瞳。
「だが――どんなに美しい蓮の花も、泥の中に根を張らねば咲かぬものだぞ」
僕を組み伏せる鬼は、夜ごと繰り返す。
「あっ……琉克様っ……!」
「光あれば闇がある。お前の美しさは私の毒でより輝く」
皇太子、琉克。
僕の顎を掬い上げる彼の指先からは、常に冷徹な白檀の香りが漂う。
12歳のときに召されてから、僕の人生は、この冷徹で恐ろしいほど綺麗な鬼の手のひらの上にある。
「来い、白蓮」
その一声で、僕は彼の足元にひざまつく。長く伸びた銀髪が床を這う。
「いい子だ、それでいい」
僕の髪を踏み、顎をつかみ、琉克様は微笑む。
初めて彼に抱かれた夜のことを、今でも鮮明に覚えている。
皇太子だけの遊び場、玄武殿。
抗う術も知らぬ僕を支配し、琉克様は僕の耳元で、甘い毒を含んだ声で囁いた。
「お前は私を映す鏡であり、私の意志を遂行する影となれ」
その言葉通り、僕は徹底的に「調教」された。
身体の芯まで暴かれ、声も、視線も、呼吸のひとつひとつまで、生き写しのように作り変えられていく。
だけど――。
「白蓮、あなたの舞は本当に儚くて、見ていると涙が出てくるわ」
愛璃様。
皇女でありながら皆に優しく、幼いころから僕を慕ってくれる。
少女から女性へと美しく変貌していくのに、僕を見つめる真っ白で無垢な瞳は変わらない。
「白蓮の幸せを祈っているわ」
琉克様と同じ血が通っているとは到底思えない。時に残酷なほどに眩しい光。
「いつか、私も白蓮ともっと広い世界を見に行きたいわ」
愛璃様は、僕にとってただひとつの光だ。
泥水の底にまで届く清らかな光。汚れた心を浄化してくれるから、僕はまだ人間でいられる。
「愛璃を想っているのだろう?ならば、私に尽くせ。お前が汚れるほど、あの子の清らかさは守られる」
琉克様は、僕が愛璃様に抱く淡い恋心さえも、僕を縛り上げる鎖として利用した。
「忘れるな。お前も愛璃も、すべては私の手の中だと」
そう言って笑う琉克様の瞳は、吸い込まれるほどに深く、恐ろしい。
自らの手を汚さず、僕という刃を研ぎ澄ませて人を殺めるのだから。
僕は度々、他国へ舞の巡業へ行くことがある。
夜は決まって、華やかな宴が開かれる。
高い天井から吊るされた無数の燭台が、宴席に集う貴族たちの宝石をきらめかせる。
その中で、僕は銀色の髪をなびかせ、天を舞う。
異国の重臣たちは魂を奪われたような溜息を漏らす。
その美しさに酔いしれる男たちの杯に、僕は音もなく毒を落とした。
静かに、ゆっくりと、確実に。魂のろうそくを短くしていく毒の粉。
舞いながら彼らの末路を想う。僕が返り血を浴びることはない。
血を流すことは美に反する。
それは、琉克様と唯一共感できることだった。
静かな拍手の波が広がった。
「さすがは大国の至宝、舞神の美しさは本当だったな」
玉座で笑う男。敵国の王に僕は深く礼をする。
「そう思うだろう」
「ええ、お父様」
隣の王女がほほ笑んだ。
「どうだ、蓮耀国などに帰らず、我が娘の伴侶として残らぬか?」
「もったいないお言葉です」
「はは、皇太子の犬に判断はできんか」
下世話な笑いだな。
今回の密命にはこの国王は入っていない。でも、いっそ始末してしまおうか。琉克様には、間違えたと報告すればいい。
そんな気持ちにさえなる。
鬼に飼いならされるということは、自身も鬼になっていくこと。
洗っても落ちぬ黒い泥濘に染まっていくのを感じていた。
ようやく、用意された部屋にひとりになれたとき。
月に向かい小さく息を吐く。
ああ、愛璃様。
あなたと会う時だけは、かつての自分に戻れる。
早く、あの笑顔に会いたい――。
「ただいま戻りました」
巡業から帰国した僕を待っていたのは、琉克様の冷たい抱擁だった。
僕の首筋に顔を埋め、異国の死の香りを嗅ぎ取るように、彼は深く息を吸い込む。
「ふふ、生意気に女でも抱いてきたか」
鬼というのは勘がいい。本当に面倒なものだと思う。服に女の香が残っていたか。
「いけませんか?」
「いいや」
琉克様は心底愉快と言わんばかりに笑った。
王女とは名ばかりに、まるで娼婦のような女だった。
他国の来賓として来た男の寝室に忍び込んでくるような、程度の低さに呆れる。
「愛璃の代わりに抱いたか」
「まさか……。愛璃様の代わりになるような女など、大陸のどこにもいませんよ」
本心だった。
「どうぞ、琉克様。お好きなように抱いてください」
好きでもない女を抱くなんて面白くもなかった。でも、そうでもしないと、眠れそうにもなかった。一夜の退屈しのぎでしかない。
琉克様の手が僕の衣を乱暴に剥ぎ取ると、白檀の香りが、僕の理性を麻痺させる。
愛璃様を想う一途な心さえも、琉克様に蹂躙されることで、歪んだ独占欲へと変質していく。
「……くっ、ああ……っ!」
「はは!お前の昂ぶりを抑えられるのは、私だけだと思い出したか」
琉克様の紫の瞳が、月光を反射して怪しく光る。
その瞳の中に、僕は自分自身の「鬼」を見た。
身代わりなんていないのに。
愛璃様をこの檻から奪い去りたいという、狂おしいほどの野心。
そのためなら、この世界をすべて毒で沈めても構わないという、傲慢なまでの執着。
僕は、琉克様の背中に爪を立て、縋るようにその肩を噛んだ。
彼を憎み、彼を愛し、彼と同じ地獄を這いずる。
僕の純白も、とうの昔に失われた。
だが、この黒い泥濘の中にこそ、いつかの日までしっかりと根を張ろう。
いつか、この鬼を食い殺すための、毒の花を咲かせるまで。
白檀の香りに咽びながら、僕は舞神として、そして影の暗殺者として、さらなる深い闇へと身を投じていく。
それが、僕を飼い慣らす鬼への、唯一の復讐であると信じて。
「おかえりなさい、白蓮」
翌朝、春の日差しのなかで愛璃様がほほ笑んだ。
「ねえ、西の国はどうだった?美味しいものあった?」
後宮という箱庭しか知らない皇女様は、キラキラとした瞳で問いかける。好奇心旺盛で、いつまでも変わらない愛らしさ。
「愛璃様。いつか、必ずお連れします。僕とあなたの、ふたりだけの世界へ」
「本当に?」
「ええ、約束しますよ」
それはきっと、そう遠くない日だ。
愛璃が主人公の本編もぜひごらんください★
兄に調教された舞神が私を抱く夜〜箱庭の純愛と囚われの皇女〜
https://ncode.syosetu.com/n1634lz/




