乙女ゲームの転生ヒロインですが、攻略対象(ヤンデレ)が世界の壁を越えてきました。
「っ、……ぅっ、アミナ……っ」
ああ、どうしよう。こういう時って、どうしたらいいの……?
私、アミナ・ルブライトはある日突然、エンディングを迎えることが難しいと言われている鬼畜乙女ゲーム『泡沫の羽』のヒロインに転生してしまい。
五年の年月を経て、つい先日、ようやくエンディングまでクリアしたばかりだった。
ヒロインらしく純情に振る舞い、それらしい選択をして、皆の好感度を上げる。
人に嫌われるのは簡単だけど、好かれるのって本当に大変で。
元の世界に帰る気満々だったから後腐れがないように、とにかく交友関係を浅く広げることを徹底した。
私が狙っていたのはみんなの好感度をそれなりに高めるノーマルエンドだったんだけど……。正直、思いのほか大苦戦した。
ゲームのシナリオが始まってからはエンディングまで、命がいくつあっても足りないレベルで危険な目にあったし、キャラクターの好感度がそれぞれマイナスからのスタートだったから、いい人レベルを上げるために本当に頑張った。
正直、一人の攻略対象を落とす以上に大変だったんじゃないかって思う。
とはいえ、親切で優しい、仏みたいないい子ちゃんヒロインという印象の植え付けには成功して、
みんな仲良しほのぼの逆ハーレムを完成させ、ノーマルエンドを無事クリアした。
……ということで、私はさっそく、ゲームの舞台『ローザ学園』にある天使像の元へやってきた。
この世界から現実に戻るためには、エンディングを迎えて≪七時間以内に≫この神殿にある、天使像に祈りを捧げる必要がある。
もしその祈りを忘れたり、選択しなかったりした場合は、
もう二度と元の世界に戻ることはできない、という恐ろしいことになってしまう。
一応、みんなの顔を見て気が変わったら嫌なので、速攻この場にやってくる……つもりだったんだけど。
『それでは皆さんお元気で~。さようなら~』
と、各攻略対象たちと簡単なお別れまで済ませたあと。
『あ、待って。忘れ物……』
この世界からどうしても持って行きたいものがあったことを、帰る寸前で思い出した。
ここで『まあ、いいか』って、そのまま帰ってればよかったのに……。
全ては、忘れ物を取りに行った私が悪いまである。
とはいえ。
「っ、本当に、俺をおいて、帰るだなんて……っ」
あんな天使像の真ん前で、大号泣されてたら帰るに帰れないじゃないの!
「っひとでなしだ、アミナなんて……もう二度と、会えないのにっ、あんなに軽く……っ!」
その上、 私が、もう元の世界に帰ったと思われているところが、私をその場に出づらくさせる。
「頼む、天使様。もう二度と、願いなんて叶わなくていいから、アミナを、この世界に、もどしてくれ……っ」
銀にも紫にも光る髪を揺らして、長い睫毛からぽろぽろと涙を落とすその姿。
『ぶっちゃけ、お前が元の世界に帰ろうが、俺にとってはどうだっていいけどな』
と。つい一週間前まではつんけんしていたというのに、どういうわけか、私の帰還を今更ながら嘆いているらしい。
あの、みっともなく泣いている彼、ユリアス・ペリオドールは、このゲームにおける公爵子息である。
プライドが高く、ナルシストで毒舌なのが玉に瑕だけど、性格が歪んでいる割に素直だし、彼ルートがなかなかに泣けるシナリオであることは有名で、ユリアスを入り口にゲームをする人も多かった。
おまけに顔は儚げで、性格と真反対のギャップが最高にいいということもあって、ファン人気を独走する男だ。
『元の世界に帰りたい? 俺が知るわけないだろ、方法なんて。……あ、おい。こんなところで泣くなよ? そんな不細工な顔を晒したって、俺は絶対に慰めたりしないからな。せいぜい、無事に元の世界に帰れることを願って、その攻略? だか、なんだかをしたらいいさ。ま、俺は手伝わないけど』
数年前、出会った当初に言われた言葉だ。
私の第一印象はただただ『うざい男』だった。小生意気な態度って、二次元だから許されるものも、現実だとこうも鬱陶しいものになるんだな、と思ったのも懐かしい。
まあ、ゲームの舞台であるこのローザ学園に入学してから、学年も一緒で、クラスも共にしたから結果的には一番親しき友人になったわけだけど。
『元の世界に帰って、寂しくて泣くんじゃないの? アミナってそういうところあるしな』
なんてつい昨日、茶化してきたのは幻だったのかと疑いたくなる。
あんなところで泣かれてたら、帰りたくても帰れないじゃない。
ああでも、七時間が経つまで時間がない。
お別れパーティーで思ったよりも時間をくったからな……。
あ、でも思い返せば。
あのパーティーで、ちょっと赤い顔でユリアスが『アミナ、卒業したら俺の家にくれば? どうせ行くところないんだろ』とか言ってきた時。
『気遣ってくれてありがとう。でも大丈夫よ! 私は元の世界に帰るもの!』
って、笑顔で言ったら、石化してたような気がする。
もしかして、あれのせい?
『私がいなくなってもみんな元気でね』なんて付け加えたら、『大変だ! ユリアスが息してない!』とか言って、大騒ぎになっていたけど。
本当にショックを受けてたから、あんな大号泣してる……って、こと?
……いやいや、嘘よ。だって、私に嫌味ばっかり言ってたあのユリアスが、私がいなくなるだけでショックを受けるだなんて……そんなこと。
「アミナ……っ」
そんな、こと。
「お前が元の世界に帰りたがってたのは、知ってたけど、だけどさ……っあんな、笑顔でっ、俺たちの、おれのこと置いて、いっちゃうなんて……どうでもよかったのかよ……!」
あり得る、っぽい。
地面に両手をつけて、涙を流す。プライドの高いユリアスを思うと、信じられない光景だ。
「でもそうだよな、素直じゃないおれなんて、嫌いに決まって……っ」
正直、胸が痛まないと言ったら嘘になるけど……。
でも、もしも私が同情に負けてここで残ったとしたら、これまでの五年間は一体何だったの? とはなるし……。
中庭に建てられた時計塔に目を向ければ、あと帰らないといけない期限まで三十分を切っていた。
ああ、どうしよう。あと十五分くらい様子を見て、それでも退く気配がなかったら無理矢理にでも祈りにいくしか……!
と、そこまで思ったその時。
ちょうど、植木に触れていた手の甲に。
毛虫が。
「ひゃあ!?」
ばっと、仰け反るようにして立ち上がろうとしたら、そのままお尻からすっころんでしまう。
「……いっ、たぁっ……」
腰をぶつけた。じぃ~んとして、めちゃくちゃ痛い。うぅ、と涙目になりながら擦っていると、「アミナ……?」という声が聞こえた。
はっとして顔を上げる。
植木を覗き込むようにして、こちらを見下ろすその姿。
「あ、ゆ、ユリアス……!」
涙に濡れた紫色の瞳と、目が合う。
し、しまった。これでは覗いてたのが、まるわかりだ。ぎくっとしながら、「う、あ、ご、ごめんなさいっ」と私は慌てて謝った。
「の、覗いていたわけじゃなくて! 忘れ物を取りに行ってたら元の世界に戻るタイミングが遅れて、それで、天使像のところにきたらユリアスが……わっ!」
瞬間、飛びつくようにして抱き締められて、私は背中から倒れ込んだ。
「っ、アミナ? アミナだよな? 本物? 幻なんかじゃないよな!?」
「っ、え、ええっ、ほ、本物だけど!?」
「ああ、よかった、まだ、帰ってなかった……っ」
「ゆ、ゆりあす……?」
「いるんだ、ここに……!」
涙で枯れた声。切実な声音で、そう告げられる。
「や、やだな……いるに決まってるでしょう? そんなに必死にならなくても……」
「っ、必死になるに決まってるだろ!」
身体を上げて、私を地面に押し倒した状態でユリアスは私を見下ろした。
その顔は少し……いや、大分傷ついた顔をしていて、私はなんとも言えない気持ちになった。
「もっ、いなくなったかと……思っ、たん、だからっ」
言いながら、その目から、ぽろ、と涙が落ちてくる。
「っ、な、何も、泣かなくても……」
「泣くに決まってるだろ!」
子供のように怒られる。びく、と肩を揺らして目を丸くしていると、「っ、だって……」とユリアスは続けた。
「もう二度と、会えないと思ったんだぞ……っ」
ぽたぽた、と頬に彼の涙が落ちてくる。
「そ、それは……」
確かに、もしも私が向こうの世界に戻ったら……。
二度と会えないのは、そうかもしれないけれど。
「で、でも、ユリアスらしくないよ……あなたは……」
もっとクールで、感情を隠したがるようなタイプだったのに。
「俺らしくないって、なんだよ」
低くなった声音に「え……」と目を見張ると「俺らしい、って……」とユリアスは続けた。
「俺が……おれがこんなにも、寂しくて、悲しくて、本当はここにずっといてほしいって必死に思ってるのに、お前は、あっさり別れの挨拶を済ませて、どこかへ行こうとする……そんなんで、俺らしさって、お前に何がわかるって言うんだよ!」
「ユリアス……」
「だって、そうだろ。お前はいつだって、俺のことなんて……っ!」
「わかってるわよ!」
大きな声で遮ると、今度はユリアスが肩を揺らす番だった。「わかってる」と再度言いながら、そのぽろぽろと落ちる涙を指の甲で拭うと、ユリアスはびくっとしながら私を見つめた。
「あなたが、優しくて、本当は意地っ張りで、素直になれない人だってことくらい」
「っだ、だったら」
「でも、それ以上を理解してはだめなの」
けれど、その涙を全て拭いきる前に手を引っ込めて、私は顔を逸らした。
「だってそうすれば、私……」
あなたのルートに踏み込んでしまうもの。
首を振る。だって、私はここの世界の住人じゃない。
そう心の中で言い聞かせて、ずっと意識してきた。
五年もの間。みんなとの間に、必ず線を引いて過ごしてきたつもりだった。
「……とにかく、もう祈りに行かないと……本当に元の世界に戻れなく……」
「っ、だったら!」
肩を押されて、再びユリアスを見上げる。
「俺を連れて行ってよ……っ、アミナのいた世界に!」
「え、い、いや、それはさすがにっ……」
「俺、ちゃんと馴染むから」
「いや、いやいやいや、いくらなんでも……それは難しいと……っ」
「上手くやる……! 俺、器用な方だって、お前も知ってるだろ!」
そりゃあ、攻略対象だからスペックは高かったけど。そういう問題ではない。
「いや、それとこれとは違うから、そんなのむりに……っ」
「無理じゃない!」
「っ、無理よ! だって、こっちに来られるかもわからないし、例え、来られたとして、どうやって馴染……」
「おまえは馴染んだ!」
はっとしながら顔を見上げると、「俺たちのいる世界に」と続ける。
「俺の心にだって、ちゃんと馴染んだよ……」
私の肩口に額を載せるようにして、近づく。
「お願いだ……アミナ」
「……」
「俺を選べないのは構わない……だけど」
ああ、どうしよう。どうしたらいいんだろう。
手のひらにある忘れ物をぎゅっと握り締める。
「俺を捨てようとしないで……っ」
なんで、こんな苦渋の決断をしなきゃいけないんだろう。
帰りたいのに、帰りたくなくなる。
だけど決断だけは迫られて、もう消えていなくなってしまいたい気分だった。
ああ、苦しい。苦しくて、嫌になる。
「……もぉ、やだ……っ」
ぐす、と鼻を鳴らすと、今度はユリアスが目を丸くして「あっ、え……?」と慌てたように身体を起こした。
「どうして、なんでっ、そんなこというの! せっかく、せっかく帰ろうって、きめたのに……っ」
「あ、アミナ……?」
「辛かったんだからっ、エンディングが近づくたびに、ああ、私、帰らなきゃいけないんだって……っ自分で決めてたくせに、たくさん揺らぎ始めてっ」
手のひらで顔を覆う。
その際、手のひらからは忘れ物であるロケットペンダントが芝生に落ちた。
「ユリアスのばか、ばかばかばかっ!」
あ、という顔で、ユリアスがそのロケットペンダントを手に取る。
それに気づかないまま、私は怒りと悲しみに任せて言葉を続けていた。
「自分だけが辛いと思わないでよ! この自分勝手!」
「アミナ……」
「わたしの決断、返してよっ!!」
「アミナってば」
「なに!?」
腹を立てながら言えば、ユリアスは私に向かってロケットペンダントの中身を見せた。
「これって……」
その中にはユリアスと私の写真が入っている。
「っぁ、そ、れは……」
もしもこちら側の物を持って帰れるなら、と思って、忘れ物として取りに戻ったものだ。
難しくても一か八かで、それを持って祈ろうと思っていたのに。
「俺の、写真が入ってる」
「そ、の……っ」
「お前、いつもこのペンダント、大事に持ち歩いてたよな」
改めて私の頭の横に手のひらを置きながら、ユリアスが言う。
言い訳を探そうとしていると「アミナ」と改めて、名前を呼ばれた。
「はっきり言ってほしいんだけど、お前って、俺のことを、その」
こんな至近距離で目が合えば、もう言い逃れは出来ない。
「好きだったりする……?」
「……」
「だって、そうじゃなきゃこんな写真、大事に持ってないだろ」
「っ、あの、だから……」
「はっきり言って」
「だから、はっきり言ったら、あなたのルートに入っちゃうからむりだ……っ」
って言ってるの、と言おうとしたら、軽く唇が重なった。
ポカンとしていると、「よかった」と。
「アミナがそういうことなら、俺と一緒に……」
「っ、なんにもよくない!!!」
チョップをすると「あたっ」と額を押さえて、ユリアスは身体を起こした。
「あ、あぁ、あんた、きゅ、急にき、キスなんて、なにしてくれてんの、なにしてくれてんのっ!?」
「二回も言ってる」
「二回も言いたくなるわよ!!」
叫ぶように言って、私も肘を地面につけて、ずりずりと距離を離すようにして身を引いた。
「そりゃあ、キスだけど……だって、俺、アミナのことが」
「もう、好きだって言わないで!!」
慌てて言うと「はぁ?」と不愉快そうに眉根を寄せるユリアス。
さっきまで大号泣していた男とはまるで思えない。
「なんで!」
「人の話聞いてた!? 私だって、つら……」
「辛いなら、帰んなきゃいいじゃん」
「そうはいかないのよ!」
「なんでだよ!」
「なんでもなにも……っ」
と、そこまで言いかけて、頭の中で私のいた元の世界のことを振り返る。
「故郷って、普通、恋しくなるでしょ……」
「……アミナ、家族に会いたいの?」
「……いや、前にも言ったけど、私、捨て子というか……家族は特に」
「……じゃあ、恋人がいるとか」
言いづらそうにユリアスが続ける。
「それは、その、誰とも付き合ったことないし……」
「そうなのか? じゃあ、友達は?」
「別に、これといった仲のいい人はいないけど……」
「だったら何しに帰るんだよ」
た、確かに。何しに帰るんだろう。
「で、でもユリアスは知らないだろうけど、向こうの技術ってすごいんだから、こ、コンビニとか知らないでしょ!」
「そんなの知らないけど、こっちには魔法だってあるだろ」
「私は魔法は使えないもの!」
「俺が使えるようにさせる!」
「無理よ、魔力もないのに!」
「っあーもう、うるさい」
「わっ!?」
足を掴まれて引っ張られた。
背中が再び地面について、私は成す術なくユリアスを見上げた。
「お前が使えないなら、俺が使う」
「な、に……」
「手にだって足にだって、何にだってなってやる」
「公爵子息の身で、何言ってるのか、わかって……!」
「わかってて言ってるんだ!」
私の肩を押さえる手が震えている。
「そのくらい、お前に全てを捧げたっていい」
その吐き出す声さえも。
「だから、アミナ。俺を選んでよ……っ」
重い。何もかもが。
震えて、頼りなさそうに。
全身全霊で、私の決断を止めにかかっていることがわかる。
「……も……なんなのよ……」
私は諦めたように息を吐き出して、肩から力を抜いた。
「……っ、わかった……わかったわよ!」
「……え、本当か?」
「だけどね、ユリアス! 言っておくけど、今までの私、ずっと猫被ってたから! 正直好かれようとして頑張ってただけで、本当の私、超面倒くさいし、口も悪いし、重いし、それでもいいの!? もう、やだって言っても絶対に離れないわよ!?」
「ああ、いいよ! それでいい! 俺、重い方が嬉しい。俺だって、もしもこのまま俺を選ばなかったら、足枷つけて、閉じ込めようって思ってたから」
「後悔したってしらないんだか……え? いまなん……っわ!」
ぐんっと背中を持ち上げられて、ぎゅっと抱き締められる。
「嬉しい、うれしいうれしい、今日から俺のだ……!」
「あの、ごめ、ちょっと苦し……っん」
「……マジで好き、大好き、帰ったら結婚するって、父上に言わないと」
「ちょ、んっ、待っ……んぅ、っ」
ちょっと待って! という言葉すら呑み込まれていく。
噛むように唇を奪われて、舌先が当たり、びくっとしてしまう。
な、なに今の! かっと、頬が熱くなって、肩を叩く。
「あ、ごめん。苦しかった?」
「っ、っきなり、なにすんの」
「だって、アミナが……可愛いから」
「そ、そんなの理由にならないから、もうつぎ変なことしたら、かえ……っ」
帰るから、と言おうとしたら、再び塞がれる。
「……帰るって言葉、禁止。もし次言ったら」
「っは……ん、ぅ」
「この舌、噛み千切るから」
舌を引いても、逃がしても、絡められて、息ができないまま、唾液だけが口内に溜まりそうになる。
薄っすら涙目でその姿を見ると、髪の毛のせいで、光の消えた目が、こちらを見下ろしていることに気がついた。こ、このっ……。
「っ、ゆ、っん、も、とまって! とまって、ってば!」
はあ、はあ、と息絶え絶えになりながら、ばちんと両頬を叩くようにして顔を押さえると、「い、いたい……」とびっくりした顔と目が合った。
「あのね! 帰るにしろしないにしろ、一旦、天使像にいって、祈りをしなきゃいけないの! そこで、選択肢が出るから、それをしないと、また最初からシナリオをしなきゃいけなくなるから、だから早く退いて!」
「……何言ってるかよくわからないけど、それって、本当にする必要があるの?」
「え?」
「本当に天使像のところに、一回は行かなきゃいけないの?」
「……何? 疑ってるの?」
「……そういうわけじゃないけど」
「だったら早く退いて……よ」
ね、と言おうとしたら、ユリアスが立ち上がるついでに私を抱き上げた。
……え?
「じゃあ、俺がつれてく」
「えっ、なんで!? ちょっと、下ろしてよ……!」
「やだね。いつ気が変わるかわかんないし」
「か、変わんないから、大丈夫だって……!」
「信用したいけど、こればっかりはだめ。俺、アミナがいなくなったと思った時、気が狂いそうだったから」
見上げるユリアスと目が合い、「う、あ」とどうにも言葉が出づらかった。
「顔赤い」
「きゃ、キャラ変わってない?」
「そう思うなら、お前のせい。アミナが俺をおかしくしたんだ」
ふん、と鼻で笑う。紫に光る銀色のほんのり長い髪を軽く払う。
私を抱えたまま、スタスタと天使像の前まで戻るユリアス。
不服そうに、私を見て。
「ほら、早く祈れば」
と、子供をあやすように言われて、私は、こ、こんな体勢で? と気まずい気分で、天使像を見る。
時計塔を見ると、残された時間はあと三分ほどしかない。
ああ、もう迷っている時間はない。
この祈りを終えたら、本当の本当に元の世界に帰れなくなる。
でも、もしも帰ったら、
「ん、どうした?」
ユリアスには、会えなくなる。
『 さあ、天使様へ次の祈りを捧げましょう。
▷この世界に留まる
この世界とお別れする 』
目の前に出て来たダイアログボックスに、私は唇を噛み締めた。
「アミナ? 祈り終えたのか?」
「あのね、私……」
ひとつ、懸念していることがある。
『 さあ、天使様へ次の祈りを捧げましょう。
▷この世界に留まる
この世界とお別れする 』
「ユリアスのこと、すきだけど」
「え……?」
あなたは、攻略対象の中でも……。
『 さあ、天使様へ次の祈りを捧げましょう。
▷この世界に留まる
この世界とお別れする 』
「今までの努力無駄にしたくないから……」
「な、まさか……」
とびっきり重い愛を抱えることで有名で。
『 さあ、天使様へ次の祈りを捧げましょう。
この世界に留まる
▷この世界とお別れする 』
「ごめんね、ユリアス」
「あみ……っ」
そのルートは、メリーバッドエンドばかりだったから。
だから、私は――――。
「さようなら」
その唇にキスをして、私は選択画面を押した。
――――――
―――
――
はっと目を覚ます。と、見慣れた天井と蛍光灯。
鼻腔を擽るそれは、私が好きなピオニーの香り。
こ、ここは……!
身体を起こせば、よく知る現代の部屋。……もっと言えば、私の部屋だった。
電子カレンダーを見ると、私が元いた世界で見た最後の日付と同じだった。
うそ、私……。
「戻ってきた……?」
ちゃんと、もどって……これたの!?
「うそ、本当に……!?」
急いで、外を確認しようとベッドから飛び出せば、ぐにゅっと。
ぐにゅ?
何かを踏み潰した気がして、恐る恐る下を見る、と。
「っぅ……っ」
と、呻く美男子が一人。
え、うそ……なん、で?
私の部屋には馴染みのない外国人のような銀色の髪に。
薄っすらと開く、長い睫毛に縁どられた大きな目。
現代には全く似合わないきらきらと煌めく紫色の瞳が、しばし空を彷徨ったあと私を捉えて、「あみな……?」とその口を動かした。
「えっ、なんで、どうして……っ」
ユリアスがいるの!?
ここって、私の元いた世界じゃ……っ!
と。思った瞬間、現実にそぐわないダイアログボックスが目の前に……って。
『 プレイヤー様、『泡沫の羽』のクリア
おめでとうございます
ここからは『泡沫の羽2(現代編)』を
お楽しみください。 』
「は!? つ、2!? 現代編って、何それ……!」
そんなのプレイしたことなんてないし、それよりも待ってよ。
この状況は……。
「っ、なあ、ここ、どこ……?」
ぎくしゃくと振り返る。と、そこにいるユリアスが、不思議そうな顔をして「あれ、アミナ。髪染めてる」などと言うので、私は一気に現状を理解してしまった。
「あ、あの……ゆ、ユリアス? お、落ち着いて聞いてほしいんだけど、たぶん、ここ……」
「黒髪も似合うんだな」
手を引かれて、私は「わっ」とユリアスの上に倒れ込みそうになる。
「可愛い」
「っ、い、いや、あの」
「ん、そんな服着てたっけ……? 制服は?」
「それどころじゃ……っ」
「あ。っていうか、おまえ。さっき、俺にさようなら、とか言わなかっ……」
「き、聞いて、ユリアス!」
ぴた、と止まり、その顔が固まる。今度はなんだよ、と言いたげだ。
「超一大事だから!」
「……わかった」
「で、何」というユリアスに、「いや、あの。落ち着いて聞いてほしいんだけど」とそっとユリアスを押して、正座になる。
「ここ……」
「なに」
「わ、私の元いた世界っぽい……んだけど」
「は、どういうこと」
「端的に言うと……」
呼吸を整えて、冷静に告げていく。
「あなた、私の元いた世界に来たみたいなの」
訳の分からなそうな顔をしたあと、ユリアスは首を傾げて、少し視線を彷徨わせたあと、「……なんで?」と眉根を寄せた。いや、本当になんで、だ。
「わ、わからないけど、私が元の世界に帰るって祈ったから、それで巻き込まれたとしか……」
「……ってことは、お前、元の世界に戻るって、祈ったんだ」
「うん。そうなんだけど、それをしたら何故か……」
「最悪」
「えっ」
視界が一気に反転して、床に押し倒される。
「ってことは、俺から離れようとしたってことだ」
「……い、いや待って! いま、それどころじゃないから……!」
「それどころだから」
前髪が目元に影を落とす。その長めの髪がピアスと一緒に、組み敷かれた私に向かって揺れ動いているその姿を見た時、ぎくりと背筋が冷えた。
「俺を捨てようとしたんだ。どういう情緒? 俺のこと、好きだったんじゃないの?」
「も、もちろん好きだけど、でも、二度と元の世界に帰れないって迫られたらなんていうか……っ」
「へえ、アミナにとって、恋愛は何度だってできるものなんだ。ああ、そうか。そういえば、俺のいる世界が、そういう世界だって言ってたもんな」
「え、えっと……っ」
「やっぱり、ビッチだったってこと? あんなに清楚っぽかったのに。騙されたなすっかり」
足に軽くユリアスの手が触れる。太ももを撫でるようにして、服が脱がされそうに……って、い、いや! ちょっと待ってー!
「本当に油断も隙も無いやつ。やっぱり、祈りなんてさせないで、連れ帰るべきだった」
「あの、ユリアス、その……んっ、んー!!」
唇を塞がれたので、慌てて肩を叩く。
それでも止まりそうになかったので、私は周囲のものに片っ端から手を伸ばして、ぎゅっと何かを握った。
「ぷはっ、っ、す、すとーっぷ!!!」
ユリアスの顔にぎゅむっと押し付けたのはうさぎのクッションだった。ユリアスは「お、まえ」とそれを引き剥がしてきたけど、私は「あ、あのね!?」と慌てて言った。
「帰る選択をしたことについては、後からいくら追及してもらって構わないから! とにかく今は、本当に本当に一大事なんだから現状を一緒に考えよう! ね!?」
うさぎのクッションを片手にこちらを不満そうに見るユリアスが、「一大事?」と片眉を上げた。本当の本当に、現状がまるでわかっていないらしい。
いや、わかる。私もゲームの世界に初めて転生した時、そう思ったもの。
だけど、また状況が違う。だって、向こうの住人が私の元いた世界に逆トリップなんて、そんなの。
「だって、あなた!」
聞いたことない。
「元の世界に帰れないかも知れないのよ!?」
「……帰れない?」
「そうよ。どうするの!? 立場のあるあなたが、こっちの世界に来ちゃったら、一体全体、誰が……だって、あのまま残ってたら、あなたって人は立派な公爵になって……」
「どうだっていい」
「領地を治め……え?」
「アミナがいない世界で、生きるつもりない」
「……」
ユリアス……って。
「じょ、冗談はいいから……」
「冗談じゃない」
こんなに。
「アミナが消えるなら、俺だって消えるし」
こんなにも、
「もしも死んだなら、俺も死ぬ」
重苦しいキャラだったっけ……?
たらりと冷や汗が垂れたと同時に、ユリアスの銀と紫に光る髪がさらりと揺れて、その顔に影を落とす。
その様子を眺めながら、「そ、そう……」と頷くしかできなかった。
ああ、これからどうしよう。『泡沫の羽2』なんてプレイしたことないのに。
目を合わせると、ユリアスが「アミナ」とか言って隙あらばハグしてくる。
私のノーマルエンド、なんていうか。
ちょっと普通じゃなかったっぽい。
ああ、とその胸に抱かれながら、
私は新たなプロローグに頭を悩ませていたのだった。
殴り書き程度の短編です。よくある転生もののその後が見たくて書きました。ただの趣味です!
少しでも楽しんだ、また⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎を押してもいいよという方がいらっしゃいましたら飛んで喜びます……何卒よろしくお願いいたします。




