大人になったね
中学校の体育館で、号令に合わせて体を前に倒したとき、床に手がつくかどうかなんて、考えたこともなかった。
前屈は「できるもの」で、できないやつがいること自体が、少し不思議なくらいだった。
先生が笛を吹いて、はい前屈、と言う。
ただそれだけで、体は言うことを聞いた。
息を吐けば、自然と指先が床に触れて、時には手のひらまでべったりついた。
柔らかいとか、若いとか、そういう自覚はなかった。
できない理由が、想像できなかっただけだ。
今、同じ動きをしてみると、床はずいぶん遠い。
指先は空中で止まり、太ももの裏がじわりと引き攣る。
無理に倒そうとすると、体のどこかが「そこまでだ」と静かに警告してくる。
別に怪我をしているわけでもない。
病気でもない。
ただ、生活をしてきただけだ。
座る時間が増えて、走らなくなって、眠る時間が少しずつ削られて。
体を動かさなくても生きていける方法を、覚えてしまっただけなのに。
気づいたら、床に手が届かなくなっていた。
あの頃、できない人を見て、心のどこかで思っていた。
なんでこんな簡単なことができないんだろう、と。
その理由を、今の自分は痛いほど理解している。
できなくなったのは、ストレッチだけじゃない。
無理を無理と思わない感覚。
多少の痛みを笑って流せた余裕。
明日のことを考えずに、体を使い切る勇気。
前屈で床に届かない指先を見ながら、ふと考える。
大人になるって、何かを手に入れることだと思っていた。
選択肢とか、知識とか、責任とか。
でも実際は、こうして少しずつ、当たり前だったものが離れていくことなのかもしれない。
あまりにも静かで、気づいたときには戻れない距離まで。
床は何も変わっていない。
変わったのは、自分の体だけだ。
それでも、前より少し息を吐いて、もう一度だけ体を倒してみる。
ほんの数センチ、さっきより近づく指先を見て、なぜか少し安心する。
できなくなったことは戻らないかもしれない。
でも、近づこうとすることだけは、まだできる。
それが大人になるということなら。
思っていたより、悪くないのかもしれない。




