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第4話

「アイツんち母子家庭だったんだぜ。カワイソー、天涯孤独じゃん。もう1人産んどきゃよかったのにな」


 大学での昼休み。わざと聞こえるように言った倉持の嘲笑交じりの言葉を聞いて、僕の中で何かが切れた。

 殺人は粛々と実行されたのだ。気付けば僕の目の前には、背中からどくどくと血が流れ続ける倉持の死体が転がっていた。


 ——僕は幼稚園の頃からどちらかと言うと内向的な人間だった。外で運動をするよりも教室で図鑑を読んでる方が好きなタイプで、特に植物や花に強い関心があった。先生は外へ出て遊んでみないかとよく僕に勧めはしたが、あまり気乗りはしなかった。


 小学2年生の春頃に父親が死んだ。仕事帰りの山道、土砂降りの中で飲酒運転の自動車と正面衝突したのだ。崖から車ごと転落・炎上し、加害者共々性別の判断も不可能な程の重症で即死だった。


 残された母親は1人で家庭を切り盛りし始めた。家事、食事、仕事、家計簿……おおよそ家庭を保つ為に必要なことの全てを1人でこなすようになった。夜中の3時に尿意を催して起きた時、まだテーブルに向かって何かの作業をしていた。

 僕が手伝おうとしても拒否された。理由は僕が子供だかららしい。子供なんだから、子供の内に自分の好きなことを、勉強をしなさいと口酸っぱく言われた。


 僕は早く大人になりたかった。早く何もかもを1人で出来るようになりたかった。そうしないと僕は母さんの人生を搾取するだけの存在でしかない。

 中学を卒業するなり働こうとしたけど、母さんは断固反対した。それもやっぱり僕がまだ子供だかららしい。子供なんだから、高校で目一杯青春をして良い大学に行きなさいと口酸っぱく言われた。


 早く大人になりたい。考えることと言えばいつもそのことだった。子供が身体だけ大人になれる薬があるとしたら、僕はそれが喉から手が出る程欲しかった。

 高校生になってからアルバイトを始め、自分で働いて金を稼ぐことを覚えた。初めて自分で手に入れた給料は涙が出る程嬉しかった。初めて自分のお金で母さんを外食に連れて行けた喜びは今でも忘れられない。


 バイトと勉強をこなしつつ、僕は受験を迎えた。第1志望の国立大学に合格することが出来たが、滑り止めの第3志望である地元の私立大学を選んだ。その大学は特待で合格することが出来て、入学費も学費も全てが免除だった。

 母さんは断固として第1志望にしろと言って聞かなかった。それもやっぱり僕がまだ子供だかららしい。子供なんだから、一番良い選択肢を迷わず選びなさいと口酸っぱく言われた。

 僕は生まれて初めて親に反抗をした。小さなアパートを勝手に手続きし、勝手に引っ越しの準備を進めて家を飛び出した。入学して間も無く母さんの衰弱が始まった。1年半後に栄養失調で死んだ。


 そしてそのことが高校の頃の同級生である倉持の耳に何処からともなく入っていた。僕に対して小さな嫌がらせを続けていた男で、無視していたけど「ガリ勉」「陰キャ」「ぼっち」などと品性の無い言葉をよく投げていた。そんな男と何の因果か同じ大学、同じ学部、同じ学科へ通う羽目になった。そして彼は夜まで続いた講義で帰り道を歩いてる最中、僕に背中を刺されて川辺に転げ落ち、首を絞められて窒息死した。


"明日学校休みます"

"先輩ともっと一緒にいたいんです"

"好きです"

"愛してるんです"


 橋の歩道の上で僕は宮村とのLINEを見ている。狂おしい程の愛情が文面からも伝わるが、僕はそれを凪いだような心で見ている。

 僕の手が今でも綺麗であれば……全てを投げ打ってでも君の元へ駆けているのかもしれない。その想いに応える為に。


"宮村"

"幸せになって欲しい"


 そう書き込み、僕はスマホを川へ向けて放り投げる。

 スマホは僕のこれまでの全てがそっと終わりを告げるかのように夜の闇へ消え、やがて音を立てて川に落ちて行った。


 僕は宮村との触れ合いの中でどうしようもなく心が惹かれるのを自覚していた。恐らく彼女が僕のことを好いてくれていることにも感付いていた。

 だけど僕は自分にも彼女にも目を背けていた。きっとこの想いを打ち明けてしまえば、僕は彼女の優しさに頼ってしまう。それが怖かった。そんなものは大人ではないと思っていた。


「そこのお兄さん。お話があります。あなたです。橋に掛けてるそこのお兄さん。逃げないでくださいね」


 背後でパトカーが止まり、拡声器で声を送る。中から警察官が2人現れ、僕へ懐中電灯を照らしながら近付いて来た。


「お兄さん。今川に向かって何か投げたでしょ」


 取り返しの付かないことをした。だから最後に残った彼女との絆を終わらせようとした。

 君に嫌われてしまいたかった。だけど君は僕なんかよりもずっと強い人だった。くだらない嘘まで吐いて君を遠ざけようとした僕にそれでも寄り添おうとしてくれた。


「何投げたの。石でも投げたの? 危ないよね?」


 結局、僕は大人になり損ねた。


「それに夜道を1人でぼーっとしてたらダメだよ。ニュース見てないの? この辺は殺人犯がまだ逃走中だって」


 君に想いを伝える強さが少しでも僕にあれば。

 誰かと手を取り合うことを自分に許す勇気があれば……


「お巡りさん」


 今更考えても、最早仕方の無いことだ。


「人を殺しました」


 10月26日20時34分。大学生の澤凪(ただし)(20)を殺人及び死体遺棄及び不法投棄の容疑で逮捕。

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