50. 美麗戦団
「よしよし、順調だねぇ。ちょっと休憩にしようかぁ」
ウィンロルと出会った日からしばらく経過した。
今日はA級探索者であるミリーシャと、彼女のクラン『美麗戦団』と共に迷宮探索に来ている。僕が頼まれたのは、クランの新人と共に迷宮に潜ることだった。実地訓練みたいなものらしい。
安全を確認して、休憩に入る。
引率しているのはミリーシャと僕、そして斥候役のトリンという女性だ。そこに、新人のイリーナを加えた四人で探索を行なっている。
「つ、疲れましたぁ……」
新人のイリーナは休憩と言われてすぐにへたり込んでいた。まあ、無理もないと思う。なかなかの強行軍だったし。それに、イリーナは斥候志望ということで、道中でトリンに教えを受けながら進んでいたから神経をすり減らしていたはずだ。迷宮での斥候役は魔獣やトラップの警戒を高精度でこなさなければならないから大変だ。
今くらいは僕が警戒しておいて、休ませてあげよう。
「こらこら、気を抜かない!サリファさんが警戒してくれてるからって、甘えちゃダメでしょ?」
「うぅ……そうですよね……」
トリンに注意され、半べそになりながらイリーナが周囲を警戒し始めた。休めるうちに休むのも大切だと思うけどね。ここまでついて来れてるだけでも大したものだと思う。
「トリンの言う通りだよぉ? 迷宮では何が起こるかわからないからねぇ?」
ミリーシャもそれっぽいことを言い始めた。
だが、敷物を敷いて寝っ転がってるから説得力は皆無だ。無駄に高度な結界を張っているから警戒はしているが、見た目が悪い。
「イリーナ、あの人はマスターだけど真似はしちゃダメ。強すぎる人は参考になんないからね?」
トリンも大変だなぁ。
真面目そうだから、ミリーシャと一緒にいるのは気苦労が絶えないだろう。
「でも、言ってることは正しいかな。迷宮ではほんとに何が起こるかわからないからね。安全そうな場所に見えて、トラップがあったりもするから」
「うえぇ……」
イリーナが呻き声をあげている。
そうなんだよなぁ。この世界には迷宮がいくつもあるが、このバルバント大迷宮は特にトラップが多い。僕が覚えているだけでも、調整ミスとしか思えない凶悪なトラップがいくつかあった。プレイヤーからは普通に嫌われていたので、悪名が轟いている。
初見殺しもあるし、凶悪なトラップだらけだ。儲けられるから人がたくさん集まっているが、死亡率も高くなっている。そのため、トリンのようにトラップを見抜き解除も行えるような熟練の斥候は重宝される。
「転移トラップにかかったら仲間と分断されて知らない場所に飛ばされるし、魔獣巣窟に閉じ込められたら全滅する可能性が高い。いきなり毒が吹き出したり、魔獣と戦闘中に突然暗闇になることもある。私たちが異変に気付けなければ、仲間を危険に晒すということを覚えておいてね?」
「はい……!!」
いつのまにかトリン先生の迷宮講座が始まっていた。イリーナは真剣な表情で聞いている。この迷宮都市でトップクラスのクランに入団できるくらいだから、素質はあるのだろう。ここまででもトリン先生の教えをすぐに吸収し、実践できていた。
迷宮講座はしばらく続きそうだ。
感心しながら授業を聞いていると、ミリーシャがこちらに寄ってきた。なんだろうか?
「いやぁ、サリファくんに手伝ってもらえて助かったよぉ。外部の人がいると、緊張感も増すからねぇ」
「……それはよかった」
ミリーシャもいろいろと新人教育について考えていたようだ。普段はだらけているようにみえるが、意外としっかりしているのかもしれない。
「サリファくんは、もう迷宮には慣れたぁ?」
「……ほどほどには」
「ふふ、それは良かったよぉ」
ミリーシャは微笑むと、トリンたちの方を向いた。僕もそちらを向く。
「というわけで、一人だと無理でも仲間がいれば切り抜けられることも多いよ。だから、信頼できる仲間っていうのは何よりも大切なんだよね」
「信頼できる仲間……」
新人のイリーナは、トリンの言葉を噛み締めているようだ。
「そう、特に私たちは信頼関係が大事だね。信頼されない斥候は仲間を殺す。私たちは、とても大きな責任を負っているんだよ」
トリン先生がそう締めくくる。
熟練の斥候の言葉は、重みが違った。
「サリファくんも気をつけなよぉ? 一人じゃ、限界があるんだからさぁ」
ミリーシャがこちらを見ずにそう言った。
僕としては、頷くしかない。
……
迷宮探索を再開し、目標としていた二十階層まで到達した。転送陣で帰るのかと思っていたが、転送陣が使用できないことを想定した訓練ということで歩いて戻るらしい。転送陣の前に強い魔獣が陣取っていたり、不具合で転送されない場合があるとのことだ。僕も知らないことだったので驚いた。
イリーナは疲労困憊の様子だったが、根性で頑張っている。ここまできたら、最後までやりきってもらいたいものだ。
「いやぁ、それにしてもサリファくんは強いねぇ。剣術だけでもかなりのものだよ」
「……ありがとうございます」
歩いていると、ミリーシャが話しかけてきた。剣術だけでも、と言ってくるあたり僕が魔術を使えることには気づいているのだろう。ミリーシャは凄腕の魔術師なので当然ではある。
「まあ、切り札はあるに越したことはないよねぇ。悪い子には見えないし、よかったよかった」
ヘラヘラと笑ってはいるが、その目は僕を観察しているようだった。薄々感じてはいたが、僕は試されていたのだろうな。
そもそも、ミリーシャのような上級者が新人教育についてきていることがおかしい。新人が魔術師ならまだわかるが、斥候志望の上にトリンという先生もいる。理由をつけて僕をパーティーに入れ、見定めていたのだろう。
そんなふうに考えると、色々と腑に落ちる。
推薦してくれた三人がやたらと構ってくれていたのは、そういうことなのだろう。……いや、他の二人は元からあんな感じな気もするが。
「あ、そうだぁ。正式にクランに入りたかったら言ってねぇ。サリファくんなら大歓迎だよぉ?」
果たしてその言葉は本心からのものだろうか。
まあ、どちらでもいいか。なんとなくだが、ミリーシャのお眼鏡には適ったような気がするし。
「……考えておきます」
こうして、パーティーでの初めての迷宮探索が終わった。ずっと一人で潜っていたけど、たまにはこういうのもいいと思いました。
……
「じゃあ、またねぇ」
迷宮探索を終えて組合に戻り、ミリーシャたちとは解散した。かなり高額に感じる報酬を貰ってしまって困惑したが、ミリーシャは迷惑料だと言って押し付けてきた。試していたことに対してのお詫びといった感じだろうか?
「おぉ、サリファ! 戻ってきたのか! ちょっとこっちに来てくれねぇか?」
そろそろ帰ろうかと思っていると、受付の方からジャネルに呼び止められた。
「……どうしました?」
「いやなに、お前さんウィンロルとかいう嬢ちゃんと仲良かったろう?」
ウィンロル?
どうしてウィンロルの名前が出てくるのだろうか。
困惑した受付嬢と、真剣なジャネルの様子に嫌な予感がする。
「実は、昨日からウィンロルさんの姿が見えないのです……。彼女の実力と依頼内容を考えると、こんなに遅くなるはずがないのですが……」
ウィンロルの能力は高い。
斥候としても優秀であるため、中層くらいまでで帰還できないとは考えられない。
だが、ここはバルバント大迷宮。
多くの屍を築き上げた、悪名高き大迷宮だ。
「……その依頼は、何階層ですか?」
僕が知っているトラップならば、まだ攻略方法がわかる。だが、覚えているということは凶悪であるということで……。
「五十階層付近です……」
「……そう、ですか」
最悪だ。
僕が覚えている中でも最難関の魔獣巣窟があるのが五十階層だ。いや、あの場所は魔獣神殿とでも呼んだ方がしっくりくるかもしれない。ゲームではやり込み要素の一つだった。普通は見つけられないが、ウィンロルならば可能性はある。……あそこは、今の彼女では攻略不可能だ。
だが、最悪ではあるものの即死はない。
あの系統のトラップは、内部からは条件を満たさない限り絶対に抜け出せないが、外部からなら救出可能だ。
「おいサリファ……!? 待つんだ!!」
迷宮に向かって駆け出す。
後ろでジャネルが叫んでいるが、時間がない。
希望があるならば、僕は……。




