44. 聖女ヴェスティ
「君は、生きたいと思っているのかな?」
その突然の問いに、言葉が詰まる。
なにもかも、見透かされているかのようだ。
僕の反応を見て、ヴェスティはため息をついた。
「ま、そんなことだろうと思ったよ。全てを受け入れたような雰囲気だね」
「……そんなことは」
「ふん、私にはわかるさ。これまで何人の患者を診てきたと思っている? 本当に腹立たしい」
不機嫌そうにヴェスティが言う。
まあ、確かに生きることを諦めているのに診察してもらおうだなんて、怒って当然か。これは、申し訳ないことをしてしまったな。
「ああ、まったく自分の力不足に心底腹が立つ。君のような者を救うために、こんなところで聖女なんていう似合わない肩書きで祭り上げられているというのに」
……ん?
あれ、こちらに怒ってる感じではないのか。
この人もしかして凄くいい人なのでは?
「本格的な診察をしたわけではないが、それでもわかる。私には君を治療することができない。というより、治療というのが適切なのかもわからない」
「……そうですか」
特に落胆はなかった。
僕も詳しいわけではないが、あと五年で迎える死は病気や怪我というようなものではなく、寿命なのだと思っている。成長も早かったし、そういう運命なのだろう。
「ああ、その表情を見たくないんだ……。死を受け入れ、それでも悲観せずに生きようという穏やかで澄んだ瞳。君はその早すぎる死を運命だとでも思っているのか?」
出会ってすぐにここまで見抜けるものなのかな。
それとも、僕がわかりやすいのか?
「私は運命ってやつが大嫌いなんだよ。こんなこと、外では言えないがね」
肩をすくめてそんなことを言い出したが、結構な問題発言だ。シャイローニュ聖教が祈りを捧げる神といえば、運命の女神、時の女神、愛の女神の三女神。それなのに、聖女が運命を否定するなんて。
「おや、驚いているね。聖教について詳しいのかい? まあ、ティアロラが連れてきたのだからある程度は知っているか。……ところで、ティアロラには君の身体のことは話しているのかな?」
「……いえ、詳しくは話していません」
「だろうね。しかし、わざわざ私に診察を依頼してきたということは、ある程度勘づいているのだろうさ。折を見て、君から話してあげてほしい」
「……そう、ですね」
ティアロラを悲しませたくないと思って黙っていたが、バレていたのだろうか。まあ、同じ聖女であるヴェスティがすぐにわかったのだから、不思議ではないか。
「さて、長々と話してしまったが診察を始めよう。結論は変わらないと思うが、何かわかることがあるかもしれないからね」
「……お願いします」
ヴェスティが立ち上がり、こちらをじっと見つめる。
「願わくば、君には生きるために足掻いてほしいと思っているよ。……ティアロラのためにもね」
……
「ど、どうでしたか……!?」
診察が終わり、部屋を出るとティアロラが駆け寄ってきた。結構時間が経っていたと思うのだが、ずっと待っていてくれたのだろうか。なんだか申し訳ないな。
「……診察は終わったよ。詳細な結果については明日報告してくれるって」
「そうなんですね……。なにかわかるといいんですが……」
ティアロラは不安そうにしている。
やっぱり、自分の口でちゃんと説明しなきゃいけないな。諭してくれたヴェスティには感謝だ。
「……ティアロラ、少し話があるんだけど時間はあるかな?」
「え、もちろんありますけど……。どうかしましたか?」
急なお願いにティアロラが首を傾げている。
なんだか気が重いけど、ここまできたら話さないとな。とはいえ、こんな人目につくところで話す内容でもないし、場所は移したいところだ。
「……大事な話だから、できれば二人になれる場所がいいんだけど、どこかあるかな」
「それなら、私の部屋に……」
そう言ったところで、ティアロラが固まった。
「……ティアロラ?」
「い、いえ、なんでもありません。どうぞこちらです」
なんだか様子がおかしかったが、どうしたんだろうか。どことなくぎこちない動きのティアロラについて歩いていくと、ほどなくして目的の部屋についた。
「ど、どうぞ。あの、ここにはほとんど住んでないので、なにもありませんが……」
「……お邪魔します」
部屋に入ると、生活感は確かになかった。
だけど、綺麗に整頓されていて落ち着いた雰囲気があるので、とてもいい部屋だと思う。
窓際にテーブルと椅子があったのでそこに座り、ティアロラと向かい合う。さて、なにから話したものか……。
「ええと、サリファ。それで、話というのは……」
ティアロラがチラチラとこちらの様子を伺っている。長引かせても不安がらせるだけにしかならないな。よし、もう単刀直入に言ってしまおう。
「……実は」
ああ、緊張するな。
目の前のティアロラも緊張しているように見える。
「……僕の寿命は、あと五年しかないんだ」
言ってしまった。
もう後戻りはできない。
「それは……」
ティアロラは何かを言いかけて、俯いてしまう。突然こんなことを言われて、困惑してしまったのだろう。
しばらく待っていると、ティアロラが顔を上げてこちらを見た。その表情は真剣そのものだ。
「サリファ、実はあなたとゼブラスの会話を偶然聞いてしまっていたんです。だから、そのことについては知っていました。黙っていてすみません」
あれ? そうだったのか。
何か勘づいているどころか全部知られていたとは。なんだか力が抜けてしまったな。
「……そうだったんだね。僕の方こそ、伝えるのが遅くなってごめんね」
「いいんです。私を気遣ってくれたんでしょう? 話を聞いてしまった時は確かに悲しかったですし、目の前が真っ暗になりましたし、気が動転して食事も喉を通りませんでしたが……」
ティアロラが立ち上がり、こちらに身を乗り出した。
「私、決めたんです」
綺麗な瞳が、僕を真っ直ぐに見つめる。
「絶対に、サリファを死なせたりしないって」
ティアロラの宣言に目を瞠る。
その気持ちは素直に嬉しい。だけど、ヴェスティの診断結果では治療は不可能だった。当代随一とされる治療師で無理ならば、どうにかなる見込みはないだろう。このことも、ちゃんと伝えないと。
「……ありがとう、ティアロラ。その気持ちは本当に嬉しいよ。……だけど、ヴェスティには治療が不可能だと言われてしまったんだ」
「そう、ですか……」
ティアロラは気落ちした様子だ。
しかし、すぐに顔を上げてこちらを見た。
「ならば、別の方法を探します。もう、諦めないと誓ったんです」
なんて、力強い瞳だろう。
「私は、サリファに生きてほしい。そのために、最善を尽くします」
ティアロラが、僕の手を握る。
「これは、私の我儘です。サリファは、こんなこと望んでいないのかもしれません。でも、生きてほしいんです。生きたいと、思ってほしいんです……!!」
その声は、震えていた。
きっと、僕の心も震えている。
「それが、私の願いです」
僕が生きることを、大好きなティアロラがこんなにも強く望んでくれている。ああ、僕はなんて幸せ者なんだ。
「……ありがとう、ティアロラ」
ここまで言われて、彼女の願いを叶えてあげないなんてありえない。そんなの、僕じゃない。
「……僕も、精一杯足掻いてみるよ」
「ありがとう……!!サリファ……!!」
とても綺麗に、ティアロラが笑う。
その笑顔を、もっと見ていたいと思った。
なんだか気力が湧いてきたな。
せっかくだから、全力で運命とやらに抗ってみよう。
僕が生き延びる方法を見つけ出す。
方針は決まった。
……まあ、主人公たちが最優先なのは変わらないけれど。




