第9話 仕事中毒
「おかえりなさいませ、お嬢様」
屋敷に戻った私をいつもの笑顔で迎え入れてくれたエリーに、羽織っていた上着を手渡す。
最終的にアリスとケインの二人から了承を貰えて、契約も交わした。これで不備がなければ、商会が立ち上げられる。
「ルイスも、まだ呆けてるの?」
最後にアリスにぶっちゃけた本音、それを聞いたルイスの衝撃はかなりのものだったらしい。屋敷に戻るまでの間に整理がつくかと思っていたけれど、まだ言葉が出ないようだ。
「あ、の! 差し出がましいようですが」
「あそこで言ったのは本音よ」
なんとか絞り出した言葉にかぶせてしまえば、また口を噤む。そんなルイスが素直で可愛く思える。
「お嬢様、何を話したのですか」
「別に。本当は仕事しないで過ごしたいな、なんて話を少しだけよ」
そんな本音、別に珍しいものじゃないと思っている。誰だって、仕事なんかしないで楽しく幸せに暮らせるのなら、それに越したことはない。
「なるほど、またそんな戯言をおっしゃっていたのですね」
「戯言って、ちょっとエリーひどくない?」
それでルイスがこんな阿保面に、と納得するエリーには悪いけど、別におかしなことは言ってないじゃない?
「お嬢様が仕事をしたくないだなんて、王国民誰も信じませんから」
したり顔で言い放つエリー。誰よ私のことを仕事中毒だなんて言うのは。
玄関口から応接室へ移動しながら、エリーは続ける。
「確かに、一般的な貴族令嬢の仕事とされる社交や刺繍といった物は、お嬢様は好みませんよね」
「ええ、そうね」
エリーの言葉に頷けば、ルイスもああそういえば、と言葉をつづける。
「確かに、そういった部屋で完結することはまだされておりませんね」
「ええ。手紙だっていらないぐらいよ」
「でも、お嬢様は領地経営や商いが好きですから」
ぐ、と言葉に詰まる。けれど、それは王国では男性の仕事と言われ、女性である私が口出しをしていいものではない。
「お嬢様の才覚も、王国では一目置かれておりましたからね。王国の領土を、いくら高位貴族の令嬢だからっておもちゃ代わりに与えられる訳がないでしょう」
「なるほど、あの少年が言っていた道楽ってのも、あながち間違いではないのか」
「ちょっと、人聞き悪いんだけど」
じろり、とルイスを睨みながらソファに腰掛ければ、おお怖い、と言いながら彼は向かいの席へ腰を下ろした。エリーがお茶の準備をする間、食器が立てるカチャリという音が部屋に広がる。
「道楽なんかじゃないわよ」
ぽつり、とつぶやいたその言葉も、妙に部屋の中に響いた気がした。
「ええ、お嬢様はやるからには本気で取り組みますから、道楽なんて言われたら良い気もしないでしょう」
「連日足を棒にしてまで露店を歩き回って、自分で孤児院まで行って、契約までしてきて。本気の仕事だと思いますよ、自分も」
なんだか二人の視線が生ぬるい。何よ。
「なんでもございませんよ、お嬢様。ただ、お嬢様は心底仕事がお好きなんだなあと」
「だからエリー、私は仕事したいんじゃないって」
「はいはい、わかりましたから」
お茶をどうぞ、とティーカップを渡され、文句をそのお茶と一緒に飲み込む。目の前のルイスがうんうんなるほど、と頷いているのも気に食わない。
「ローズマリー様にとって、領地経営も商会についてもライフワークなんでしょうね。だから道楽でも仕事でもない、と」
「よくお分かりになりましたね、ルイス様」
そうなんですお嬢様は素直じゃないんです、と続けるエリーの言葉はもう聞かないことにした。
今日の成果は上々。それは確かだけれど、これからのことを考えれば、まだまだやれることは大量にある。商材の宣伝に、税についてもそうだ。それになにより。
「未来に向けて、忙しくなるわよ」
ティーカップの中身を飲み干してそう呟けば、二人も笑顔で頷いた。
二章は年明けから投稿します。




