第8話 理由
アリスが承諾してからの話はトントン拍子に進んだ。
うまく行けばいいな、と希望を込めて作っておいた契約書も取り出せば、そのメリットの大きさにアリスも目を丸くするのがわかった。
「ふふ、いい条件でしょう?」
「何でこんな」
良すぎる条件に困惑するアリスの様子に、ケインはまた私の方を睨みつけてくる。ほんと、番犬だわこの子。
「私は、この領地を拠点としてくれる商会が欲しいだけなのよ。だから、本部をこの領都に置くこと。それだけが条件で、後は権利も利益もいらないわ」
結局、商会の売り上げが増えればそれだけ税収も増える。人も物流も増えるし、それで更に税収が増える。
収入さえあれば、領地としての運営ができるから、それ以上は私がもらい過ぎになってしまう。
その真意を説明すれば、アリスもケインもそれなら、と一旦納得を見せてくれた。
「では、オーナーとしてではなく、後見人としてはいかがでしょうか」
「後見人?」
アリスの提案に、言葉を繰り返してしまう。
「はい、後見人です。
私もケインもまだ14歳で、商人としての信用も、そもそと大人としての信頼もありません。だから、今すぐ商会を立ち上げた所で、今と何もかわりません。
でも、領主夫人が後見人として私達孤児院を保護する立場となって頂ければ、それだけでも同じことかと」
「それは駄目ね」
アリスの提案は、確かに通常なら問題ないのだろうけれども。
「駄目な理由はいくつかあるわ。まず1つ目だけど、そもそもここの孤児院は完全に男爵の手を離れたわけじゃないのよ。それなのに私が後見人になろうとすると、かなり時間がかかるわ」
王国からの私の悪評も、帝国で商売をするにあたって影響がないとは言い切れない。それに、孤児だから庇護を受けたのだと無駄なやっかみを買う可能性もある。
「それと、あなた達に言うのは酷かもしれないけど、私は孤児院全員に対して責任は取れないわ」
孤児院主体の商会の後見人になると言うことは、孤児院にいる子供全員に対して責任を負うということ。教育や作法に始まり、生活だけでなく仕事を始めてからも、成人するまでずっと続く。
けれども、この領地で孤児院の教育や、子供達の作法にまで責任を負うには、今はまだ時間が足りなさすぎる。
「アリスとケイン、二人だけの後見人ならできるわ。けど、もっと幼い子供達まで責任は取れない」
それは養育者としての責任だ。何かトラブルが起きた時、守り切れる程の責任は持てない。
「子供達の責任は、あなた達二人が取るのでしょう? 作法も、教育も」
「当たり前だろ」
ぶっきらぼうに言うケインは、責任の重さを知っている。露店で、見習いが店主に庇護され教育される様を見ているだろうから。
「……わかりました。それで、名ばかりオーナーとなる訳ですね」
まだ割り切りきれていなさそうながらも、アリスは意見を飲み込んだように見えた。
「ええ。利益がオーナーへ来ないのは外から見たら勘ぐられるから、一旦ロゼが預かる。ロゼはそのまま全額を孤児院へ寄付すると、別途こちらの契約書があるわ」
サイン済みの契約書を指差せば、アリスは頭をふった。
「でも、これではあなたの利益が少なすぎます」
なるほど。アリスの目を見て、頑なな理由を推測する。
この子たちは孤児だから、大人の庇護を受けていない。だから、騙されることもままあるでしょうし、そんな大人だって見てきたんでしょうね。そんな所に、うまい話が転がってきたら、そりゃあ鵜呑みにする前に疑心暗鬼になる、か。
仕方ない。本音はルイスの前だから極力話したくなかったけど、それが一番手っ取り早そうだ。
「私ね、あんまり仕事はしたくないのよ」
「は、い?」
「王国ではこの見た目で貶められて、身分ばっかり立派で、中身がないなんて言われたからそりゃあ無理してでも仕事したわよ? それでも女だからってだけで見下されて、苛ついたったらありゃしない。けど、帝国はそんな偏見もないのはこの数日でわかったし、それなら子供の頃からずっと仕事しかしてなかったんだし、少しぐらいのんびりしたくなってもいいじゃない?」
それなのにこの領地ではそんなに簡単に楽はさせてくれないらしい。なら、私の代わりに働いてくれる商会があれば、勝手に領地は潤うし私は仕事しなくてものんびりと領主代行としていられる。
そこまで一息に続けてアリスを見れば、ぽかんと呆けた顔。きっと斜め後ろに立つルイスも、似たような顔をしてるのだろう。ま、いっか。
「だから、そのための商会が手に入るってだけで、私にとって最高の利益なのよ。わかった?」
勢いのままアリスに問いかければ、彼女はこくり、と頷くばかりだった。




