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黒薔薇姫は今日も怠けたい  作者: 由岐
商会を立ち上げます
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第6話 市場の石鹸

「三つ目の質問です」

改めてこちらを見たアリスの表情は読めない。

「この孤児院の持ち主、アレファニル男爵はどうされましたか」

この土地と建物の所有者について、聞かれるとは思っていなかった。

「アレファニル男爵は、この孤児院を買い取って数人の子供達を従僕として引き取っていきました。その後も何度か援助は頂いていましたし、なにより私たちは全員()()()()()()です」

持ち物、とアリスが言った時、ケインの顔が曇った。そうだ。土地も建物もすべてが所有者の物なら、その時にいた孤児だって全員その()()()()()だ。けれど、人を物扱いするのは釈然としない。

「アレファニル男爵は、破産した。ここと同じような土地を沢山買い取って、管理しきれなかったんだろうな」

ずっと黙っていたルイスが口を開く。一年前、破産した男爵家の処理に奔走した結果、杜撰すぎる管理に辟易した役人も多かったと聞いた。

「確かに慈善事業だったのでしょう。人柄は悪くなかったそうですから。けれど、自分の気に入った見目麗しい子供を従僕として引き抜いて、その後は気が向いた時に資金援助をする程度。それで管理とは言えません」

ルイスが話す。アリスとケインの前だからか、声を極力抑えているのがわかる。彼らに言う必要のないことは言わず、端的に質問にだけ答える。

「だから、今この土地はアレファニル男爵の物ではないし、あなた達も自由の身なのよ」

「そう、男爵が」

アリスのつぶやきにどんな感情が乗っているのか、私にはわからない。彼らの未来は守られること、国が救い出そうとしていること。それだけ伝わればいい。

「…………」

うつむいた彼女に寄り添うケインが口を開きかけて、止めたのだけが見えた。


沈黙が場を支配して、それほど時間の経過はなかったと思う。

すみません、と言うアリスの小さな声に、大丈夫と伝わるように笑みを浮かべる。

「商会について、もう少し質問を良いですか」

もちろん、と頷けば、アリスはやっと顔を上げてくれた。

「商品の作成と販売については私たち孤児院で続けるのだと思っています。私たちは計算も読み書きもできるから、商人として自立することは不可能ではないです。でも、一緒に商会を立ち上げればそれは『ロゼさんの商会』になります。これで、私たちにとっての利点って何でしょうか」

そう、問いかけるアリスの眼は知的な光をたたえていた。それとともに、ケインとは違う種類の猜疑心を感じる。

ケインは単純な貴族に対する嫌悪感。けれど、アリスは同等の商人としての警戒心だ。

「作成と販売は確かにあなた達がすることになるわ。ただ、流通に乗せるに足りない部分を手助けさせて」

「あなたの伝手で、私たちの商品が売れる、ということですか」

私の身分は明かしたから、上流階級に売れるほどの商品なのかと聞かれているのだと理解する。それはもちろん、自信をもって頷いた。

「私たち貴族にだって売れるわ。付加価値をつければもっとね。だけど、そこだけじゃないと思うの」

「どういうことだよ」

未だに不機嫌さを隠さないケインが、それでも問いかけてくる。一つでも矛盾があれば、きっと彼はこの話を切り捨てそうだ。

「価格に対して、この石鹸はとても良いと思うわ。あなたたち、他の露店で売ってる石鹸を使ったことはある?」

逆に聞いてみれば、二人とも首を横に振る。そうだろうと思ったわ。ルイスに視線をやれば、彼は荷物から薄茶色の塊を取り出して見せた。

「うわ何それくっさ」

獣臭いその塊を近づけられて、ケインが思い切り顔をそむける。アリスも顔をしかめるけれど、うんその気持ちもわかるわー。

「これが今、他の露店で売られている石鹸よ」

そう伝えれば、嘘だろ、と言わんばかりに私の顔とその石鹸を何度も見返すケインに笑いそうになる。この素直さは彼の取柄なのだろう。

「これ、余計に汚れそう」

「これじゃあうちのチビ達が作った方が良いじゃんか」

「そうそう、そうなのよ。汚れは落ちないし、獣臭いし、ついでにあんまり泡立たないの。ついでに、あなた達の石鹸より高いのよ、これ」

「はぁ?」

嘘だろ、信じられないとわめくケインを横目に、アリスに問いかける。

「この大きさの石鹸だと、あなた達の所でつくるといくらで売るのかしら」

「え、と……銅貨8枚、ぐらいですね」

「この塊で銀貨3枚だ」

その価格差に、アリスも息をのむのがわかる。

銅貨10枚と銀貨1枚が同価値だから、4倍近い価格差がある。

「今はあなた達の石鹸より質も悪くて、4倍も高い物が流通しているのよ。それは、あなた達の石鹸を知られていないから。それをみんなに宣伝するのが私の仕事」

どう? と聞けば、アリスは目を輝かせた。

「安くて良いものの方が売れる」

ええそうよ、と頷けば、アリスは両手を胸元に併せた。その表情は期待に満ちた様子で、まずは段階を一つ越えたと感じる。

「他にも、物を売るのに必要な要素ってたくさんあるわ。その辺りを、私の知識で補うことができると思っているわ」

「私たちの利点はわかりました。では、最後の質問です。ロゼさんにとっての利点って、何ですか」

アリスの言葉に、私は口元の笑みを抑えることに集中した。

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