第3話 露店
「さて、じゃあ問題点を整理しましょうか」
エリーが頑張って片づけてくれた執務室に紙を広げて、私はエリーに話しかけた。
「まずは屋敷の問題。これはエリーにもわかると思うけれど、人員不足ね」
そう。屋敷自体は大きいのに、管理する人間が少なすぎる。女主人として私、侍女としてエリー、後はルイス。三人。以上。
「差し当たって必要なのは庭師、料理人、家政婦かしら」
少なくともあと三人。エリーが今は家政婦として働いてくれているけれど、領主の館に侍女が一人もいないのも問題だ。
「で、新しく人を雇う為にも、収入を増やさないと駄目ね」
この領地の収支を確認した訳だけど、そこも問題だったわ。収入は辛うじてある。それだって帝都までの旅費を考えれば、一年に一度の片道切符ね。まあ支出の方が多ければ破綻していたから、そこは不幸中の幸いだろうけど。
収入の半分近くが先々代の私財だというのもいただけない。ああもちろん、帝都までの旅費にこれは加えないわ。というか、先々代への借金扱いになってしまうから、これに関しては絶対手をつけてはいけない。
「で、領地運営についてだけれど。こっちも酷かったわ」
「お嬢様から聞いて、私もとても驚きましたとも」
そう。町娘の姿で出歩いても、全く民の声は聞けなかった。露天商を冷やかしながら店主と会話していると、どいつもこいつも流れの行商人のような人ばかり。この地に根差した人が居なすぎて、あきれたわ。
領民はどこに住んでいるのかと聞けば、領都へ住むのはわずかな飲食店や雑貨屋、後は昔から住み続けている一部の年配層がほとんどで、若い人ほど領都ではなく、別の領地の町に行ってしまうとのこと。
「このままじゃあ領都に住む人間がいなくなるわ。とにかく店がないから領地として循環しないのです。ルイス、ここは悪いけど領都じゃないわ。ただの大きな村よ」
「そこまで酷いですか」
ルイスが乾いた笑いを浮かべる。農村だってたまに来る行商人達が物を売って、代わりに村の特産物を買って、それで成り立つ訳で。そこに店はなくても成立する。小さな所だとそもそも貨幣制度も成り立たないようだから、そこまではひどくないけれども、少し大きな村、ってところじゃないかしら。建物の立派さはともかく、この領都の状況は辺境の農村と変わらない。
「この馬鹿でかいだけの村をちゃんと領都にしないといけないのは、骨が折れるわよ」
「とか言いながら、お嬢様楽しそうですね」
くすり、と笑うエリーに、あら、と口元を抑える。笑みこそ出ていなかったけれど、付き合いの長いエリーにはバレるわよね。だって、旦那様からお手紙が届いたもの。
「私の思う通りにしていいって、領主代行として旦那様から認めて頂いたからかしら。腕が鳴るわね」
王国時代の荒れた農村より打てる手が多い。私は領地周辺の資料を取り出した。
「まずは行商人の免税。店舗として貸す土地は数年は安くして、店舗の誘致ね。それから、税制を見直して屋敷の求人も、か」
「ローズマリー嬢、一つ良いでしょうか」
やらなければいけない施策を考えていると、ルイスが言いづらそうに声をかけてきた。そうだわ、彼にも手伝って貰わないとだ。
「今おっしゃった施策ですが、全て資金が必要ですよね」
どこから出すのですか、と聞かれ、気付いた。
「そうよそもそも資金がないんじゃない!」
収入を増やすために商人を呼びたい。呼ぶための資金がない。嫌ないたちごっこだ。
「なら、持ってきた装飾品を売って」
「お嬢様、それでは私財を収入に入れた先々代と一緒です」
エリーの言葉にうっ、と詰まる。それは最悪の禁じ手だ。
ルイスが言い出したのだから一緒に相談すればいい。けれど、資金について触れた彼はかなり言いづらそうだったから、妙案があるとも思えない。
他の貴族に融資してもらうことも考えたけれど、監視領土だと言われたら立て直せずに崩れることも考えるだろう。返す宛のない融資など、誰がするだろうか。少なくとも私なら融資できない。
八方塞がりのように感じて、私は頭を抱えた。
できることが少ないながらも、領都へは毎日降りていた。慣れてくると、ルイスのぎこちなさもなくなってきて、より領民へ擬態できた気がする。
うん、それだけじゃ駄目なのはわかってる。けれど、商人を口説き落としてまず一つでも商会を開かないことにはどうしようもない。
私が取った策は、お金じゃなくて情熱で説得する、だった。
だって、元手が何もなければ、後は精神論しかないじゃない。
そうして、めぼしい商人を探しに数日続けて領都へ降りていると、一人の少年を見かけた。
「あら、ケイン。今日もお店を出しているのね」
この数日、毎日のように露天商をしている彼はケイン。年齢も離れていなそうで、いかにも駆け出しの商人、と言ったところか。
精神論じゃあ老獪な行商人達は動かない。けれど、彼のような駆け出しならあるいは。
そんな下心もあったけれど、毎日お店を出す彼の商品はいつも同じで、商会としては悪くない。商会は、常に一定の品質の同じような商品を多数抱えているのが強みだ。
「今日も石鹸と香り袋、それと素材の袋売りね」
「どうせ変わり映えしねぇよ。ロゼ、どうせ冷やかしだろ」
石鹸を売る彼の見た目は砂埃で汚れていて、あまり説得力がない。けれど、これで品質が良ければあるいは。
「そうねえ。あなたは暇そうだけれど、私は忙しいから、今日は付き合えないお詫びに石鹸を一つ買ってあげるわ」
「お、珍しい。買うなら客だからな。付き合ってやるよ」
軽口を叩きながら石鹸を一つ買う。
受け取った石鹸は屋敷でまず確認しよう。
その他、顔見知りとなった数人の露店にも声をかけていく。やはりこの土地は資源が豊富で、近くの農村からも薬草を売りに来たり、商業活動は活発なように感じる。
「ねえ、おじさん。このお店っていつ出してるの?」
「なんだ、ロゼまた来たのか。うちは一日働いて二日休むんだよ。今日店出したから、明日と明後日は休みだな」
顔見知りの男にそう問いかければ、がははと豪快な回答が返ってくる。
「お休みの方が多いじゃない。その間何してるの?」
「そりゃあ、明日は魔獣討伐だな。肉を買ってくるより労力はかかるが、安くて旨い肉が手に入るならやってやらぁ」
魔獣討伐。物騒にも聞こえるが、単純な狩猟とあまり危険度は変わらない。動物を狩り、必要な部位に解体していく作業だ。確かに、血抜きや解体後の匂い等を考えたら二日は必要かもしれない。
「解体って、専門の人がいたりはしないの?」
祖国でも、野生動物の解体は専門の業者がいた。彼らは商業組合2属していたから、価格も低く抑えられたと聞いている。
問いかけには、男は眉間に皺を寄せて見せた。
「いやあ、この辺の解体屋は駄目だな。魔獣は匂いが酷いから、少し離れた土地でしかできない。受け取りは週に一度しかこないから、鮮度も落ちるし何より近付きたくねぇな」
「野生動物より臭うものなのかしら?」
「草しか食わねえならいいが、やつらは雑食だからな。肉を食う奴はやっぱ臭う」
肉質も毛皮も、爪や牙、血でさえ使うこともある魔獣は、やはりその利点と引き換えに欠点もあるそうだ。
「臭いさえ何とかなれば、解体屋にお願いすることもあるのかな?」
「あー、いや、引き取りが週に一度、受け渡しはその次の週なんだ。鮮度が落ちすぎて使い物になんねぇよ」
毛皮や牙なんかは確かに関係なくても、肉や血は最長で2週間もかかるのなら、確かにあまり活用はできなさそうだ。
ふむ、と私が頭の中で考えている間に、男は別の客へ声をかける。
「おっと、失礼」
赤茶色のフードを被ったその客に軽くぶつかり、彼の方から謝罪された。
「こちらこそ失礼しました。じゃあ、おじさん、また今度来るわね」
ぺこり、と軽く頭を下げて店から離れると、ルイスが怪訝な顔をして待っていた。
「ロゼ、どうしたんだ?」
「ちょっと、ルイに案内して欲しいかも」
詳しくは屋敷で、とだけ口にして、露店に背を向けた。




