第1話 オーブリの実
商会を立ち上げるための人員も揃い、書類も手続きは済んだ。
本部の所在地は少し悩んで、孤児院そのものを本部としたわ。基本的に住み込みで、製造や書類作業を行うのが本部で、販売は別の場所の店舗なのはよくあることよ。もちろん、本部機能を持つ店舗を構えることも多いけれど、今はあの孤児院を店舗にするには、いろいろと準備が足りないわ。
「製造場所としては立地は最高なんだけどね」
「確かに、あの場所だとなかなか訪れるには難しいですね」
領都の地図とにらめっこしながらため息をつけば、エリーが苦笑しながら同意してくれた。
帝都で残りの手続きを進めてもらっている間にも、こちらでもやることはたくさんあるの。その一環として地図を見ていたけれど、ちょっと頭が痛くなるわね、これ。
「そもそも、良い立地の場所が露店なのよね。いっそ露店に屋根でもつけてみる?」
店舗として構えるための建物がないのだ。露店だと悪天候の時に店を出せないから、できれば屋根と壁は欲しい。けれども、ほとんどが行商人ばかりで、時たま旅人が魔獣討伐で路銀を稼ぐ程度の都は、大通り沿いの露店で人通りが良い部分を占拠されている。
領主代行の権限でその場所を取り上げたところで、新しく建物を建てる資金も乏しい現状では反感を買うだけの悪手になるし、悩ましい。
「せめて、天気が悪くても店を出せればいいんだけど」
幸か不幸か、私がこの領地にやってきてからは天気が悪くなったことはまだない。とはいえ、人が住むこの土地に雨が一切降らないということもないと思う。土地は瘦せてるけれど、乾いている訳ではないもの。
「そういえば、まだ雨に降られたことはなかったですね」
「そうなのよ。今が極端に雨が少ない時期なのかしら?」
何度見返しても変化のない地図に諦め、エリーが入れてくれたお茶に手をつける。
「らちが明かないから、ちょっとケインに聞きに行くわ。ルイス、支度はできてるかしら」
この土地出身でない二人で頭を突き合わせても生産性はないわね。仕事らしい仕事もほとんどない領主代行としては、身軽に現地に確認に行けるのが強みだわ。護衛を兼ねているルイスに声をかけると、立ち上がって上着を手に取った。
屋敷の部屋は、さすがに辺境伯の本宅なだけあって数だけはたっぷりある。今屋敷に住んでいるのは私の他に護衛としてルイス、侍女のエリーの三人だけだから、手付かずの部屋もたくさんあるけれど。それでも、エリーが少しずつ手を広げてくれているので使える状態の部屋も増えてきていた。
「アリスとケインは孤児院から離れないでしょうけど、近い年齢の子がいれば見習いとして雇ってもいいわね」
商会の管理運営の修行と、読み書き教養を教える。衣食住と引き換えに、少しだけ侍女や従者として屋敷の管理も手伝ってもらえないかしら。本人が希望したらの話だけどね。
「いやあ、それはどうでしょうね」
契約を結んでから数日の間に、ルイスは毎日孤児院の様子を見てもらっていた。今では契約の場にいた二人以外にも懐かれているようで、私より孤児院には詳しい。
「希望はしなさそう、ってこと?」
「それは実情を見てもらった方がわかるかと思いますよ」
含みのある言い方に、けれども棘は感じない。釈然としないながらも、たどり着いた孤児院の扉を開けた。
「アリス、ケイン。いるかしら?」
「はい、今行きます」
パタパタと軽快な足音と共に、アリスが顔を出した。髪をひとまとめにして、エプロンまでつけている。
「あら、取込み中だったかしら?」
「あ、ロゼさんでしたか。いえいえ大丈夫です」
アリスの足元には数人、小さな子が一緒についてきている。背中にはおんぶされた子もいるわね。なんだろう、子供にまとわりつかれているのは一見幸せそうなのに、やたらと所帯じみて見える。
「今ちょうど石鹸づくりの準備をしていまして。子供たちも手伝ってくれていたんです」
「あら、石鹸づくり?」
契約してからの数日は、準備期間として露店も開いていなかった。商品としての石鹸が少なくなってきたこともあり、タイミングとしてはちょうどよかったみたい。
「そういえば、材料は何となくわかるけど、どうやって作るの?」
「じゃあロゼさん、お手伝いしていただけますか?」
どうせ見るならタダじゃない、ということね。アリスのしたたかさが好きよ。
私はにっこり笑ってうなずいた。
石鹸を作るには、とにかく時間がかかる。
材料は大量の油と灰、それから水。油はこの土地では獣油が多く流通しているけれど、魔獣の物も混ざると酷く臭う。粗悪な物だと料理には使えないから、皮のなめしに使ったりするのは聞いたことがあるわ。
けれど、アリスが案内してくれた作業場は、爽やかな緑の匂いしかしなかった。
「今日は油を作ってるんです。オーブリが沢山取れたから、余ったら料理にも使えるし」
オーブリの実と聞いて納得した。本で見た程度の知識だけど、確か油も取れる、生育の早い小ぶりな木から取れる木の実で。料理に、オーブリの実を刻んだ物を入れたりすることもあるわね。
「近くに木があるの?」
「ええ。種が邪魔になるので、植えてみると何本かは成長してくれるので」
なるほど。自分たちで野菜を育てるのと同じ感覚ね。少し長期戦にはなるけど、一本の木からできる種は大量だから、少しずつ増えるから悪くないわ。
「小さい子が木の実をたくさん拾ってくれるから、それを洗ってつぶすと油がとれるんです。石鹸にも、この油を使うんですよ」
動物から取れる油よりもさらっとしていて、匂いもないから子供たちもこの方がご飯しっかり食べられるんです、という言葉に、そういえばアリスもケインも、他の子どもたちも痩せすぎていないことに気付く。資金援助がない中で、大人がいない中で子供だけで過ごすために必要な工夫だったのだと理解した。




