領主殿へ 商会の立ち上げについて
一章振り返り
ロゼは出てきません
部屋へ入り、首元のボタンを緩めると同時にふう、と息を吐く。張り付けた仮面のような笑顔のせいで、頬が痛くなる。
何となく、むにっと自分の顔を触りながら木造りの椅子に腰掛けた。ソファはそのまま微睡みへ誘うから駄目だ。
「レセンバーグ伯、お手紙です」
コンコン、とドアのノック音と共に、慣れ親しんだ従者の声がする。こんな時間に持ってくる手紙はどうせ社交界の誘いとか、そんな後回しで良いものだけだ。
「どうぞ。誰からですか」
皇子派閥の自分を取り込みたいどこかの貴族だろうと思いながら聞けば、従者はにやりと笑う。
「ローズマリー侯爵令嬢から」
「っ何で早く言わないんですか!」
思わず手紙を奪い取ってしまえば、従者はクスクス笑いながらからかうように言う。
「だっていつもの定期報告でしょう。別に愛しい婚約者からの恋文でもあるまいし」
「定期報告だろうが、婚約者からの手紙は大事なんです」
王国に視察に行った時に、その美しさと手腕に同時に惚れ込んだ。そんな彼女が婚約者となり、あの領地を代行管理してくれるなんて夢のようだ。
「私は手紙を読んでから休みますから、レン、あなたももう戻りなさい」
馴染みの従者に、犬を追い払うように片手を振れば苦笑しながら彼はドアを閉めた。
らしくないのはわかっていながらも、伯爵は手紙の封を切った。
「拝啓、婚約者殿
隣国より参りまして、早いもので一月が経過致しました。慌ただしくも有意義な日々を過ごしております。
婚約者殿に置かれましては、未だそのご活躍の報については小鳥の噂にも乗らず、そのお姿も拝見できずに寂しく思います。
さて、本題ですが、この度商会を設立する運びとなりましたことをご報告致します。
元々露店におりました、孤児院を主体とした物となります。彼らは聡明で、勤勉ですので、今後の領地発展の為にも力を貸していただければ、と、打診をさせて頂いておりましたが、ようやく色良い返事を頂けました。
設立に関しましては、書面を同封させて頂きました。不備不足がございましたら即刻用意させて頂きますので、お忙しい所大変お手数をおかけ致しますが、ご査収の程よろしくお願い致します。
尚、取り扱う商材につきましては自然由来の衛生用品を始めとした日用品となりますが、母体が孤児院と言うこともございますので、領地か内部で商いは完結するように努めさせて頂きます。
お手を煩わせることとなってしまいまして大変心苦しく思います。冬将軍の訪れも間もなくとなりますので、どうかご自愛頂けますと幸いです。
草々」
義務的な手紙は便箋一枚に収まって、封筒の中には事業計画書と設立手続きの申請書があった。
滅多に来ない婚約者からの手紙としては、愛想も何もあったもんじゃない。けれども、この距離感を感じさせながらも礼儀正しい書面で送られたこの手紙には、彼女の本音もほんの少しだけ垣間見えた。
何より、領地から出ないから帝都の反発はこちらで何とかしろ、と貴族的に書かれているのが良い。彼女のその気の強さは、確かに王国では嫌厭されるだろうけれど、自分にとっては大変好ましい。
中々領地には行けないからこそ、こうして頼られるのも嬉しい。
僅かに口元を緩ませながら、伯爵はペンを取った。
年内更新最後です。
皆様良いお年を。




