人口減少と星間戦争
日本では高齢化が極まり、人口の減少傾向が止まらなくなって久しい。少子化はなにも日本だけの問題ではなく、欧州の先進国でも同様である。出生率が 2.0 を下回ると人口が減少する。日本では 1.3 を切っている。東京都では 0.99 と 1.0 を割っている状態だ。子を産む、子を産まない、という女性の問題もさながら、生涯独身として過ごす男性や女性も増えていることが少子化に拍車をかけている。結婚するしない、子を育てない、という選択肢が増えたことも要因のひとつと云えよう。強いて言えば、人類全体の問題である。ヒトという生物が、滅びの道を選んだのかもしれず、そもそも滅亡の道を歩むことそのものが、生物としての進化を意味するのかもしれない。
しかし、人口が減少すれば、ヒトとヒトとの距離が遠くなる。都会のようにひしめきあって「密です」と暮らすこともない。マスクをするのもそう遠い昔となるであろう。人口減少であっても、ひとつのムラに集中的に集まるということもある。しかし、ロボットの発達した今となっては、ヒトが集中的に都市部に集まる必要もなくなった。インターネットがさらに広く強化され、ヒトとヒトの会話もモニタ越しでも十分リアルにできるようになる。VR という技術もある。その場にいるような錯覚と、実際にその場にいるのと何が違いがあろうか。いや、大きな違いがある。相手が銃を持ち出したら、回線を切ればよい。それだけで、ヒトとヒトはしあわせに距離を保ちつつ過ごせるのであった。
ヒトとヒトとの距離は、男女の距離よりも広くなってしまった。点在するヒトは、島のように大陸上にぽつんぽつんといるに過ぎない。ちょとした電灯が田舎に光っているような暗闇の世界を想像するかもしれないが、ひとりのヒトが、ひとつの都市をまるごと所有し、電力をふんだんに使ってロボと電球をつけている。煌々と光る世界は、かつてのひしめき合った大都市と同じように見える。少なくも、軌道上に(これも、いくつかの ISS に点在しているのだが)いるヒトから見れば、以前の地球と変わりなく夜はところどころ輝いている。むしろ、砂漠のど真ん中にも点在する都市(とはいえ、ひとりしか住んでいないのだが)があることを思えば、以前よりも地球全体が発展しているようにも見える。
ヒトとヒトとの距離が離れてしまったので、争いが皆無になったと思うだろうがそうでもない。VR 技術発達と高速回線により、あたかも目の間にヒトがいるように集うことも可能であった。そこで、先に話したごとく、たまに銃を持ち出すヒトがいた。ただし、VR だから、皆が一斉に回線を切り、人死にはなくなった。
争いを好まないのだから、ヒトはヒトに会わなければよいという考えもあったが、そうもいかなかった。生物としての本能だろうか、それとも神の導きなのかはわからないが、ヒトは永遠に孤独でいることはできず、なにかと集うことが多かった。そこで、争い、銃を出すことが繰り返された。
あるとき、あるヒトが、ミサイルを持ち出してヒトのいる都市を攻撃しようとした。ひとりの都市にひとりしか住んでいないので、よほどピンポイントにヒトを居場所を狙わないといけないのだが、ミサイルは正確にヒトのいる都市を狙い撃ちした。実に、美しいネオンが残った都市の真ん中に、ちょっとだけの黒いしみができて、ひとりのヒトは死んだ。
そこで、ヒトはさらに距離を置くようになった。地球にひとり。火星にひとり、月にひとり、金星にひとり、と散らばった。木星へ、土星へ、と更にヒトとヒトとの距離は遠くなった。しかし、ヒトはヒトとの VR をやめることはできなかった。最初の頃の回線のタイムラグが酷くて、ヒトとヒトがまともに会話できない状態であったが、光速を越える回線ができあがり、ヒトとヒトは再びリアルタイムに会話ができるようになった。残念ながら、いさかいが起きれば、再び銃を持ち出すものはいた。ミサイルを撃とうとするものもいたが、固形の爆弾を届けるにはいささか遠い状態になっていたので、ミサイルを撃たれて対策を立てることができた。
しかし、ヒトがヒトに対する憎しみは際限がない。異空間を飛ぶ惑星間ミサイルをヒトは発明し、ヒトに届けた。遠くで光る惑星間ミサイルの爆発は、肉眼で見ることもできず、望遠鏡で見ることもできず、ただひとつの「着弾」という通信データが送られてくるだけだった。
惑星間ですら近すぎると思ったヒトは、銀河系の星々に散り始めた。ヒトがひとつの恒星系を所有する時代となった。しかし、ひとりしかいない。恒星がつねに地球型の惑星を持つわけではなかったが、既に科学技術が発達しているヒトの文明は、地球型の惑星を造ることは容易となっていた。
それでも、なお、星間ミサイルを開発して、ヒトに届けることは忘れなかった。実に、そこまでやらなくてもよかろう、と思えるほどに、ヒトはヒトに爆弾を届けようとした。
仕方がない。ヒトは、銀河系を離れて別の銀河系に移り住むことにした。ヒトは、ひとつの銀河系を所有することになった。無数にある銀河系の星々の光は、ひとりのヒトの活動のみに使われた。銀河系は、宇宙にあわの膜のように存在する。ぼうばくと何もない空間が続き、膜のように銀河が連なっている。ブラックホールの連なりでもあり、無機質な時間の無駄遣いのようでもあった。
そこで、ヒトはブラックホールを相手の銀河に投げつけるようになった。VR の通信は、いまや時空を超えて、亜空間通信が可能となっていた。銀河ほどはなれていても、まるで隣にいるように VR で通信ができる。ヒトは距離をたもちつつ、コミュニケーションを楽しむために VR に集っていた。たまに、ブラックホールが飛び交っていたので、少しずつではあるが、ヒトは銀河系ごと少しずつ亡くなっていった。
すでに、ヒトは片手に数えるほどしかいなくなっていた。ヒトの寿命は実に無限と言えるぐらい延びていたものの、滅亡の危機は避けられそうに無かった。ヒトゆえの争いの種のか、生物の進化の結果なのかはわからないが、黒体輻射のように、ヒトとヒトとの関係は冷めてしまっていた。
その頃、ヒトは量子コンピュータを極め、原子いや、素粒子レベルで物質を自在に操ることができるようになっていた。ヒトの誕生、いや、生物の誕生のためには、ひとつのアミノ酸があればよい。そっと、生物に成長するようなアミノ酸を量子コンピュータで制作し、亜空間を越えて、できあがったばかりのひとつの惑星に届けた。
ヒトならざるものに成長して、ヒトとヒトとの争いを繰り返すことのない生物が誕生させる。争いのない、進化論に進化させることができるのか。それとも、争いがなければ進化し得ず、ひとつのアミノ酸のままでいるのか。ヒトはアミノ酸の成長を待たずに、寿命が尽きた。
【完】