偉業
石槍を携えた男は、荒れた浜辺を歩いていた。
獲物の気配はない。ここ数年、海では魚が獲れなくなっている。冬の間は山の獣も姿を消し、獲物は減るばかりだ。
──すべては、あの“悪魔”のせいだ。
奴らが現れてから、海の生き物は姿を消した。餌を奪われ、棲みかを荒らされ、海は静まり返ってしまった。
男はため息をつく。今日も収穫はなしか──そう思ったそのとき。
海辺に、突如として光が走った。
波打ち際に現れたのは、異様な姿の男。銀色の服、妙な装飾、手には何やら光る小さな筒のようなものを持っていた。
「……石槍を下ろしてくれ。私は未来から来た者だ」
男は警戒しながらも、その者に敵意がないことを感じ取る。槍を下ろすと、未来人は深く頷いた。
「安心してくれ、私は君を傷つけに来たわけではない」
男は黙って頷いた。
「君の名は歴史には残らないが……その“偉業”は、永遠に語り継がれることになるだろう」
そう告げると、未来人はザバザバと海へ入っていく。
「無駄だ。魚はいない。あの“黒い悪魔”のせいでな……」
男の声も届かぬまま、未来人は岩場の隙間をまさぐる。そして、何かを掴んで戻ってきた。
「……やめろ、それは近づくな。呪われるぞ……!」
男が叫ぶ。未来人が持っていたのは、無数の槍のような棘に覆われた、黒く硬い塊。水気を含んだその異形の生物は、まるで悪意の塊のように脈打っている。
「これは……“悪魔”ではない。ただの海の生き物だ」
未来人はそれを石に叩きつけて割り、中をすくうように指でなぞった。
とろりと、黄金のような身が現れる。見た目はまるで、腐った内臓か毒の塊のようだ。
「……試してみてくれ。たった一口でいい」
男は目を細めた。槍のような棘、黒く光る殻、粘つく中身。
──本能が、警鐘を鳴らす。
だが、腹が鳴った。
男はゆっくりと手を伸ばし、指先ですくいとったそれを、口へ運ぶ。
──……潮の香り。甘さと、苦さ。口内に広がる未知の味に、男の動きが止まる。
「……なんだ、これは……!」
言葉にできぬ旨さ。野生のどの肉とも、果実とも違う。だが確かに“うまい”と体が叫んでいた。
未来人は満足そうに微笑む。
「人はなぜこれを食べようと思ったのか──我々の時代でも、よく話題になる」
そして、改めて言った。
「君の名は残らない。だが、“ウニを初めて食べた人”として、その偉業は未来永劫、語り継がれる」
男は未来人の言葉の意味を理解できずにいたが、口の中の余韻だけは確かだった。
彼は再び海を見つめた。棘に覆われた黒い悪魔たちが、岩陰にうごめいている。
──それは、今や“宝”に見えた。