モテぼっちな涼海さん
彼女の日常は〈黄色い声援〉で溢れていた。
「あっ涼海さんだ、かっこいいぃ…」
「座ってるだけで絵になるなんて…」
「オーラが違う、オーラが…!」
2年4組の教室の前を通り過ぎる女子3人組は、とある人物に視線が釘付けだ。
一方で、大きなため息もらす人物が居た。
「はぁ…どうしてこうなっちゃったんだろう」
涼海 聖菜
高校2年生。
訳あって今は〈ぼっち〉である。
そんな彼女だが、〈ぼっち〉とは相反する〈黄色い声援〉の飛ぶ生活を送っている。
きっかけは去年の秋〈文化祭〉での出来事である。
涼海の通う、「私立彗塚高校」通称〈彗高〉では、毎年10月に〈文化祭〉が行われる。学校に通う生徒の保護者だけではなく、周辺地域の人達、他校の生徒までも参加するほど、大きなイベントとなっている。
都心ではなく、田舎過ぎず。
人口はそれなりに多いが密集しておらず、広々とした建物が多く点在する。
制服が可愛いことで有名で、入学倍率はすこぶる高いらしい。有名人も排出しており、土地に似合うのびのびとした校風が人気を呼んでいる。
そんな校風は、〈文化祭〉にて新たな伝統を築いた。
「大学生だけずるい!私達もミスコンしよう!」
そんな女子の閃が多くの賛同を呼び、全学年の女子を突き動かした。女子高校生の勢いは留まることを知らない。
学校全体を巻き込んだ大イベントとなり、毎年恒例になった〈ミスコン〉は開催されてから24年の歴史を持つ。
涼海が入学して初めての〈文化祭〉
第25回〈ミスコン〉に出場し、結果「優勝」した。
だがそれが、涼海の日常を一変させた。
第25回〈ミスコン〉の審査内容は、
「男装・ドレス・和装」だった。
ただでさえお祭り騒ぎだった〈文化祭〉は、〈ミスコン〉開催をきっかけに更なる盛り上がりをみせ、より広い範囲の地域からも来客があとを立たなかった。
中学生が高校の入学先を選ぶ上でオープンキャンパスが各学校開催されているが、〈彗高〉の〈ミスコン〉はこの上ないアピール要素になった。
お陰で〈ミスコン〉は学校としても重要なイベントとなっており、費用は学校が予算を組んでくれている。結果、年々衣装にかかる費用が増え、クオリティも上がって来ている。
ここまで発展したのには訳があった。
その理由は単純明快…
第1回〈ミスコン〉が大成功も大成功、出場する生徒並びに生徒自ら手がけた衣装、演出のクオリティが高すぎたのだ。
たった1人の女子高生の発言が全学年の女子を巻き込み、学校全体を巻き込んだ。高クオリティの仕上がりになったのも必然であった。
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
高校1年生 夏
「すずみんでてみなよ!」
「オターズが注目される日もくるのかな…!」
オターズとは、涼海含む4人の仲良いグループの名前である。
〈ミスコン〉出場のきっかけなど、仲のいい友達の一声…そんなものだ。
もっとも今は、「仲が良かった」である。
オターズの名前から想像出来るように、仲の良い4人組は全員が何かしらのオタクであった。
ボカロやVtuber、アニメ、少女漫画、他人に話すには勇気のいる趣味を持つ4人は中学で同じクラスになるなり意気投合した。
4人のグループLINEはオターズと命名され、それが違和感なく自然と浸透していき、自らオターズと呼ぶようになった。
でもやっぱり中身は女の子、〈ミスコン〉に憧れが無いわけなかった。
4人は仲が良く、家から学校が近いからという理由で、〈彗高〉に入学した。そこで〈ミスコン〉の話がでるのは自然なことだった。
「きょ、去年見たドレス姿…かっこよかったよね」
「ドレスは毎年恒例だもんね…!憧れる〜」
「わ、私はあの、アイドルが好き」
「…はアイドルオタクだもんね!」
去年見た〈ミスコン〉の話で4人は仲良くワッキャと騒いでいた。
「こ、今年は誰が出るのかな」
「…出てみなよ!」
「えっ!わ、わたし地味だし…あんな人前でなんて…無理だよ」
「じゃーすずみんでてみなよ!」
「なんでわたし、」
「す、すずみんスタイルいいし、いけそう」
「褒められるのは素直に嬉しい、」
「オターズの星〜」
軽いノリだった。
まさか選考に通るどころか「優勝」してしまうなんて、この時誰も夢にすら見ていなかった。
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
「まさかこんなことになるなんてね、優勝した末にぼっちって…」
ははっと乾いた笑いをこぼした。
優勝した反響は想像以上だった。
〈ミスコン〉で優勝すると1週間話題になることはざらだが、涼海は1ヶ月、熱狂が落ち着くまでにかかった時間だ。
2位と100票以上も差をつけ優勝した。
「血筋かな…」
ため息まじにりポロリと言葉がもれた。
女性ファンが増え、もちろん男からは注目の的、「オターズ」から「学校の高嶺の花」となった。
「あぁ、あの頃が恋しい」
窓の外を眺めながら〈オターズ〉と過ごした楽しかった時間の思い出に浸っていると、涼海の両親の顔が浮かび、現状に諦めた。
思いにふけってる横をだべりながら通り過ぎる2人の女子高生。ノートを落としあっと振り返る。
「落としたよ」
涼海がノートを拾い上げ持ち主に渡した。
「あ、ありがとうございます、!」
「拾ってもらっちゃった」「かっこいい…」などと騒ぐ声が聞こえてくる。先程までの雑談が黄色い声に変わった。
「ただのゲームオタクなんだけどな…」
2人の姿が見えなくなってからボソッと呟き、窓の外に視線を戻した。
まるで少女漫画の主人公が恋した直後のようなフィルターが私にはかかっていて、みんなにはそう見えているに違いない、そう思った。
「せいちゃんまだ帰らないの?」
ん?と振り返り見ると、そこにはくりくりとした大きい目でこちらを見る、一人の女子高生が立っていた。小動物という印象を受ける小柄な見た目からは、ふわふわと言う擬音に似た雰囲気を感じた。
涼海のことを「せいちゃん」と呼ぶ女子高生
清森 みつ
涼海の幼なじみである。
「うん、ちょっとやる事あるから」
「わかった!じゃあ先に帰ってるね、明日は一緒に…」
「みっちゃーん、帰ろー!」
みつの言葉を遮るように、教室の外から女子高生が声をかけた。見ると、数人の女子高生がこちらの教室を覗いている。一緒に帰る約束でもしていたのだろう。
「じゃあまたね!せいちゃん」
そう言って涼海に背を向け呼ばれた方へとかけていった。後ろ姿から生えるしっぽは少しの間垂れ下がっていたが、教室の外で待機する女の子たちと目が合うなり、ぶんぶんとしっぽを振り始めた。
あくまで、しっぽが生えているというのは比喩だ。
涼海は〈ぼっち〉であるが、唯一話しかけてくれる子はいた。みつだ。両親同士が仲が良く、小さい頃から付き合いがあった。
涼海は〈ゲームオタク〉ということもあって家の中で遊ぶことが好きだった。テレビゲームが大好きで、好きなジャンルは戦闘系。戦闘服を来て戦う女の子や、大剣を振り回すようなかっこいいキャラ、メカニカルなボディのデザインが特に好きだっだ。
その影響あってか、かっこいいものが好きだった。
そして、可愛すぎるものが苦手だった。
対してみつの趣味は正反対。
ふわふわ可愛いものが好きで、当の本人も小動物のような見た目だ。
対象的な趣味をもつ2人は一緒に遊ぶことはない…はずだったが、2人は違った。と言うより、1人だけしつこかった。
「せいちゃん遊ぼ!」そう言って、涼海の周りを駆け回っていた小動物が居た。みつだ。ゲームは趣味で無いはずだが、涼海が遊んでいると、「それどうやってやるの?」「せいちゃんかっこいい」と言って、隣でゲーム観賞をしていた。たまに一緒にプレイすることもあったが、上手くはなかった。いや、だいぶ下手だった。だが、負けて悔しがる姿は可愛いそのものだった。
涼海を見るみつの目はいつもキラキラしていた。ずっと一緒にいるとなんだが涼海自身までふわふわになりそうな気がして、少しずつ避けるようになった。ふわふわきらきらに気圧されていたという感じだ。それでもみつは、涼海の背中を追いかけた。しっぽをぶんぶん振り回しながら。
つまり、友達と言うより〈ペット〉という感覚の方が違い。
ほぼ毎日のようにみつは、一緒に帰らないか?と涼海を誘いに来る。が、その誘いを断ることの方が多い。それでも懲りずに毎日誘ってくれる。一緒に帰る友達がいるのにだ。
〈ぼっち〉の涼海にとって〈黄色い声〉ではなく普通に喋りかけてくれる唯一の存在は日常を思い出させてくれる。と言っても、思い出すのはしっぽを振りながら涼海の後ろを追いかける姿だが。
みつは、廊下で待つ女の子たちと合流するなり騒がしい声に囲まれていた。
「みっちゃん、涼海さんと喋れるなんて羨まし〜…」
「私無理、話しかけるなんてぜった無理…!」
「せいちゃんすごく優しいよ!」
「みつも中々隅に置けない可愛さしてるからな…私らとは次元が違う」
「ほんと!みつは私の癒しだよぉ〜」
「ちょっとあんたみつから離れなさいっ」
「早く行かないと売り切れちゃうよ!駅前のふわふわケーキ!」
どうやら、駅前のケーキを食べに行くらしい。女子高生らしい放課後の過ごし方だと思った。
と同時に、よくも毎回「涼海」の名前が出るのに嫌にならないものだとみつには関心する。オターズはたった1週間のうちに離れていったというのに…。
「本当はやることなんてないんだけど」
窓の外を眺める。
絶賛下校ラッシュの最中だ。
部活に行く人、校門前でだべっているグループ、親の送迎を待つ人…靴箱付近は友達を待っているであろう人達で溢れている。
靴箱から校門までもれなく大渋滞中だ。
そして今日は金曜日。いつもより人が多い。涼海はこの中を帰ったことはあるが、もう二度と帰らないと誓った。〈ミスコン〉優勝の反響は想像以上で、ましてやこの下校ラッシュと言う人が溢れている時間は最悪だ。
〈黄色い歓声〉が〈黄色い歓声〉を呼び、靴箱から伝染した歓声は校門まで伝わるのは一瞬だった。
その時涼海はオターズと帰っていたのだ。
「涼海さんと並んで帰っている3人は誰だ?」
そういう話は瞬く間に広がった。
それが嫌な結果を招いてしまった。
以降、人が混雑する下校ラッシュの時間を避け、人が居なくなったのを見計らってから帰るようにしている。
校門じゃない別の通路から帰ればいいのでは無いか?そう考えた時もあったが、どっちにしろ靴を取りに行かねば帰ることが出来ない。
あの狭く密集した空間を通るのは避けたいところだ。
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
「そろそろ帰ろ」
席を立ち、ガタッと椅子がなる。
カバンをとり、教室のドアに向かう途中
(あら?まだ人いたんだ)
ちょうど教室の真ん真ん中の列の後ろの席、1人の男の子が座っていた。
(こんな時間まで残る人私以外にいたんだ、クラス変わったばっかりだから、まだ名前わかんないけど)
男の子に視線を向けながら、教室のドアへ向かう。その男の子は何やらゲームをしているようだ。
(この時間はあんまり先生来ないけど、大丈夫かな…度胸あるな…)
なんのゲームをしているか気になりつつも、後ろ側を通り過ぎようとしたところ、肩の影から画面が見えた。画面の左上しか見えなかったが、〈ゲームオタク〉である涼海がなんのゲームか名前を言い当てるには容易い情報量であった。
(どんな感じでプレイしてるんだろう?)〈戦闘系のゲームオタク〉である涼海がプレイスキルに興味を抱くのはごく自然なことであった。
少し背伸びをし肩の隙間から画面のもっと中央の方を見た。
そこから見えた景色は涼海の目を奪い、心を奪い、足を止めた。
「ヴォイド0(ゼロ)」
思わず声がこぼれた。
タイタンウォール シーズン0 限定スキン:ヴォイドウォーカー:漆黒
通称(ヴォイド:ゼロ)
今や大人気シリーズとなったタイタンウォールは、現在シーズン8まで続いている。中でも、シーズン0はかっこいい限定スキンが多く、通常のスキンと比べ持っているだけで自慢できる。名をヴォイドウォーカーというスキンは普通「白銀」であったが、期間限定で「漆黒」が追加された。これを持っているプレイヤーは極めて少ない。
持っている人も少ないが、現在シーズン8になりシーズン0から現在に至るまでプレイしている人はもっと少ない。
こういう人たちのことを〈古参〉と呼ぶ。
涼海はタイタンウォールをシーズン0から始めたものの、始めるのがほんの少しだけ遅かった。
〈ヴォイドウォーカー:漆黒〉の獲得条件は、
〈ヴォイドウォーカー:白銀〉を持っている状態でミッションをクリアすることである。
〈ヴォイドウォーカー:白銀〉は涼海も持っており、一定量プレイすれば誰でも手に入れることが出来た。
涼海ももちろん「漆黒」が欲しく、夜通しプレイに励んだが、ミッションをクリアするには5時間ほど足りなかった。
そんな思い入れのあるスキン、生で見ることが出来心が踊った。
涼海の声は彼の耳に届いてしまった。
「このスキン知ってるの!?」
振り返った顔は驚いたように目が開いていた。
(わぁ…聞かれてた)
彼が振り返るなり涼海は、反射的に顔を隠した。
「チョットやってたかラ」
嬉しさと、照れで、若干カタコトになった。
「いつからやってるの?」
机の方を向いていたからだが、こちらに傾く。
「一応…シーズン0から始めた」
顔を隠したまま答えた。
「うわぁーすごい!今もやってるの!?」
完全に体ごとこちらを向き、彼の座っている椅子は仰け反っている。
「う、うん」
まだ顔を隠したまま答えるが、遠慮なく彼はグイグイと来た。距離の詰め方が、同じ境遇の人と出会った時、一気に親近感が湧きなんでも話してしまう時のあれだ。
「えっちょっと見せて!」
久々にゲームの話が分かりそうな人が現れ心の中の涼海はふにゃけた顔をしながらダンスする。
「い、いいよ」
隠していたカバンから顔をのぞかせ彼のほうへ近づいた。
涼海が近づくのを見て、彼は机に正面になおった。
「わぁすごっ、レベル俺より高いね」
「プレイ時間だけダヨ」
(すごい見てくるじゃん…)涼海のゲーム画面を嬉しそうに見漁っている。
今はスキンコーナーを見ているようだ。
「え!ヴォイドシフター 持ってるんだ!このスキンいいよね!俺も欲しかったァァァ」
「結構親にお願いしタンダ…課金だったからねこのスキン…家事と引き換えにかってもらったんだ… お陰で今でもカジゼンパン私がやっテル…」
「バイトしてるみたいだね」
無邪気にクスクスと笑う横顔があった。
その笑顔を見て、つい涼海も話題を切り出した。
「ヴォイド:ゼロ 欲しくて頑張ったんだけど手に入らなくて、その反動でヴォイドシフターだけは逃したくないと思ったんだ…」
「このキャラ好きなの?」
彼がそう聞いたのは、ヴォイドシフター、ヴォイド:ゼロは共に同じキャラのスキンだったからだ。
「うん、1番好きなんだ」
「わかる!俺も好き!」
「1番使ってるキャラは?」
・・・
そんな話で盛り上がり遂には一緒にゲームをプレイした。
気づけば涼海のカタコト喋りはなくなっていた。
・・・
「おーい、早く帰れよー」
見回り中の先生の声が、隣の教室から廊下に反射して聞こえてきた。
「やばっ先生だ…!ってもうこんな時間!」
彼が先生の声に反応し時計を見ると19時を回っていた。
「うわっほんとだ、全然気づかなかった」
窓を見ると太陽は沈んでいた。
「楽しかったァ、またやろう!」
「う、うん!」
「また」という言葉が頭に何回も響いた。
「そろそろ帰ろ、あ、そういえば名前聞いてなかった」
「す、すずみせいな」
「涼海さん、またゲームしようね!」
「君は?」
「俺は、王道 零 、レイでいいよ」
「じゃあ零くんって呼ばせて貰おうかな」
「なんならゲーム垢の名前で呼んでもいいよ?」
「それはいいけど、零くんが恥ずかしくならない?」
アカウントの名前を思い出し笑いが込み上げる。
「ぜーんぜん、俺最強だからさっ」
「何それ」
堪えた笑いが吹き出した。
「おいなんで笑うんだよ」
「だって、」
ゲーム垢の名前をネタに盛り上がっていると先生の声が飛んできた。
「おーい、もう帰れよー」
「はーい!」
零が答えた。
2人は直ぐに教室を出た。
ドア付近にいた先生が零にちょっかいをかける。
「おーいんな時間までイチャイチャしてんじゃねぇよ」
「違うってば先生」
見回りに来ていた先生はノリがよく、生徒にも人気がある人だ。
(零くん先生と仲いいんだ)
先生に見送られ教室を後にした。先生は見回りを再開し、次の教室でまた楽しそうな声が聞こえてきた。
「先生と仲いいんだね」
「俺あの先生優しくて好きなんだ」
「零くん誰とでも仲良くなれそう」
「俺前のクラスで1番前の席だったんだよ、暇すぎて先生に話しかけまくってたら仲良くなった」
零は生徒とも絡んでくれる大人な先生が好きなんだとか、堅苦しいのは息が詰まるらしい。
前のクラスの話と、ゲームの話で盛り上がりながら、校門まであっという間にたどり着いた。
「涼海さんはどっち?」
「私こっち」
「俺と逆じゃん…」
名残惜しそうにする姿は何故か面白かった。
「じゃ、気をつけて」
「零くんもね、ばいばい」
互いに手を振り校門を後にした。
ゲームの話でこうして盛り上がることが出来るのはいつぶりだろう…たった数時間の楽しい時間は、これまで空いていた心の空間を埋めてくれた。1人じゃ埋めることが出来なかった穴だ。
オターズのことを思い出し、我に返る。
また、別れが来るのかもしれないのかな、と。
感傷に浸りながら、オターズの皆と零との数時間を重ねた。
皆と盛り上がることが出来たらもっと楽しいだろうなとポジティブに思うことにした。
「ところで、あのアカウントの名前」
ふと、零のゲーム垢の名前を思い出す。
彼のネーミングセンスは独特だけどシンプルで好きだと思った。
ゲーム垢の名前は個性が出る。
自分の名前にしたり、自分の名前を文字ったり、好きな食べ物やキャラの名前をつけたり、有名人を名乗ったり、そんな個性の出る名前が涼海は好きだっだ。
「世界最強の戦士ゼロ」
彼の垢の名前を思い出し再び笑みをこぼした。
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
涼海は今日の学校が少し楽しみだった。
だが、学校へ向かう足取りはすこぶる重かった。
昨日の放課後、零と過ごした時間があまりに充実しすぎていたため、その反動で〈タイタンウォール〉をプレイしまくった。興奮は冷めやまらず、ほぼオールを成し遂げたのである。
「あぁ、また放課後ゲームの話できたりするかな、あっ他のゲーム何やってるか聞いてみよう!」
一人でボソボソ呟きながら登校した。
・・・
涼海は人目を避け、いつも学校の外階段を使って登校している。外階段はよく雑談するためのたまり場になっているが、早くに登校すると人が居ることはほとんどないのだ。
一番乗りの教室にドカッと腰を下ろす。
「朝の教室は気持ちいなぁ」
ひんやりとした机に頬を当て、静かな空間を感じた。
暖かい教室にひんやりとした机はなんだが心地よく、オールしたこともあってうとうとした。
「あれ、涼海さんはやいね!」
涼海の名を呼ぶ声で目が覚め、ハッと起き上がる。
「れ、零くん、おはよう」
「いつもこの時間なの?」
「最近はそうかな」
「そうなんだ、僕いつも一番乗りだったから、なんだか新鮮」
朝から爽やかな零だ。
「私いつもこの時間だけど、零くん見たことないかも」
「やっぱり?実は今日、いつもよりちょっと遅いんだ」
「いつもはもっと早くに来てるの?」
「うん、ここだけの話、図書室でゲームしてるんだ」
「悪いなぁ」
「寝るのも最高だよ!朝日がちょうどいいくらいに窓から入ってきて目が覚めるんだ!授業始まるまで静かだからよく眠れるんだ〜」
「うわぁそれいいかも」
いつも教室で過ごしている涼海は、人が来るまでゲームをしたり、ゲーム動画を見るのが日課だった。ただ、徐々に賑わう教室では長時間ゲームと過ごすことはできず、途中からやることがなく暇していたのだ。
そのため、零から聞く図書室での過ごし方はまさに理想と言えた。
「ねぇ、もし良かったら私も行ってみていい?絶対うるさくしないし、邪魔しないから!ダメだったら全然遠慮なくいって!」
「もちろん涼海さんなら歓迎だよ」
「…ありがとう!」
「ああーでも今日は、先生がいたんだよね…さっき見て来たんだ、本棚の整理をしてたみたい、新しい本を沢山入荷したんだって」
「そういえば、全然図書室行ったことなかったな」
「そうだなー、ゲーム本とか、ゲームキャラの作画だったり、アニメの小説版とかもあるよ!」
「えっ以外、そういうのもあるんだ、ちょっと興味あるかも」
「是非来て!先生も喜ぶよ!」
近々言ってみようと思う涼海だった。
なりより、作画本は興味があった。
(好きなキャラの本とか見つかるかな)
考えるだけで楽しみが増えた。
そんなこんなで、明日から図書室に行くことにした。
・・・
「ふぁ〜…」
「眠そうだね、あれちょっと顔色悪い?大丈夫?」
「大丈夫じゃない」
「えっ、保健室まで送るよ」
ガタッと席を立つ零。
「ただの寝不足だから平気、ありがとう気を使ってくれて」
零の慣れた様な対応の速さに涼海は、慌てて原因を伝えた。
「昨日ちょっとゲームやりすぎちゃって…」
「涼海さん本当にゲーム好きなんだね、何やってたの?」
「タイタンウォール」
「うわっまじ?俺も昨日ずっとやってたわ!今イベント来てるじゃん?これ勝ったら寝るぞ!て決めてからが中々勝てなくってさ〜」
「わかる〜!なんでなんだろうね、これ勝ったら最後って決めてからが本当勝てないよね、辞めないでくれって呼ばれてる気がする…」
「あっははっ!あるあるだよね!」
ゲーマー共通のあるあるをきっかけに、話に花が咲き、イベントの話題で盛り上がった。零と涼海、2人だけの教室で。
30分が経ち、次第に登校してくる生徒の声が多く、大きくなり始めた。
「れーい!ちょっと手伝ってくれね?」
零を呼ぶ声に会話が止まり、声の先を見た。
教室のドアに1人の男子高生が立っていた。
「ちょっとごめん」
顔の前で片手でごめんのポーズをとった零は涼海にそう告げ、男子高生へ返事をした。
「手伝いってー?」
「なんか配りもんが多いらしくてさ、ぱんちゃんが手伝って欲しいんだと」
「なんで毎回俺なんだよ…」
「まぁまぁ手伝ったらジュース買ってくれるってよ!」
「まじか、さすがぱんちゃん!」
ぱんちゃんとは学年主任の
笹田 大樹である。
ぱんちゃんと呼ばれているのは名前に笹という文字が入っているためである。
笹+大(実際に体格いい)=パンダとなったらしい。
「ごめん涼海さん、ちょっと行ってくるわ」
「行ってらっしゃい」
男子高生と零が合流し教室を出ていった。
「おいっ零!お、お前まさか涼海さんと話してたのかよ」
「そうだけど」
「何話してたんだよ!おいっ教えろよ教えろっ!」
零の首を固める男子高生。
それを華麗に交わし走り出した零。
「早く運んだもん勝ちな!」
「おいっ待てっ!」
人目を気にせずじゃれ合う姿は男子らしい。
涼海は机にひじをつき、手のひらに頬乗せ、窓の外を眺めた。2人の姿が見えなくなると、静かに仮眠に入った。いつも通りの空間が涼海を覆った。
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
「授業の内容全然覚えてない…」
ほぼオールナイトを達成してしまった涼海は頭が全く働いていなかった。ほとんどの授業時間ぼーっと聞いている間に、あっという間に昼休みの時間がやって来た。
「あぁ…お腹空いた」
涼海は弁当を持って、裏庭へ向かった。
裏庭は、校舎が大きい影となりいつも涼しい風が吹いている。校舎の2階に迫る大きさの木が生えており、幹のすぐ横にベンチが備え付けられている。
その他にも裏庭全体は休憩スペースとなっており、所々にベンチ、机、草花が植えられている。
〈文化祭〉で大勢の来客が来ても一息つけるようにと、学校の所々に座れる場所が整えられている。中でも裏庭は、大きい日陰のお陰で涼しさは格別で、最高に気持ちいい環境なのだ。
涼海は〈ぼっち〉になって以来、裏庭の木のベンチに座って、昼休憩を過ごしている。
教室は人が多く、他クラスの子も集まるためゆっくりすることができないのだ。
〈オターズ〉が健在だった頃は、4人で一緒にご飯を食べていた。
〈ミスコン優勝〉以降、〈ぼっち〉になった涼海は初めは教室で弁当を食べていた。
が、「食べる姿もかっこいい」「横顔が素敵」「今日のおかずはたこ焼きが入ってる!」などと、〈黄色い歓声〉と共に涼海宛であろう声がよく聞こえてくるため、こうして中庭で過ごすことにしたのだ。
「ここほんっといい場所〜!なのにいつも誰もいないの不思議だなぁ」
んー!っと伸び、体をリフレッシュさせた。
涼海は裏庭を独占できてラッキー、意外と穴場?などと思っているが、実際は、「涼海さんの休憩の邪魔をしてはダメ」と涼海ファンが取り締まっているのだ。その事に気づく日が来ることは…まずないだろう。
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
休み時間も終わりに近づき教室へ帰る途中、廊下の隅で何やら大きい声が聞こえた。
余りの大きさにビックリし、そっと様子を伺ってみるとそこには、複数人の女子に囲まれた零の姿があった。
いじめか?と思ったが雰囲気から違う感じがした。
「涼海さんとどういう関係?」
「ただの友達だよ」
「なんで涼海さんと一緒にいるの?」
「最近話すようになったんだ」
零は少し困ったような表情をしていた。
よく喋る女子Aを筆頭に、女子Aの隣に女子B、その周りを囲むように女子CDEFと並んでいる、女子B〜F達は腕組みをして立っており、何やら怪訝そうだ。
女子Aの勢いと周りの圧に気圧されているのか、零の腰は後ろに曲がり距離を取ろうとしていた。
どうやら「涼海との関係について」しつこく質問攻めにされているようだ。
(嫌なことを思い出した)
涼海は〈オターズ〉が解散することになった日の出来事を重ねた。静かにその場を立ち去った。
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
放課後になり、いつものように窓の外を眺め、帰宅ラッシュを見守った。
下校のチャイムと同時に一気に賑わった教室は、十数分程で静けさを取り戻していった。
(今日は早く帰れそう)
教室を見渡すと、自分の呼吸の音だけが聞こえてきた。見慣れたいつもの1人の教室だった。
放課後の教室に、零の姿はなかった。
(いつもより早いけど今日は帰ろうかな)
椅子を後ろに引き中腰まで来たところで珍しいお客さんが姿を見せた。
「涼海さん、ちょっといいかしら?」
もっともらしいお嬢様口調で女子高生が話しかけてきた。
教室を見渡し、誰をいないことを確認した彼女は、涼海の返答を待つことなく、わらわらと教室に入ってきた。
彼女の後ろに隠れて見えなかったが、他に5人の女子が入って来て、涼海の前に立ち並んだ。
「涼海 聖菜さんですよね?」
「は、はい」
「最近零様と仲が良いみたいですけど」
「れい、さま、?」
聞きなれない様付けにハテナが浮かぶ。小さく復唱すると、キッとした目でこちらを睨んだ。
「どうやって零様と仲良くなったかは知りませんが、気安く零様に近づかないで下さいますか?」
「え、それはどういう…」
「とぼけないでください、あなたが近づいていい相手じゃないのよ」
「えっ、と、」
「言い訳はいいわ!とにかく、もうこれ以上零様に近づかない事ね、行きましょ」
女子Aはキツく言いっ放し、その他女子とその場を後にした。帰るのかと思ったが、途中足を止め振り返った。その他女子も一緒に振り返る。同じ行動を取る様子は、まるでカモの親子のようだ。
「初出場で〈ミスコン優勝〉したからって調子に乗らない事ね」
その他女子は女子Aの言葉に続くようにガンだけ飛ばし去っていった。
(全然調子に乗ってないんですけど…!むしろぼっちになって迷惑してるんですが…)
「なんだったんだ…今の…」
(げっもしかして昼休みの…!?)
腕組みで怪訝そうな表情、威圧的な態度と聞く耳をと持たない一方的な喋り、そして、女子A女子Bその他の配置!間違いない、昼休み零を囲んでいた女子たちだとようやく気づいた。
「・・・」
DDos攻撃でもされたように、涼海の頭はパンクした。一旦冷静になり、昼休みから今にかけて起きた出来事をひとつずつ整理していく。
点と点で存在にしていた言葉どうしの繋がりをさぐった。
「…そっちかぁ…!」
点と点が線になった。
愕然とした。
手のひらで支えていた顎はツルんと手のひらを滑り、頭が机にガクッと下がった。
「うわっ私恥ずかしっ」
思わず顔を手で覆う。
涼海は勘違いをしていた。
零が女子に囲まれていた昼休み、「涼海さんに近づかないで」と詰められているものだと決めつけていた。〈ミスコン優勝〉をキッカケに女子ファンも出来た涼海は、過去にもこういうことがあったのだ。
こういう事とは、「涼海さんから離れろ!近づくな!」と涼海に近しい人間に対して周りのファンたちが圧をかける、というものだ。
おかしいと思ったのだ。
〈ミスコン優勝〉をきっかけに〈ぼっち〉になった涼海は、友達が出来るなんてありえないことだと思っていたし、涼海自身を知らない人もいないと思っていた。故に、話しかけてくる人は居ないのだと…。
学校の高嶺の花に話しかける人など…
涼海に話しかけたり、親しくすればするほど周りのファンが黙っちゃいない。零もその標的になったのだと。
だが実際は全くの逆だった。
涼海が標的になっていたのだ。
つまり、零にはコアなファンがいるということだ。
今朝、零と親しそうに話している姿が目撃され、涼海は目をつけられた。零に関係を問いただしたところ上手くはぐらかされたので、直接害虫(涼海)駆除に来たというわけだ。
「なるほどね…アンチ、いたんだ…」
〈黄色い声援〉ばかりでは無いのだと知り、嬉しいような、寂しいいような、やっぱり嫌なような…どっちにしろ嫌われているのはなんだか嫌な気がした。
だって、友達になれそうな感じではないなと思ったからだ。
「ていうか零くんにファンいるの!?」
肝心なところに今更に気づく涼海であった。
「俺がどうかしたの?」
零が教室に入ってきた。
「ん…!え、あいや、なんでも」
あっははと笑って誤魔化す。
零は首を傾げた。
漂い始めた居心地の悪い雰囲気を断ち切るように無理やり話題を変えた。
「もうみんな帰ったと思ってた!零くんはこんな時間まで用事?」
「うん、まぁね」
(はぐらかされた?)
何となくそんな感じがした。
「俺今からまたちょっと用あるんだ、帰らなきゃ」
そう言いながら、カバンをと手に取り、肩にかけた。
「気をつけて」
「ありがとう、じゃあね」
「私も今帰るところ」と頭に浮かんだ文字を言葉にするのを辞めた。なんだが少し気まづい感じがあり、少し後に帰ることにした。
また、1人の教室が広がった。
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
それからというもの、涼海はまた完全に〈ぼっち〉に戻った。
ゲームの話で盛り上がったことをきっかけに、零との距離が縮まった気がしていたが、ただの思い込みだったのだと気づいた。
朝イチの清々しい教室、オレンジが差し込む放課後の教室、涼海の〈ぼっち〉空間は再び日常を取り戻した。
朝イチ図書室に行けば零に会える気がして、扉を開こうと試みたことはあったが、女子Aとその他が
頭を過り、取っ手に触れる手前で入ることをやめ、教室に帰った。
放課後、女子Aに言われた言葉は暫く頭から消えないでいた。
あの日を境に、零も放課後も朝も姿を見ることは少なくなった。言葉を交わすことはあったが、いつも何やら忙しそうにしており、話題を切り出すのは、悪い気がした。
(なんか私避けられてるのかな)
「最近忙しそうだね、何かあったの?」そう聞きたい気持ちは山々だったが、急にそんな話をするのも不自然かと思い、そっと心に閉まった。
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
零と過ごした時間の興奮も収まり〈ぼっちな日常〉が平常を取り戻し始めた頃。
放課後のいつもの教室で、その人物は姿を現した。
「あぁ〜疲れたぁァ!」
「!?」
(この声)
声を聞いた瞬間、ある人物の顔が頭に浮かんだ。
答え合わせをするように、声の方へ視線を向ける。
そこには、零の姿があった。
「んぁーほんっと疲れたもうクタクタ」
「だ、大丈夫?」
「もうダメ動けない」
突然の登場にただでさえ追いつかない思考が、疲れきったれいの姿を見て完全にショートした。
「冗談!疲れたのは本当だけど、全然余裕よ!最近ちょっと忙しくってさ、やっと解放されたあぁー!」
「何があったか分かんないけど、お疲れ様」
「ありがと〜!」
ムキムキポーズをとった零は元気さをアピールする。清々しさは変わっていなかった。
「そういえばまだタイタンウォールやってる?」
「うん、やってるよ、どうしたの?」
本当は別のゲームに絶賛浮気中であったが、そのことはあえて言わなかった。
「よかった!最近ゲームフレンドができたって話したら、一緒にやりたいって友達がいてさ!良かったら今日の夜やらない?」
「・・・」
「ごめん、勝手に話しちゃった…」
「それは全然大丈夫だよ!やろやろ!」
嬉しさで再び涼海の頭はショートした。
ゲームフレンドと思ってくれてたんだ…ゲーム誘っくれるんだ…避けられていたわけじゃなかったんだ…ただ忙しかっただけだったんだ…
零の言葉の節々から、今まで勝手に妄想を膨らませていたことが、ただの勘違いだったことが何よりも嬉しかった。
「めっちゃ嬉しいそう、本当にゲーム好きなんだね」
「ゲーマーだからね」
それよりも、リアルのフレンドとゲームを再びできる日が来ることが夢のようで、「誘ってもらった」という歓喜の方が大きかった。
「多分10時くらいになると思うけど…大丈夫?」
「全然大丈夫!」
「じゃあ、できる時間になったら連絡するね!LINE持ってる?」
「うん、もってるよ」
「交換しよ!」
とんでもなくスマートな流れでLINEを交換した。
涼海のLINE友達欄にゲームフレンドが追加されるのは、オターズ以来であった。
その夜無事10時からゲームは開催され、暫く忘れていたゲームオタクとして他の人と交流することの楽しさに浸った。
無我夢中でゲームにのめり込んだ。
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
涼海は〈ぼっち〉から〈準ぼっち〉に成り下がっていた。
涼海にとってはおめでたいことに、零とゲームをする時間も会話をする時間も増えた。
零がゲームに誘ってくれたことをきっかけに、ゲームフレンドも増えた。
〈ゲームオタク〉として充実した日々を過ごしていた。
涼海の〈ぼっちな日常〉が変化し〈新しい日常〉が切り開かれていった。
「涼海さんが最近よく男子と話している」ことは噂となり、いつもより涼海の教室の前を通る人は増えた。
それは、とある人物の耳にも届いた。
「あっ」
昼休みを迎え、裏庭へ向かう途中、涼海の進行方向の先に懐かしい顔ぶれが揃っていた。
〈オターズ〉だった皆だ。
(気まづいな…)
涼海は人目を避けると同時に、〈オターズ〉であった仲間たちとすれ違うことを避け、〈オターズ〉がいる教室とは反対側歩くようにしていた。
迂回しようかとも思ったが、場所が悪かった。
長い廊下を渡り、曲がった先に裏庭がある。
〈オターズ〉と出会ったのは、曲がり角に差しかかるほんのちょっと手前だ。
互いに存在に気づく。
〈オターズ〉だった3人と涼海は一瞬目が合い、沈黙したあと、再び再開された会話とともに歩き出した。
(よかった、)
一瞬沈黙が走ったものの、何事もなく通り過ぎて一安心したのもつかの間。キュッと止まる音がした。
「やっぱり私たちより男の友達の方がいいのね」
「ちょ、ちょっとやめなよ」
心臓がキュッとなった。
振り返るのが怖く、その場に立ち尽くす。
足音が遠ざかったところで恐る恐る後ろを振り返る。もうこちらを見てはいなかった。
「どういう意味」なんて怖くて聞けなかった。
その日の弁当は、全部おなじ味がした。
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
その後の休み時間はぼーっとしていた。
涼海は〈オターズ〉だった子に言われた言葉を考えていた。
「やっぱり私たちより…方がいいのね」
そっと声に出したのは、いっぱいいっぱいになった頭を解放するための防衛本能だったのだろう。
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
学校終わりのチャイムがなり、帰宅時間になったことに気づいた。
考え事をしているとあっという間に時間が過ぎるものだ。
「どうしたのそんなにぼーっとして」
「んっ?あぁー、ううん、ちょっと考え事してた」
零の声が遅れて脳に届く涼海。
「なんか意外な感じがする」
「そう?私って悩みなさそうにみえる?」
少しいたずらっぽい言い方になり、しまった、と思ったが、零は笑いだした。
「ううん、そうじゃなくて、なんかこう涼海さんって、何かあったらスパって解決しちゃいそうだからさ」
「全然だよ、悩んでばっかり」
「壁に当たって砕けるタイプそう」
「それって褒め言葉?」
「褒め言葉だよ!」
こういう冗談交じりに言い合いながらも、和やかな雰囲気を保つことが出来るのは零の魅力だろう。
「もうすぐ期末試験があるでしょ?帰ってご飯食べて、テスト勉強するとして、何時間ゲームが出来るかなってね」
「俺だったら、帰ってご飯食べて、ゲームゲームゲームだね!」
「それいつもと一緒じゃん!」
「バレた?」
「図星かいっ!」
涼海と零は自然と会話が進むようになっていた。
「試験の時に限ってさ、イベントが来たりするんだよね…」
「わかるっ…!絶対俺らに勉強させる気ない!」
「とかいいつつ、結局イベントあっても無くてもゲームしちゃうんだどね」
「そうなんだよね…」
テスト期間に限って新シーズンが始まったり、アプデが行われたり、イベントが開催されるのはあるあるのようだ。
帰宅ラッシュの騒々しさを置き去りにして2人だけの空間に入っていた。
生徒のほとんどが教室から居なくなったところで、本日2組目の珍しいお客が姿を現した。
「零さん」
声が2人の空間に割って入ってきた。
声の方を向くと、女子Aとその他2人が立っていた。
かつて「零に近づくな」と忠告しに来た、例の彼女である。今日のお供は2人しかいないようだ。
「今少しいいかしら?」
(気のせいだろうか?今少し睨まれたような…)
女子Aは一瞬涼海の方を見てから、目力で威圧した。
零と涼海は見合い、なんだろう?と不思議そうな表情をひた後、教室から出ていった。
涼海は椅子に座ったまま教室に残った。
(何を話してるんだろう?)
その疑問はすぐに解決した。
教室を出てすぐの場所で話していたもので、隠す気のない話し声はよく聞こえてきた。
・・・
「私忠告しましたわよね、涼海さんと関わるのはやめた方がいいと」
「そうだったっけな」
あははっと困り笑いではぐらかす零。
「学校中が噂してますよ!涼海さんと零さんができてるって」
めんどくさいなと思うれいの心の声は完全には隠しきれず、表情に現れた。めんどくさいとは、噂が広まっていることではなく、こういう話に巻き込まれている現状にである。
その表情から察したのか、女子Aはムッとしてカッとなった。
必死に涼海から零様を守ろうとしているのにもかかわらず、相手にされていない感じがして、感情が膨れた。
「言ってましたわよ!涼海さん!「少し話しかけてあげただけよ、暇つぶしに丁度いい」って!」
とんでもない嘘をつく女子A。
感情が爆発し、プンプン全開の女子Aは、涼海の悪口を言おうとした結果、遠回しに零の悪口を言っていることには気づいていない。
「本当に涼海さんがそんなこと言ったの?」
(うっ)と一瞬体が後ろに下がる。ここまで言っておいて引き返す訳には行かなくなった女子Aは強気に言った。
「そうよ!」
「本当に?」
2度も迫られた女子Aは「うぅ、」と何も言えず、涙をこらえ立ち尽くした。
いつもより低いトーンの零の声が響いていた。
「俺の友達のこと悪くいうの辞めてくれる?それに君たち俺の何?」
低めの落ち着いた声は、圧の中に優しさも混じったような重みのある声だった。普段明るい零とのギャップに女子達はたじろぎ動けずにいる。女子Aの唇がプルプル震えていた。
威張ったように立っているだけのその他女子は、怯みきった女子Aの姿を見るなり、わなわなと落ち着かない様子だ。
「俺が付き合う友達は俺が決める、デタラメを言いふらすようならマジで許さないよ、言葉に気をつけな」
女子達に釘を刺した。
ここまで言われると思っていなかったのだろう。下まぶたいっぱいに溜まった涙は耐えきれず零れた。プルプルと体を震わせた女子Aは頬を雫がこぼれたのを合図にバタバタと走り去っていった。
女子Bは女子Aはすぐさま追いかけた。女子Cは女子Aと零を交互に見ており、どうしていいか分からない様子。零は「行ってあげな」と顔を女子たちに向けた。
3人が走り去ったあと、零は教室に戻った。
・・・
「ごめーん、お待たせお待たせ」
いつもの様子に戻った零は明るくそう告げた。
「何の話してたっけ?」
「タイタンウォールのイベント結構楽しいねって話」
「そうだった!でさ!クリア報酬で貰えるスキン、どのキャラにする!」
話題はすっかりゲームの話に戻ったが、涼海の頭の中はある事でいっぱいだった。
零のハッキリ言う様子が、何故かずっと頭から離れなかったのだ。
喉からデカかっていた言葉は我慢できずに飛び出した。
「あんなにハッキリ言えるなんてすごいね」
「ん?あ、もしかして聞こえてた?」
ゲームの会話でノリノリだった零の雰囲気とは全く逆のオーラを放っていた涼海の姿から、何の話であるかは察しが着いた。
「うん」と頷く。
「ああいう時はハッキリ言わないと面倒臭いことになるからね!」
「面倒臭いこと?」
「そう、零くんが悪口言ってたよーとか嫌いて言ってたよーとか俺のいない所で適当言われるの嫌だからさ、ほらだって、他の人から言われたことってちょっと信じちゃうでしょ?」
「確かに、信じちゃうかも」
「それにさ、大切な人の事悪く言われるのはやっぱ嫌じゃん!」
(大切な人、か…)
正直にとても嬉しかった。
零の〈大切な人〉の中に本当に入っているとして、だとしたら私…
(私そんないい人じゃない…私は…)
ぐっと唇をかんだ。
「涼海さんはある?そういう、大切なもの」
「私は…」
ずっと心の奥に閉まっていた扉が開き、〈大切な人〉の顔が浮かんだ。今はもう、距離が遠くなってしまったが。でも、ずっと心の中にあって、今でも根に持っていて…私がいない方がいいんだと勝手に決めつけて、それは本当に相手のためだったのか?本当は自分のためだったんじゃないか?最近そういう思いがしてならなかった。
零は静かに、優しく、涼海の言葉を待っていてくれていた。
涼海はその雰囲気に負けた。
「もし、もしさ、大切な人とか仲が良かった人が急に離れていったら、零くんはどうする?」
「うーん、行かないでー!って泣きつくかな」
予想の斜め上の返答に涼海の目が丸くなる。
「うそうそ!半分冗談!」
(半分は本気なんだ)
少し先に視線を置いて表情が変わる。
一息置いて零は言った。
「本当に大切な人が急に離れて行っちゃったらー…追いかないで、そっとしておくかな」
「え、」
「だって、俺が大切だと思っていても、相手にとってはそうじゃない可能性だってあるでしょ?」
「…」
「でもね、俺が関係を断ちたくないって思う人だったり、納得いかないまま別れてしまったら、追いかけちゃうかな」
「どっちなの笑」
追いかけたり追いかけなかったり…ちょっと笑ってしまった。
「雰囲気!」
「なにそれ笑」
真剣な話をしているのに零の表情は柔らかい。そんな彼のお陰で一瞬重くなった雰囲気はなごやかになった。
「その時のことはその時の俺が決める!」
「なんか、名言のような名言じゃないような笑」
「決まったと思ったのにな〜」
「零くんがいうと、説得力ない」
「おいおい!」
すっかり楽しげな雰囲気になった会話には、笑顔が咲いた。
「結局は、自分がどうしたいか、だと思うんだ」
(あぁそうか…)と涼海は思った。
(私はどうしたいんだろう…)
改めて言われてみると、真剣に考えていたようで、真剣に悩んでいたようで、実はちゃんと考えてなかったのかもしれないと。
相手のことは考えていたか?考えようとしていたか?
なんで、どうして?で頭がいっぱいになっていなかったか?本当に思い当たる節はないか?
そもそも、
ちゃんと「会話」をしようとしていたのか?
頭の中に広がる状況が、「本当にそれでよかったのか?」と言っているようだった。
・・・
キーンコーンカーンコーン!
チャイムに驚き時計を見る。
6限目終了のチャイムだった。
今日は5時間授業だったため、チャイムのお陰で頭が覚めた。
「私今日用事あるんだった!」
「じゃあ俺も、帰ろうかな」
そう言って校門まで一緒に行った2人。
「じゃあまたね!今日はありがとう」
「こちらこそ!」
ばいばいと手を振り、それぞれの帰路を歩いた。
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
翌日、涼海はいつもより早く学校に行った。
珍しく早寝したお陰で、鳥の鳴き声と一緒にすっきり起きることが出来た。
・・・
「涼海さん、おはよう!」
「おはよう!今日も早いね〜零くん」
「俺もさっき来たところ!」
「零くん!私、頑張ってみる!」
驚いた表情を見せた零。
無理もない、前後の会話に全く関係のない、唐突な意気込みを披露したのだから。
それでも零はいつもの笑顔で言った。
「応援してる」
なにを?と聞かないでくれてありがとうと思った。聞かれたらそれはそれで話そうと思っていたが、今はその優しさが、涼海の背中を強く押した。
「ありがとう!」
・・・
(ここを通ったら、会えるかも)
昼休みに入って、涼海はある日の同じ時間同じ場所を決して軽くない足取りで歩いていた。心はスッキリしている。頭もスッキリしていた。やることは決まっていたからだ。周りから不自然に思われないくらいの速度で、タイミングを測るように長い廊下を歩いていた。
(いた、!)
涼海の視界に移るのは〈元オターズ〉の3人組だ。
3人と1人の距離が近づく。
(今だ!)
綺麗にすれ違う3人と1人。
(無理だァ…)
結局話しかけることが出来ず、そのまま歩き過ぎていってしまった。
・・・
次の日も同じ時間同じ場所に行き挑戦した。
3人に会えたものの、またすれ違うだけだった。
・・・
次の日も同じ時間同じ場所に行き挑戦した。
3人に会えたものの、3人はいつもの廊下を渡りきった後だった。
・・・
(まだまだ)
次の日も同じ時間同じ場所に行き挑戦した。
3人には会えずただ廊下を歩く人になった。
・・・
次の日も同じ時間同じ場所に行き挑戦した。
3人に会えたものの、またすれ違うだけだった。
・・・
次の日も同じ時間同じ場所に行き挑戦した。
3人に会えたものの、またすれ違うだけだった。
(話しかけるのってなんでこんなに勇気がいるんだろ…)
3人とすれ違い、とぼとぼといつもの裏庭に向かっていた所、なんと、向こうの方から話しかけてきた。
「最近ずっとうろうろして、なんの用」
3人の中でも1番気の強い彼女がこちらを向き立っていた。
「え、あっえっと」
チャンスだ!自分頑張れ!頭の中では自分で自分を応援するが、涼海は喋りかける言葉を考えていなかったことに今更ながら気づく。
突然の出来事に口がパクパクした。
「用がないならうろちょろしないでくれる?行こ」
3人は再び涼海と逆方向に去っていった。
・・・
「ご飯美味しい…」
いつもと変わらない弁当の味が涼海を慰めた。
・・・
「…ちゃん、あんなに強く言って良かったの?」
「いいの」
「な、仲直りしようよ」
「どうせ涼海に、うちらの気持ちはわかんないよ」
「2人とも意地っ張り〜」
…の瞳には涼海の姿が映っていた。
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
机に突っ伏して頭を垂れている涼海は、脱力仕切った腕が床に落ちてしまいそうだ。
「なんだか、お疲れだね」
零が近づいて来た。
「うーん、ちょっと上手くいってなくてね」
「そっか」
「なんかすっごく緊張しちゃってさ」
「学校だと中々リラックスも出来ないよね…」
「…それだ!」
零の言葉にヒントを得て元気を取り戻した体は一気に起き上がった。
「ありがとう零くん!」
「っ、どうしたいしまして笑」
起き上がった勢いで驚く零。
「じゃあ私帰るね!」
「気をつけてー!」
思い立った瞬間、走り出した放課後の学校。
〈黄色い歓声〉を通り過ぎてある目的地へ向かうのだった。
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
ガラガラ
涼海は息を切らしていた。
2回深呼吸して扉を開けた。
看板には喫茶マルシェと書かれていた。
・・・
店をはいって1番奥の隅、カウンター後ろの4人がけの席、彼女たちはそこに座っていた。
「…すずみん?」
涼海の姿に気づいた1人の少女が小さく名前を呼ぶ。
え?まさか、と1人は振り返り、もう1人は扉の方を見ていた。
涼海は4人がけのテーブル席に近づいていく。
「話したいことがあるの」
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
テーブル席に座って居たのは〈元オターズ〉の3人だった。
真っ先に涼海の姿に気づいた1人はおろおろし、もう1人は夢中でケーキを食べている。〈元オターズ〉の中1番気の強い子は雑談を辞めなかった。
そのとこの席で立ち尽くす涼海。
傍から見たら若干カオスな状況だ。
涼海は一言だけ言い、頭を下げた。
「みんなごめん!」
店内はこの時間には珍しく客で賑わっていた。
喫茶マルシェは、〈オターズ〉が放課後よく通っていたモダンで落ち着いた雰囲気の店である。
彼女たちが座っている、店をはいって1番奥の隅、カウンター後ろの4人がけの席。
空いてる時はここにいつも座っていた。
マルシェにいるかもしれないという勘は当たっていた。
この場所でなら、ゆっくり話すことが出来るかもしれないと思ったのだ。
「座りなよ、お客さんいるし」
思っていたより冷静な対応に、体温の上がった涼海も落ち着きを取り戻す。
いつもより混んでいる店内のせいだろう。
「あ、うん」
「…ちゃん、ちょっと詰めて、すずみん」
どうぞと開けてくれた席に座る。
4人がけの席なのに、1対3で座る珍しい光景が出来上がった。
グラスをストローで混ぜた時の氷の音がカラカラと鳴った。
最初に会話を切り出したのは涼海だった。
「みんなごめん」
「なにが?」
すかさず強気なツッコミが入る。
「ミスコン優勝したこと…ごめん」
「なんで謝るの?涼海は悪くないでしょ、優勝して、注目を浴びた、その結果人気が出た、それでいいじゃん」
少し考えなおして涼海はもう一度口を開いた。
「ミスコンが終わったあと、皆と距離が離れて行ってる気がした。でも、私は声をかけなかった。嫌われたと思って怖くて……傷つくのが怖かったんだと思う…でも!ちゃんと話すべきだった…本当にごめん…!」
テーブルギリギリまで頭を下げた。
3人はぐっと口を噤んだままだ。
「わ、私たちね、すずみんがミスコンで優勝したこと、ほんとに、ほんとに嬉しかったんだよ」
隣の子が口を開いた。
横を見るがみんなの視線は机に向かっていて、誰とも目は合わなかった。
じゃあなんで!なんて言えなかった。言葉と皆の表情が全く逆の反応をしていたからだ。
「すずみんは悪くないよ、私達も何も話さないまま…ごめんね」
何を言わないまま離れていったことを謝っているのだと思った。
初めて目が合ったのは、一番端に座っていた子だ。
少し寂しげな表情をしていた。
全然答えになっていなかった。みんなも、みんなの表情も。嘘をついているようには見えなかったが、本当のことを言ってるようにも見えなかった。
みんなは口にグッと力が入ったまま、言いたい事を我慢しているように見えた。涼海も、何をどう切り出せばいいのか全くわからなかった。頭の中はグルグルグルグルと、皆の表情と言葉がループしていた。
そして、沈黙から絞り出した言葉は、予想外の返事だった。
「私らは今のまま、距離をとっていた方がいいと思うんだ」
一番端の子が言う。
(わかんない、わかんないよ。みんなの言ってることも、その悲しそうな表情も。)
言いたいことあるならはっきり言ってよ!そんな言葉が勢いよく飛び出しそうに何回もなるが、涼海はどこか冷静だった。
グルグルから回る思考の中に、ずっと彼の姿がいたおかげだ。
(ここで感情的になっちゃダメだ…でも、引き下がりたくもない)
零の「応援してる」の言葉を胸にもう一度刻み込んだ。
「私馬鹿だから全然皆のことわからない。だから、教えてくれないかな、皆の事」
「涼海は…知らない方がいい」
強気な子が口を開く。
「皆とまた、ゲームしたり、アイドルの話したり、コスプレしたり…いっぱいやりたいことまだまだ
あるんだ!だから!」
「すずみんが傷つくことになるかもしれないよ?」
一番端の冷静な子が言った。
「皆と離れる方がいやなんだ」
3人は目を合わせ何やら納得しあっているようだった。冷静な子が「わかった」と言い、ミスコン後の3人の話を聞かせてくれた。
・・・・
3人の話によると、酷いいじめがあったらしい。
最初は涼海の悪口から始まった。
「初出場で優勝したからっていい気になるな」
「馬子にも衣装よね笑」
ミスコン後に注目を浴びた涼海と3人は、もちろん顔は割れていた。3人の近くを通る性格の悪い子らは、特に注目を浴びた涼海の悪口を言うようになったのだ。ただの妬みだ。
もちろん、友人の悪口を言われるのは不愉快でしかない。3人のうち1番気の強い子が声を上げた。
「ミスコン出場する出来なかったからって、影で悪口を言うのはかっこ悪い」
教室中に響き渡ったその言葉のお陰で、彼女達の陰口が止まることになる。
その日を境に、陰口の対象が涼海から3人に変わった。
「ミスコン優勝した子の隣を歩いている地味な子」
「人気者の隣にいて気持ちいい?」
心にもない事を言われるようになった。だが3人は我慢した。我慢できた。4人が仲がいいことなどみんなが知っているし、そう信じていた。
ただひとつ我慢出来ないことがあった。
「あんな不細工な衣装誰が作ったの笑」
「本気になっちゃってかっこ悪い」
全く自分らの悪口に動じなかった事で腹を立てたのか、今度は衣装をバカにするようになった。
ミスコン優勝時に涼海が身につけた衣装は、3人で作ったものだったのだ。
〈オターズ〉と自らのグループを呼ぶだけあって、3人も何からしらのオタクだった。
それぞれの得意分野で実力を発揮した。あの彗高のミスコンに出場が決定した!となれば、本気にならないはずがなかった。何よりも楽しかったのだ、ミスコンに向けての準備の時間が。
アニメ、漫画好きの絵が得意な子が衣装をデザインし、コスプレの趣味な子がデザインを元に衣装を作っていく。
衣装費は学校負担だ。最もほとんどの出場者は、オーダーメイドであったり、サイト等で衣装を購入する人がほとんどだった。
〈オターズ〉は普段自分のお小遣いの範囲内でオタク活動をしている。その時やはりどうしても費用がかかってくる。その費用を気にすることなく衣装作りが出来るとなっては、それはそれは最高の時間だった…
その衣装をバカにされたとなれば、居てもたってもいられず悪口を言う子らに真っ向から反論した。
それがいじめっ子にとっては面白かった。今までなんの反応も示さなかった3人が過剰に反応するようになったのだ。
悪口、陰口がエスカレートし、遂には衣装そのものにまで手を出すようになった。
〈オターズ〉が作った衣装はミスコン衣装だけではなかった。小さい部室を借りており、自宅で作った衣装を飾ったりしていた。そこにはもちろん、ミスコン衣装も飾ってあった。
部室に入った瞬間、悲惨な光景を目の当たりにする事になるのだった。
それから3人は涼海と距離をとるようになった。
涼海はというと、3人と距離の離れていく気まづさと、嫌われたかもという恐怖故に、声をかけれずにいた。その時間がより一層3人との溝を深めたのだった。
・・・・
自分の知らない所でそんな悲惨な事があったとは、考えもしなかった。むしろ、自分のことで一杯で、寄り添い、考えようともしなかった、自分に心底腹が立った。
3人の話が終わり、喫茶マルシェを後にした。
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
次の日の朝はぐったりから始まった。
「どうしたの涼海さんぐったりして」
「うん…ちょっとね」
「なにか考え事?」
隣の誰かの席に腰をかける零。
「…実は友達と、ちょっと色々あって…あぁーどうしたらいいのかなぁ」
顔を机に項垂れた。
「仲直り出来た?」
「い、いや、それどころじゃないって言うか…なんというか…」
あまりに複雑に絡み合っている状況に、気まづさから顔を背け眉を下げた。
「涼海さんはあんまり仲良くしたくないの?その友達と」
「そんなわけない、!」
上体を起こして机を軽く叩く涼海。その拳にグッと力が入る。
「じゃあ仲直りしよ!」
「そんな簡単に…」
(そんな簡単に出来るわけない)(そんな簡単に解決出来るわけない)そんな言葉が浮かんだがぐっと口を噤んだ。友達のことを考えていたつもりだった涼海だが、また、自分のことで一杯になっていることに気がついたのだ。
「私…また自分の事ばっか…」
「そんな事ないよ!だって涼海さんは友達のことを考えて悩んでるんでしょ?」
「そう…かもしれないけど…、私が仲良くすると友達に不幸が降ってくるって言うか…」
「そっか…俺じゃ守ってあげれそうにないかな?」
その言葉を聞いてはっと何かを思い出した。
零に付きまとっていた女子グループ涼海と仲良くするなと忠告しに来た日のこと。
零はキッパリ言って見せたのだった。
(俺の友達のこと悪くいうの辞めてくれる?それに君たち俺の何?……俺が付き合う友達は俺が決める、デタラメを言いふらすようならマジで許さないよ、言葉に気をつけな)
「そっか、私が…」
「?」
「私わかった!そっか!簡単だったんだ!ありがとう零くん!」
「どういたしまして」
零はニコッと笑って見せた。
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
「私ともう1回仲良くしてください!」
手を差し伸べた先には3人がいた。〈元オターズ〉の3人だ。
「す、すずみ?」
「昨日の話聞いてた?うちらとはもう距離を取った方がいいんだって」
「すずみん…」
その場を後にしようとする3人を引き止めるように言葉を送った。
「私、間違ってた。友達なのに、守ってあげられなかった。だから今度は、守らせてくれないかな、みんなと皆の思い出と」
「な、何恥ずかしいこと言って」
「ちょっとまって、…ちゃん」
強気な子がスタスタを歩きさって行き、後を2人が追って行った。
「また来るからー!」
・・・・
「…ちゃん」
心配そうに顔を覗き込むおっとりした子は、強気な子の表情を見て微笑んだ。
「…ちゃん嬉しそう」
強気な子は口元が緩んでいた。
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
「いないじゃん」
次の日の放課後、同じ時間同じ場所。
涼海は姿を現さなかった。
「嘘つき…」
3人はそのまま放課後を迎え喫茶マルシェに向かった。
喫茶マルシェに入ると、後ろから続けて誰かが入店する。
「今日は4人お揃いか、ごゆっくり」
すっかり顔なじみになった喫茶マルシェのオーナーは落ち着いた雰囲気のあるおじ様だ。
「4人…?」
後ろを振り返ると涼海が立っていた。
「なんで涼海がここに」
「学校じゃあれかと思って」
えへへと少し恥ずかしそうに頭を触る。
「まあまあ」
強気な子をなだめるおっとり。
3人はいつもの席に座ると、涼海もその席に座った。
「なんで涼海もここなのよ」
「まぁまぁ」
今度は涼海が強気をなだめる。
「昨日は急にごめんね、学校じゃ話しずらかったよね、昨日の返事聞かせてくれないかな。私と仲良くしてください!」
最初に口を開いたのは強気だった。
「いいの?あんたが傷つくだけだよ」
「みんなはもっと傷ついた」
「私もすずみんと仲良くしたいよ…」
「ちょっと…み!」
「嬉しい…!」
初めて聞けた言葉に涼海は涙ぐむ。
「うわああ!ありがとーー…、、み…、」
そのままおっとりにダイブした。
「もう…そんな」
強気も釣られて涙を溜めた。
「よしよし」
冷静は強気を撫で回した。
皆の泣き声は店内に響いていたり
本日は4人貸切状態だった。
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
「とゆうわけで紹介するね!」
おっとり女子
指野 梨美
アイドルオタク
日本のアイドルをターゲットにしており、地下アイドルのライブにも行くのだとか。
実はオタ芸も踊れる。
冷静女子
中川 紫央
アニメオタク
アニメ全般がターゲット。面白いと思ったアニメもそう出ないアニメも全部見るらしい。その理由は××。特に気に入ったものは、アニメと漫画の両方見る。それぞれの表現や言い回しの違いを探すのが趣味なのだとか。
実はコスプレ衣装は自作。
強気女子
永久 瀬奈
2.5次元オタク、舞台オタク
同人誌、コスプレイヤーの衣装、メイク等がどこまで追求されてるのか愛の深さを知ることに幸せを感じるのだとか。
実は舞台衣装に詳しい。
そして、私涼海
マイペース女子
涼海 聖菜
根っからのゲーム好き。得意ジャンルはFPS、ロボット、RPG。 大人気シリーズタイタンウォール(現在シーズン8まで続いている)古参プレイヤーであり、限定スキン持ち。
実は一番ひきこもりで両親が××。
「せなはこう見えて2.5次元が好きなんだ!こう見えて」
「こう見えては余計よ!」
涼海による〈元オターズ〉の紹介が終わり、無事仲直り出来たことを零は肌で感じた。
「ミスコンの衣装は総力戦ってことか、凄いな」
「なんで!?」
「あれ?違った?今まで見たことない衣装だったから、てっきり皆か作ったのかと…コスプレ衣装を自作できて、舞台での衣装の見せ方も知ってて…」
そう言われてなんだが3人が照れている。
「あぁ!そうそう、男装で着てた衣装白執事様?」
「そ、そう!そうなの!特に腰周りとテールにこだわってて…男装だけどすずみんのシルエットはしっかり出しつつ、女性らし過ぎないように…あっ、ごごめんなさいっ」
「すごい!だからステージの後ろからでもあんなにハッキリ見えてたのか!もっと聞かせて!」
「う、うん、!」
零は話かわかるやつだった。
「零くんって本当に誰とでもすぐ仲良くなれるんだね」
盛り上がっている様子を見ながら、涼海は感心した。
「ごめん、勢いよく話すぎちゃった……こんな話して、た、楽しいかな?」
梨美が恐る恐る聞く。
「楽しい!」
零は満面の笑みでそう答えた。
その様子を見て涼海は、零と出会えてよかったこと、仲直り出来出来たこと、何より、やっぱりこの雰囲気が好きなんだと噛み締めた。
「よ〜し!仲直りも出来たことだし、残るは」
「すずみん顔が怖いよ」
紫央の冷静にツッコミが入る。
「何をしようとしてるのよ」
強気女子瀬奈はいつでよ強気だ。
「何って、みんなを傷つけた人達に一泡吹かせに」
「そんな勢いのあるやっつだったっけ涼海って」
「だ、だめだよすずみん」
「止めてくれるな!」
「ま、前は確かに…酷いことがあったけど、今は無いんだ、本当に」
「今行ったらすずみんが悪者になるぞ〜」
「むむむ…」
ひと泡吹かせに行こうとする涼海と、それを止める3人の様子をひとり客観的に眺めている人物がいた。
「そういえば燎火祭はもちろん出るんだよね?」
「りょうかさい?」
涼海の頭にハテナが立った。
「7月にある夏祭りだよ」
「そんなのあったっけ…?」
「すずみんはゲームオタクだから」
「「あ〜」」
紫央の言葉に何故か皆が納得した。
「地域である夏祭りなんだけど、学校でもキャンプファイヤーとか屋台とかやってるんだ!文化祭程じゃないけどね。主催は市なんだけど、学校も参加してるんだよ!」
「そういえば、ステージもあったよね」
「あったあった!確か地域の団体が踊ったり…学校も参加してたよね」
「「「あっ」」」
3人が反応した。
「確かに…ファッションショーとかもやってるけど…」
「なになに?」
「そう、そのファッションショーに出てみるのはどうかなって」
零からの提案はいい案かもしれないと、皆(涼海以外)が思ったが、〈ミスコン〉の件がある。傷は誤魔化せても癒えないものだ。
「なになに?ファッションショーあるの?」
涼海か会話に入ってきた。
「うん一応」
「ほんと、うちの学校色々やってるね」
「でよ!是非でよう!ファッションショーで輝いて、私には最高の友人がいるんだ!って叫ぶんだ!」
「「「叫ばないで」」」
〈オターズ〉復活の瞬間だ。
ここから〈オターズ〉と〈モテぼっちな涼海〉の快進撃が始まるのだった。