5 『花の戦士! フラワーエンジェルチェリー!』桜町吹雪 その2
犬の脚力を持つ詩乃は、なんの迷いもなく、匂いの主がいる教室に向かって、突っ走っていく。桃子も短距離走には自信があったが、詩乃にはかなわなかった。詩乃が足を止めた教室には、部活動だろうか、男女の生徒が、10人ほど話し合いをしている。
「部活動のようだね」
左六女が窓際から教室をのぞく。
「で、匂いの人ってどの人なんですか?」
桃子も教室の生徒を見ながら詩乃にたずねた。
「あの人だよ」
指さす詩乃。女子生徒が2人、男子生徒1人を挟んで、グループを作っている。
「右側の人ですか? 左側の人?」
目を凝らす左六女。
「真ん中の人。間違いない。あの人の匂いだよ」
嬉しそうな詩乃が、そう言って飛び跳ねる。
「え? 真ん中の人って、男子じゃん。男装の麗人? いや、麗人じゃないし……。あの人、どう見ても男子ですよ」
左六女も、真ん中の男子を指さして詩乃に聞く。
「そうだよ。『フラワーエンジェルチェリー』の正体は、男の子なのです」
「えええええ!」
桃子、左六女、菊子の驚く声で、教室内の生徒が窓を開ける。件の男子だ。
「君たち、何? ごそごそと、うるさいんだけど。ひょっとして入部希望者?」
近くに来た男子をよく見ると、ミディアムヘア―だ。体格的にも、SNSの画像の『フラワーエンジェルチェリー』と同じくらい。
「すみません。ここは何部の集まりなんですか?」
いち早く我に返った菊子が、男子に聞いた。
「ここは、アニメ研究同好会です。今、ミーティング中なんですけど。何か用?」
そう聞く男子を、よそに4人は、体を寄せ合って、その場にしゃがみ込む。
「ねえ、どうする」
桃子が、小声で言う。
「アニメ研究同好会って、盛り上がっちゃったら、いつ終わるか分からないかも」
左六女が、チラチラと男子を見ながら言う。
「どんな人か分かりませんが、協力してもらえるか、してもらえないか早くハッキリさせたいです。一刻も無駄にできない状況ですから」
菊子が、桃子を見て言う。
「『フラワーエンジェルチェリー』は、協力してくれると思うよ。あの人から敵意の匂いは感じられないし」
詩乃が、鼻をクンクンさせて言う。
「よし、僕が今から、あの男子に話をつける!」
桃子は、立ちあがると男子の目を見つめて、胸元で指を組んで言った。
「あのう、わたしぃ、1年1組の吉備津桃子と言いますぅ。あのぅ、先輩にぃ、お話したいことがぁ、あるんですけどぉ……。ちょっと教室までぇ、来ていただけませんかぁ……。ここじゃ恥ずかしくてえぇ……」
目を潤ませて、もじもじしながら言う桃子を見て菊子が、左六女に囁いた。
「桃さん何か、愛の告白をするような口ぶりなんですけど……。桃さんにしては、妙に色っぽいし」
「うん。桃の色仕掛けを初めて見たよ。やればできるじゃん」
「桃ちゃん可愛い!」
詩乃も目を細める。
かんじんの男子は、
「何でそんなに媚びるんだ、何かわけがあるの? わかった。話を聞くよ」
きびきびと答える。桃子の色仕掛けは、通じなかったようだ。
4人と男子は、1年1組の教室に向かった。