4 『ドッグノーズ』里見詩乃 その7
「わかった。桃ちゃん、左六女ちゃん、菊ちゃんね。実はね、私は、さっきも言った通り、2年になって、いじめられてたんだ。悲しくて、悲しくてさ。家で泣いてた。そしたらね」
詩乃は、幼子のように語り始めた。
「ええ、そうしたら?」
身を乗り出す3人。
「うちで飼ってる、トイプードルのエイトが、私に話しかけてきたの。ああ、直接言葉じゃなくて、テレパシーみたいなやつ。心の中に言葉を送って来たの」
「その、エイトって普通の犬ですか?」
さらに詩乃に近づく桃子だった。
「そうだよ。普通の薄茶色のトイプードル。そのエイトが言うには、大昔から身の回りで大変なことが起こると、犬は自分の能力を、人間に貸して助けてきたんだって。で、エイトは悲しんでいる私に、犬の能力を貸してくれるって言うんだ。わたしは、鋭い牙とか、引っ掻く爪とかを、貸してくれると思ったんだけど。エイトが貸してくれたのは、犬の嗅覚と脚力だったの。私の知能と引き換えに」
「は? 犬の嗅覚と脚力が身についたのは分かりましたが、詩乃さんの知能と引き換えって……。どういうことですか?」
桃子が、ゴクリと唾を飲み込んで聞いた。
「うん。それはね。犬の能力は貸してくれるけど、そのかわりに、わたしもエイトに、何かを貸さなきゃいけないっていわれたんだ。それでね、エイトが望んだのがわたしの知能。それで、エイトとわたしの知能を取り換えたの」
「え、取り換えたって……詩乃さんの高2の知能と、犬の知能を取り換えたってことですか!」
左六女も、ズイズイと詩乃に迫って来た。
「そうだよ。今私の知能は、犬並み。エイトは賢いから、小学5年生ぐらいかな。普通の生活は全然困らないよ。そういうことで、わたしの知能とエイトの犬としての能力を交換したの」
屈託なく笑う詩乃。
「あの、それで詩乃さんの嗅覚は、どれぐらい凄いの?」
桃子は、嗅覚と言われてもピンとこない。
「動物図鑑には、人の数千から一億倍って書いてあったけど……。そうだなあ、この校舎内だったら、桃ちゃんや左六女ちゃんや菊ちゃんが、どこに隠れようとも、臭いで見つけることができるよ。足も速いから1分以内で見つけちゃうよ」
詩乃は、ドヤ顔で3人の臭いを嗅いだ。
突然、左六女は立ちあがって、詩乃の手を握る。
「それはすごい! この能力は、暗い迷路の中では、絶対役に立つよ。怪物のいる場所とかも分かるはずだ」
「何? 迷路とか怪物って?」
小首をかしげる詩乃だった。