第7話 新しい生活と新たな幕開け
ディナーを終えたフィーネは、リンに自室に案内されていた。
「こちらがフィーネ様のお部屋でございます」
「これが、私のお部屋なのですか……?」
フィーネはあまりの部屋の広さに戸惑ってしまう。
(こんな広いお部屋をいただいていいのでしょうか?)
近くにあったベッドのシーツを触ると、それはふわふわとあたたかい。
(いい香りがします、お日様みたい……)
日当たりもよく、窓の外を覗くと庭師がちょうど庭の手入れをしていたところで、彼がフィーネに向かってお辞儀をした。
本棚には伯爵家にいた頃にも見たことがないような量の本が並んでいる。
「フィーネ様、気に入っていただけましたでしょうか?」
「はいっ! ありがとうございます、リンさん!」
「リンで問題ございません」
「え?」
「私はフィーネ様にお仕えする身です。そのように呼ばれてしまうのは恐れ多い事でございます」
すると、そう言うリンに対してフィーネは少し考えた様子になり、そしていい案を思いついたようにポンと手を叩くと、笑顔でリンの手を握る。
「では、こういうのはどうでしょう? 私とあなたはおともだちなので『リン』と呼ばせてもらうのは」
「おともだち……」
「はいっ! 主従ではなくおともだちとして接してくださいませんか?」
その言葉に少し困ったように目をきょろきょろさせて息を飲むと、リンは問いかける。
「フィーネ様はそれをご希望ですか?」
「ええ、もちろん今すぐでなくていいんです! でも、なんだかそんな特別扱いは慣れてなくて……」
フィーネは居所が悪いようにそわそわする。
それを見たリンはまた深くお辞儀をして伝えた。
「フィーネ様が素敵な方だと身をもって分かりました。誠心誠意尽くさせていただきます」
「え!? そんな、普通です!!」
オズの知らないところでまたしてもお辞儀合戦が繰り広げられた──。
◇◆◇
フィーネがふと目が覚ますと、ぼんやり人の陰が見えた。
(だれ……?)
それは次第にはっきりと形になっていき、ようやくそれが昨夜ディナーを共にした人だと気づく。
「うわっ!」
「しっっっつれいね!!! そんなお化けみたような声出さなくてもいいじゃない!」
ぷんすかといった様子で拗ねる様子は、昨夜もみたエルゼの仕草そのものだった。
昨日よりもドレスが普段着寄りになっており、そしてメイクも心なしか落ち着いている。
(大奥様がいらっしゃるってことは、何かした?)
そう思い、フィーネは恐る恐るエルゼに尋ねる。
「何か粗相でもございましたでしょうか?」
「なんで?」
「なんでと申されましても、その、私の部屋に朝早くからいらっしゃるということはよっぽどのことかと」
「何言ってるの、もうお昼よ?」
「え……?」
時計を見ると、そこには13時すぎの針が見える。
慌ててフィーネは飛び起きると、夜着のままベッドの上で正座してエルゼに謝罪をする。
「申し訳ございません、大奥様! 私のようなものが寝坊をしてしまい……」
ベッドに頭をめり込ませながら謝罪をするフィーネの顔を優しくあげて、口元に人差し指をあてる。
「ダメよ、『私のような』なんて言葉を使っちゃ。レディはもっと胸張って堂々として、そして強く生きなさい」
フィーネにはその言葉がなにより心に沁みた。
今まで虐げられるだけの日々だった自分の人生に大きな光が差したような、そんな気がした。
「さ、これからは一つフィーネちゃんにやってほしいことがあるの」
「なんでしょうか?」
「公爵夫人教育」
「え?」
フィーネ自身すっかり忘れていたのだ。
自分を買った主人、そして夫となる人物が公爵だということを──。
「でも私マナーがまだ慣れなくて……」
「大丈夫よ! 私とリンで教えるから!」
エルザはそう言ってえっへんという感じに嬉しそうに、そして誇らしく胸を叩く。
リンに目を移すと、彼女はおしとやかにお辞儀をして無言の返事をする。
「でもお二人ともお忙しいのでは……」
「大丈夫よ! 私は暇だもの!」
「わたくしはフィーネ様専属侍女でございますので」
二人の心強い返事を聞いて、フィーネはふと馬車での彼の言葉を思い出した。
『君は公爵夫人として苦労をするかもしれない』
『はい、覚悟しております』
『でも君には僕を含めて味方がたくさんいる』
『味方?』
『いずれわかるよ』
馬車でのオズの言葉の意味がようやくわかったフィーネは、エルゼとリンの顔を見て思う。
(味方……私には、今の私には味方がいる。とても嬉しいこと。光栄なこと。ならば……)
フィーネは二人を交互に見ながら部屋中に響き渡る声で言う。
「やらせてください! ご指導お願いいたします!!」
その言葉にエルゼとリンは顔を見合わせて微笑み、エルゼはフィーネの肩を上げてその翡翠色の目をしっかり見つめて言った。
「一か月後にこの屋敷であなたのお披露目パーティーが開かれるわ。それまでにマナーをきちんと理解して身につけること。いいわね?」
「はいっ!」
その威勢のいい返事にエルゼは嬉しそうに微笑みながら、手を叩きながら告げる。
「私の指導は厳しいわよ~! 覚悟しなさい!!」
「よ、よろしくお願いいたします!」
こうして公爵夫人教育の日々が幕を開けた──。




