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第10話 リンの過去

 少女は冷たい雪の上をお腹を空かせてただひたすらに歩いていた。

 どこか目的地があるわけではない、ただひたすらに歩いてみていた。



 彼女は貧しい家庭で育ち、そして両親は病で亡くなった。

 当然、薬を買う金もなく少しずつ衰弱する両親の様子をただひたすらに見ている事しかできなかった。

 ああ、神様、どうかお父さんとお母さんを助けてください。

 そんな少女の願いも虚しく、両親はそのまま亡くなったのだ。


 そうなれば、少女にはもうどうする術もない。

 ただの藁ぶき屋根の小さな小屋の家に、大人の男が入ってきて少女を連れて行った。

 彼らは奴隷商人であり、貿易船の隙間に乗せて他国に少女を売ろうとしたのだ。


 彼女に抗う術はなかった──。



 数十日の船旅で体力を余計に消耗しながら、あと少しというところで船は嵐によって難破してしまう。


「んぐっ!」


 溺れそうになりながらもなんとか流れがよかったのか、少女はある国にたどり着いた。

 そこで疲れて休んでいた馬車によって運ばれて、ある街にたどり着く。


「ここ……どこ……」


 馬車を降りて御者に尋ねるも、汚らしい格好のせいで乞食と勘違いされて剣を向けられた。


「ひいっ!」


 少女は慌てて森の方へと走って逃げて行った。

 赤くなっていく少女の足、そして手……。

 寒さで体が凍えてどんどん体力を奪っていく。


 ついに足も限界が来て、雪の上に倒れ込んでしまう。



(お父さん、お母さん、もうすぐ……りんもいくね……)


 目を閉じて意識を失いかけていたその時、明かりを顔に向けられて目が覚める。

 そして誰かに抱き起されて、顔に積もっていた雪を払って生死を確認された。


「暖かい毛布をっ!」


 そんな言葉がリンの耳に届いた。

 だが、そこでリンは意識を手放した──。




 目が覚めると、リンは今まで見たこともない異国の地の豪華な部屋にいた。

 なんだろうか、このふかふかの寝床は……。

 そんな風に思いながら周りを見渡しても、見慣れないものばかり。


「起きたかい?」

「……?」


 少年はリンの目をじっと見つめている。

 なんて綺麗な青い瞳なんだろうと彼女は思った。

 だが、それよりも彼の言葉を聞いても何と言っているのか、リンは理解できなかった。


(違う言葉……?)


 すると、彼は再び口を開いた。


「君は雪の中で倒れていたんだ、覚えてる?」

「…………」


 やはり彼の言葉がわからない。

 リンは自分が異国の地に来てしまったことに気づき、そして彼も他国の人間であるということに気づいた。


「ちょっと待っててくれるかい?」


 身振り手振りで「待っててほしい」と伝えてくれた彼に対して、リンは頷く。




 部屋を去ってしばらくして、彼は分厚い辞書を持って戻ってきた。

 彼はそのページをペラペラとめくると、何かを探すようにしながらたどたどしく話す。


「なに………なまえ……?」


 今度ははっきりリンには理解ができた。

 もしかして自分の名前を聞いてくれているのかもしれないとリンは考え、答える。


「りん」


 その言葉を聞き、彼は嬉しそうに笑う。


「リンか! 君はここでしばらく休むといい、それから……えっと……これじゃあ伝わらないね」


 ペラペラとまた辞書をめくると、また単語で伝える。


「住む、あなた……ここ」


 単語から推測するに、ここに住んでいいと言っているのだろうか、とリンは戸惑う。

 そんな風に不安な表情を浮かべていたら、少年はそっと彼女の頭を撫でた。


「リン、君はここにいていいんだ」


 リンはその時なんて言われたのかわからなかったが、なんとなくここにいていいようなそんな雰囲気を感じ取った。

 そして、少年はリンのいる部屋に毎日訪れて、そして少しずつ覚えてきた単語を話して意思疎通をはかる。


 少しずつリンはこうして、この家の人間と心を通わせていった。

 少年の名前がオスヴァルトということを知るのは、もう少しあと──。




◇◆◇




「いけませんね、月が出ているからでしょうか。あの日のことを思い出しました」


 リンは自室で窓際から外を眺めて呟く。

 オズとリンはお互いに勉強を重ねて言葉を覚えるようになり、そして不自由なく暮らせるようになった頃にリンはメイドとして働きたいと志願して今に至る。


 そして、ある日オズはリンにこう言った。



『リンは凛とするという意味があるんだ。リンのご両親はそうなってほしいという意味でつけたんじゃないかな』



「オズ様、お父さん、お母さん。私は凛と生きられているでしょうか」


 その呟きは月が輝く夜の闇に消えていった──。

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