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雪の刃—殺し屋の元王女さま  作者: 栗パン
第九章:飛雪は六月に非ず、沈みし冤ついに天光に
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99 王子の名と共に

クラウスは夢を見た。


冷たい闇。狭く息苦しい部屋の中で、彼は床の隅にうずくまり、震えていた。なぜここにいるのか、何が起きたのか――思い出せない。ただ、本能的に恐怖を感じ、声を出すことすらできなかった。


静寂が支配する空間。だが、耳を澄ませば、闇の奥底に何かが潜んでいる気配がわずかに伝わる。


蒼霖国の王宮に、こんな部屋はない。少なくとも、彼は見たことがなかった。

――だから、これは夢だ。 ただ、この夢を彼は何度も、何度も見続けている。


滴る水音が聞こえた。じわりと冷気が忍び寄り、骨の芯まで染み込んでいく。そして、次の瞬間、鋭い痛みが頭を貫いた。

「……クソ、頭が割れそうだ……」


荒く息を吐きながら、クラウスはバッと目を開けた。ぼやけた視界が少しずつ鮮明になり、見慣れた部屋の輪郭が浮かび上がる。

白瀾国を訪れて以来、この頭痛はずっと続いていた。そして、凛音たちが蒼霖国に来てからというもの、痛みはますます激しくなり、安らぐ日は一日たりともなかった。


その頃、長明堂。


「蓮、クラウスに真実を話すつもり?」

「まだ真実とは言えない。ただの推測だ。でも、一度話してみようと思う。」

「なら、私は望月公会へ行って情報を探ってくる。」


望月公会の拠点は梅花亭の真下にあり、それを知る者はほとんどいない。入り口には毒矢が仕掛けられており、誰であろうと、それを突破しなければならない。セレーネでさえ例外ではない。


凛音が門をくぐった瞬間、小さな少年が口笛を吹いた。「やるじゃん。」

続いて、水飴を口に含みながら、ツインテールの少女が言った。「ふーん、あんた、毒矢をかいくぐるのに息一つ乱してないんだね。」


凛音は微笑みながら軽く頷き、静かに返す。「初めまして、林凛音です。……まあ、初めましてってわけでもないけどね。」

――あの夜、亭の影に潜んでいた者のうち、二人がここにいる。


「やっと来たね、待ってたわ。」

セレーネは内廊から顔を覗かせ、にこにこと笑いながら手を振って凛音を招き入れた。


「私がここに来た理由、分かってる?」

「そろそろ……皇帝の弟について探り当てた頃でしょう?」


「お前、何者だ?」

「私?誰でもないわ。ただ、筋の通らないことを見過ごせない性分なだけよ。」


「殺し屋のくせに、『筋を通す』なんて語っていいの?」

「だから何?この世に絶対的な善も悪もないわ。法が裁けぬ者がいるなら、私たちはただ天の代わりに裁いているだけ。」


「雪華国の真相、どこまで知ってる?」

「真相ね……そんなもの、私に分かるはずがない。ただ言えるのは――雪華国の滅亡は、いくつもの陰謀が絡み合った結果にすぎないってこと。『雪蓮花』も、その因果の一つに過ぎないわ。」


このやり取りだけで、セレーネが最初から準備していたのは明白だった。


「じゃあ、蒼霖国皇室のことは?」

セレーネはふっと微笑み、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「言えることはただ一つ――本物の王は、とうの昔に死んでいる。今の王室に、真の王族はただ一人だけよ。」


「どういうこと……?」

凛音は息を呑んだ。だが、その場に漂う静寂が、それ以上の答えを拒んでいた。


蒼霖国王宮。


バンッ――!

硬い机を叩く音が響く。

クラウスは拳を握りしめ、蓮を睨みつけていた。

「お前……何を言っている?」


蓮は視線を逸らすことなく、はっきりと言い放つ。

「だから、お前は彼の本当の息子じゃない。」


――分かっていた。

いや、正確には薄々感じていた。

彼は、俺の本当の父ではない。


だが、それでも。

どこかで、信じたかった。


これはただの勘違いであってほしい、と。

彼は俺の父であり、本当の家族なのだ、と。


「玄武が現れなかった理由を探った時、浮游は血に何か違和感を覚えたと言っていた。もしかすると、真の王族ではないのかもしれない。」


王族、王位、王様。

そんなものに、何の価値がある。


俺が知りたいのは、ただ一つ。

本当の家族は、どこにいるのか?


あの冷たく、漆黒の部屋。

あれは、俺の部屋なのか?


「昨日、宮門の前で聞いた。クラウスは今でも、自分の本当の正体を知らないらしい、って。」


本当の正体――

それは、俺が知りたくないものなのか?


本当の家族は、まだ生きているのか?


「アミーリアが宮中で聞き込みをしたが、誰もお前たちの誕生のことを知らなかった。」

「だから、アミーリアを巻き込むなって言っただろ。」


「いいや、彼女はずっと前から知っていたらしい。彼女がそう言っていた。

血の繋がりがなくても関係ない。

お前は彼女の兄であり、蒼霖国の第一王子。

そして、彼女は蒼霖国の第一王女だ。」


「まったく、アミーリアらしいな。かっこいい妹を持ったもんだ。」

クラウスはふっと笑みをこぼした。


俺は……結局、何者なんだ?

なぜ王族に育てられた?


それを知ることに、意味はあるのか――

いや、ある。絶対にある。


だが、今はそれより先にやるべきことがある。

真実を知るためにも、進まなければならない。


「さて、次は俺が何をすればいい?クリスの冤罪、晴らさないとな。」



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