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雪の刃—殺し屋の元王女さま  作者: 栗パン
第七章:潜みし龍、今は待つ時
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96 再誕の白、滅びの紅

「浮遊、出てもらえませんか?」


「どうしたな。」

天際から悠遠な龍吟が響き渡る。次の瞬間、銀白の光が舞い降り、秘園の中心に降り立った。浮遊は蓮池を一瞥し、その澄んだ瞳にわずかに陰りを落とした。

「……これは、随分と穢れた花だな。」


「そうですね。」

凛音は迷うことなく池の縁へ歩み寄り、血蓮を一つ、また一つと摘み取っていく。

「だが、浄化できるかしら?」


「浄化?そんな必要ねえよ。血にまみれ、もはや呪いの花だ。」


「でも、昔、浮遊が言ったんじゃない?雪蓮は元々、浮遊の力の根源。そして、元々は雪華国の花だ。」

凛音は顔を上げ、まっすぐに浮遊を見つめる。

「私の国は滅びて、もう多くの信徒を捧げることはできない。信仰があれば、あなたはもっと強くなれるのに……それすら叶えてあげられない。」


浮遊は言葉を失った。その現実は、彼自身が最も痛感していることだった。

もし自分がもっと強ければ——林夫人は死なずに済んだかもしれない。


「浮遊がもっと強くなれば……もう、前みたいに長い眠りにつかなくて済むの?」

「凛音……」


浮遊は、彼女が自分の力不足を責めるのではないかと、どこかで恐れていた。

——だが、違う。

それは凛音じゃない。彼女は、いつだって前を向いている。


「私は、浮遊に白虎や朱雀のように、誇り高く空を舞う力を取り戻してほしい。」

凛音は、雪蓮をそっと握りしめながら微笑んだ。

「もしこの雪蓮に、ほんの僅かでも、あなたの力を取り戻す可能性があるのなら……私は、そのために全力を尽くしたい。」


「浮遊は、私の家族だから。」


凛音がそう呟いた瞬間、手の中の血蓮がかすかに脈打つように光を帯びた。まるで意志を持つかのように、淡い輝きを放ちながら震え、彼女の手からふわりと宙へと浮かび上がる。


赤黒かった花弁は、ゆっくりと色を変えていく。深紅から薄紅へ、そして純白へ——まるで穢れが祓われていくかのように。


その光はますます強くなり、雪のような煌めきを纏った瞬間、花はひとりでに跳ねるように弾け、一直線に浮遊のもとへと飛び込んだ。


そして、そのまま彼の身体に吸い込まれるように消えていった。


「ああ……希望だ。」

長年、失われていた心の欠片——そう、それは、希望だった。


「浮遊?」

突如として、空中に浮かぶ青龍が眩い光を放った。その輝きは夜空を貫き、辺り一面を照らし出す。闇に沈み、血の匂いに満ちていた蓮池も、今や清らかな光に包まれ、穢れの影さえも洗い流されていくようだった。


その頃。

「ちっ。」朱雀は小さく舌打ちをし、何の前触れもなく蓮の頭を小突くように啄んだ。まるで不機嫌そうに見えたが、その嘴と瞳にはどこか愉快そうな色が滲んでいた。


「いきなり何をする!」

「さっさと行けよ!青龍のやつ、力が戻ったんだ!」


蓮は驚きつつも、すぐに態勢を立て直し、シアンの屋敷で見つけた書類を素早くまとめた。急がねばならない。蓮は凛音のもとへ向かい、足をさらに速めた。


「凛凛!大丈夫ですか?」

「大丈夫に決まってるだろう。わしがついてるんだからな。」

浮遊は空から舞い降りると、その巨大な姿をすっと縮め、いつものように凛音のそばに寄り添う小さな龍の姿へと戻った。


「うん、ありがとう、浮遊。」

凛音が微笑むと、突然、朱雀がふんっと鼻を鳴らした。

「ちっ、力が戻ったけど、信徒はたったの二人だけかね!」

「なんだと?!」浮遊が思わず抗議の声を上げる。


「いいえ、私も浮遊を信じますよ。」

蓮はくすりと笑いながら、軽やかにそう言った。


「なんだと?!」今度は朱雀が声を荒げた。


一瞬の沈黙の後、凛音と蓮は顔を見合わせ、くすりと笑う。浮遊はむっとした表情を浮かべながらも、どこか誇らしげに尾を揺らした。


「……帰ろうか。」


それは、誇り高き神であり、共に戦う仲間でもある。

天を翔けるはずの龍が、傍らに寄り添う小さな龍であることを選んだ。


長明堂。

蓮は短く息を吐き、手に持った書簡を広げた。

「思った以上に、大事なものを見つけたよ。」


そこに記されていた内容は、これまでの疑問を全て繋げるものだった。

白瀾国の辺境で続く不穏な動き、蒼霖国の辺境で繰り返された屠殺、そして、賤民営における非人道的な弓矢練習——すべてが、雪蓮のためだった。


癒しの雪蓮。死を司る血蓮。

この二つの力を手にしようとする者が、国家規模で計画を動かしていた。


これほどの規模の計画、一人で動かせるものではない。

軍、貴族、商人……複数の勢力が関与しているのは明白だった。


「これは、最終的にどこへ繋がる?」

凛音が低く呟く。


「私の推測が正しければ、これを動かせるのは限られた者だけだ。」

蓮は手の中の書簡を見下ろしながら、言葉を紡ぐ。

そして、証拠が指し示すのは——現皇帝の弟、デイモン。


「……ここからが、本当の戦いだな。」


その時——扉が乱暴に開かれた。

振り返ると、クラウスが息を切らしながら飛び込んできた。


「クラウス?どうしたの、そんなに急いで?ちょうどよかったわ、聞きたいことがあるの。」


しかし、彼の表情を見た瞬間、凛音は言葉を飲み込んだ。

蒼白な顔、荒い息。


「お前……落ち着いて聞け……」

クラウスは一度息を整え、強張った声で告げた。


「——クリスが、死んだ。」


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