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雪の刃—殺し屋の元王女さま  作者: 栗パン
第七章:潜みし龍、今は待つ時
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95 多く不義を行へば、必ず自ら斃れん

久しぶりに、凛音は真っ赤の服を纏った。けれど、彼女は本来、赤を好まない。それは血の色に似ているから。かつて殺し屋となる決意をしたあの夜、彼女は同じように深紅の衣を身にまとっていた。

「復讐のためにも、人を救うためにも、私は喜んで殺します。」

そう誓い、剣を振るい、命を奪い続けた。その時の赤は、舞うための装いだった。


今回は違う。これは雪蓮のため、雪華国のため、そして無数に散った命のための紅だった。降り積もる雪の中、一歩踏み出すたびに白銀の世界に鮮やかな足跡が刻まれる。


その姿は、まるで真に咲き誇る血蓮のようだった。ただし、今回は決して妖艶なものではない。この血蓮に宿るのは、静かなる誓いと揺るがぬ意志。そして、それは無垢な命を弄んだ悪党への裁きとなる。


凛音はまっすぐシアンの屋敷へ向かった。一切の躊躇もなく、勢いよく門を蹴り開け、大股で堂々と踏み込む。手には雪の刃。邸内にいた使用人たちを鋭く見据え、冷然と告げた。「死にたくなければ、すぐに去れ。」


彼女は歩みを止めることなく、ただ前へと進み続けた。邸を抜け、秘園へと続く回廊を踏みしめる。扉を押し開けた瞬間——目の前に広がるのは、黒と紅が交錯する異様な蓮池。

彼女は淡々と視線を向ける。池の畔に立つ男、シアンへ。


「私が来るのを待っていたのね。」

「こんな美しい蓮を、そう簡単に手放せるわけがないだろう。」


「こんなものの、どこが綺麗だ!お前、本当に歪んでるわね。」


シアンは余裕の笑みを浮かべながら、くるりと凛音の方へと向き直った。

「望月公会か。だが、その顔は見覚えがないな……さて、ご貴殿は本日、どのようなご用件で?」


——見覚えのない顔?まさか望月公会の情報が漏れたのか?それとも、奴らと何か関わりが……?


「そうですが、今日は望月公会の殺し屋として来たわけではない。

雪華国の王女として——雪蓮を、すべて返してもらうわ。」


シアンは目を見開き、その瞳に期待の色を宿した。

「雪華国の王女がまだ生きているのか?ならば、お前なら血蓮をすべて咲かせることができるのか!?」


——違和感。もし望月公会と繋がりがあるのなら、なぜ私が生きていることを知らないのか。


「咲かせる?いいわ。お前が私に勝てたならね。でも、負けたら死んでもらうわ。」


シアンは一瞬驚いたように目を細めたが、すぐに愉快そうに笑みを浮かべた。

「はは……なかなか強気だな。しかし、私に刃を向けるとは、不公平じゃないか。私はただの医者ですからね。」


「医者?」凛音は鼻で笑い、シアンをまっすぐ見据えた。「笑わせないで。でも、医者なら毒の扱いにも長けているでしょう?」

一歩踏み出し、言い放つ。

「ここにある薬草だけで、それぞれ毒を作る。そして——互いに飲むのよ。」


一瞬の静寂。


「ほう……」シアンは喉を鳴らし、口角を上げた。「つまり、私とお前、どちらが本当に『医』を極めたか——ここで決めるということか。」


「いいえ。」凛音の声は揺るがない。「私は医者ではない。でも、毒でなら、お前に勝てる。」


シアンは目を細めたが、すぐに喉を鳴らし、愉快そうに笑い出した。

「面白い……ならば、お前の命、私がもらうぞ。」


シアンは慣れた手つきで薬草を選び、器用に調合を始めた。

一方、凛音は蓮池のそばに立ち、沈黙のまま血蓮を見つめる。


やがて、シアンは調合を終え、杯を手に取り、凛音の前に差し出した。

「では、お手並み拝見といこうか。」


凛音は迷いなく杯を取り、毒を口に運んだ。

——何の変化もない。


シアンは眉をひそめた。本来なら劇毒のはず、すぐに吐血して倒れるはずだった。だが、凛音は平然としている。

「……耐性があるのか?」彼はそう呟き、慌てて次の毒を調合し、再び杯を差し出す。


二杯目。三杯目。四杯目——


凛音は一度もためらうことなく、すべてを飲み干した。


「バカな……!」シアンの顔色が変わる。

信じられないというように後ずさり、そのまま地にへたり込んだ。


「では、私の番だ。」

凛音はゆっくりと膝を折り、静かに血蓮へ手を伸ばす。指先が赤黒い花弁を摘み取り、まるで何気ない仕草のようにシアンの前へ差し出した。

「食べてください。」


シアンの手が小刻みに震える。伸ばしかけた指は、花弁の直前で止まった。

——わかっている。それが何を意味するのか、誰よりも知っている。

彼自身が育てたものだ。その一片でさえ、人を確実に殺せると。


何年もかけて培養した血蓮。

彼は、これを用いて数え切れぬほどの実験を重ね、毒性を調整し、死のタイミングさえも操ろうとした。

毒の強さを変え、効き目を調整し、完璧な「死」を作り出そうとした——そう、死すらも支配するために。


だが、今、それが己に向けられている。


喉が詰まり、シアンの呼吸が乱れる。

指は震えたまま、血蓮の花弁に触れられない。

目の前にあるのは、自らの手で生み出した「死」。そして、その死の前に、彼は抗う術を持たなかった。


「いや、どうして……お前は死なないの……?」

ありえない。何杯も飲んだ。どれも確実に致死量のはず。

それなのに——

目の前の女は、ただ静かに立っている。


シアンの喉がひゅっと鳴る。背筋に冷たいものが走った。

今までのどんな実験でも、ここまでの耐毒性を持つ人間など——


「……お前は、人間なのか?」

その言葉は、呻くように零れ落ち、

まるで虚空に飲み込まれるように消えていった。


「人間よ。お前なんかより、よっぽど本物の人間だわ。」

凛音はさらに一歩踏み出し、冷たく見下ろした。

「さあ、食べなさい。」


シアンは震える手で花弁を受け取りながら、かすれた声で問いかけた。

「……なぜ、お前は死なない?」


凛音はゆっくりと襟元に手を伸ばし、小さな結晶を取り出した。

それは、かつて浮遊が雪華国を去る際に封じた、最後の雪蓮。


彼女がそれをそっと両手で包み込むと、微かな光が滲み出し、やがて四方へと広がっていく。

淡い輝きが空気に溶け、無数の雪の結晶が舞い降りる。


やがて、結晶は淡い光を纏い、透き通る白き花として咲いた。

そう、それは—— 本物の雪蓮。


シアンは息を呑み、手の中の花弁を見下ろした。

自ら育て上げた血蓮。

毒を塗り重ね、何度も実験し、死を操ろうとした果ての産物。


——本物は、こんなにも美しいのか。


彼は震える指を無理やり動かし、花弁を口に含む。

もう、逃れられない。


次の瞬間——

唇から、一筋の血が零れ落ちた。


「——っ、あ……」


視界が歪み、膝が崩れる。

喉の奥から熱がせり上がり、胸を締め付ける激痛が駆け巡る。

シアンは呻きながら、蓮池のほとりへと倒れ込んだ。


多く不義を行へば、必ず自ら斃れん。


最近ずっと執筆していて、後のストーリーを考えながら、1日に十数時間も書いていました。そのせいで、うっかりある日更新を忘れてしまい、その後も気づかずに92話を飛ばして93話、94話と更新してしまいました。今日ようやく気づいて、すべて修正し、95話も更新しました。本当に申し訳ありません。


(もし読んでくださっている方がいたら、あるいは、次にこういうことがあった時は、気軽にコメントで教えてくださいね!)

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