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雪の刃—殺し屋の元王女さま  作者: 栗パン
第七章:潜みし龍、今は待つ時
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88 夜の帳が隠すもの

自動更新の設定を間違えてしまい、更新時間を誤ってしまいました。申し訳ございません!!!

少しでも楽しんでいただければ幸いです!

「起きてください、クラウス殿下。外へ出ますよ。」

「……今、何時だ?」ク

ラウスは寝ぼけ眼を擦りながら、窓の外の漆黒の闇をぼんやりと眺めた。そして、目の前の策士を訝しげに見つめた。


「お父様は言っていました。町の治安を知るには、深夜に何が起きているかを見るのが一番だと。」

月明かりの下、広がるのは静まり返った街並み。通りには、彼ら二人の足音だけが響く。


「何も起きてないじゃないか。こんなに静かなら、むしろ平和そのものだろう?」「……それこそ、不自然だと思いませんか? 人の気配がまったくない。猫も、犬も、ましてや鳥すら飛んでいない。」

クラウスは返す言葉を失った。

「それに、私たちが泊まった宿の主人は、自分の店の商売に詳しくなかった。」「……お前の疑い深さには呆れるよ。もういい、宿に戻る。」


その瞬間——

凛音はふと、通りの暗がりに潜む視線を感じた。彼女は反射的にクラウスの腕を引き寄せ、小声で囁いた。「静かに!」


案の定、二つの影が音もなく忍び寄る。腰に鋭い刃先が突きつけられ、低く抑えた声が響いた。「……ついて来い。」

クラウスはわずかに眉をひそめ、凛音は微動だにしなかった。


二人は、町からさほど離れていない山中の洞窟へと連れ込まれた。道中、誰一人として口を開かず、ただ歩き続ける。

彼らを縛る縄は驚くほど緩く、二人の実力をもってすれば逃げるのは造作もない。むしろ、一瞬で片がつくだろう。それでも、二人は逃げようとはせず、大人しく足を進めた。


洞窟に足を踏み入れた瞬間——

「クラウス殿下、大変申し訳ございませんでした。卑職の無力ゆえ、やむを得ずこのような手段を取らせていただきました。」

砂埃にまみれながらも、どこか気品を漂わせる男が一人、姿を現した。彼は堂々とした歩みで近づくと、胸に手を当て、片膝をつき、深々と頭を垂れた。


「クリス、お前はどうしてここに?」

「殿下、どうか、この命をお奪いください。」

クリスは突然、その場に両膝をつき、涙を滂沱と流した。

「……何を、いきなり?」


数日前、辺境。


町の夜は、いつものように仄かな灯火と立ち昇る炊煙に包まれていた。家々からは夕餉の香りが漂い、穏やかな幸福が広がっていた。クリスは、食卓に座り、そっと匙の粥を冷ましながら、幼い五歳の息子に食べさせていた。小さな口でゆっくりと粥を含み、無邪気に笑った。その様子を、妻が優しく見守っていた。穏やかな夜だった。


しかし、その平穏は、一陣の急な足音によって無残に破られた。

「長官、大変です!」息を切らせ、蒼白な顔で駆け込んできた部下が、地面に膝をつきながら叫ぶ。「民が……すべて兵営へ連行されました!」


クリスは驚愕し、勢いよく立ち上がった。椅子が床に倒れ、室内の灯火が揺れる。

「何だと?!」

外套を羽織る間も惜しみ、彼は門を飛び出した。足早に駆けながら見渡した町は、あまりにも静かだった。昼間まで賑わっていた市場は消え去り、通りには誰の姿もない。ただ夜風が細くうなり、瓦の間をすり抜けていく。


やがて辿り着いた兵営。

そこに広がっていたのは、彼の想像を絶する光景だった——


百、いや、千を超える民衆が、城壁の下に跪かされていた。手足を縛られ、泣き叫ぶ母親が幼子を抱きしめ、父親たちはかばうように家族の前に立つ。それでも、誰もが絶望の色を隠しきれなかった。


クリスは息を呑み、視線を上げる。城壁の上には、辺境の駐屯軍を率いる将校が立っていた。高みから無力な民衆を見下ろし、愉快そうに笑っている。


「ハッ、見ろよこの虫ケラども……」

将校は冷笑しながら吐き捨てた。

「みんな、まるで自分が生きて帰れるとでも思っているのか?」


「彼らは罪のない民だ! なぜ捕らえた!」

クリスは怒りを抑えきれず叫んだ。

だが、将校は肩をすくめた。「罪? そんなもの、どうでもいいだろう?」彼は皮肉げに微笑みながら、手をひらひらと振った。「この貧民どもが生きようが死のうが、誰が気にする? どのみち、役立たずだ。」


「貴様——!!」

クリスが前へ出ようとした瞬間、部下が必死に彼を押し止めた。

そして——将校の手が、ゆっくりと振り下ろされた。

「放て!」

——無数の矢が、黒い雨のように降り注ぐ。

「やめろぉぉぉ——!!」

クリスの絶叫も虚しく、次々と矢が肉を貫き、赤い花を咲かせていく。悲鳴と泣き声が混ざり、血が大地を濡らす。

彼の視界は暗転し、意識が深淵へと引きずり込まれた。


どれほどの時が経ったのか。

意識を取り戻したとき、彼は揺れる馬車の中に横たわっていた。側には、二人の部下がいた。片方は手綱を握り、もう片方は血まみれの手でクリスの肩を押さえていた。

「長官……急がねばなりません……」

「……家族は……?」掠れた声が、喉の奥から絞り出された。

しかし、誰も答えなかった。


不安に駆られたクリスは、震える手で帷をめくった。そして——彼の目に映ったのは、地獄そのものだった。

道端に横たわる妻。その胸には剣が深々と突き刺さり、血に染まった地面の上に倒れていた。まだ温もりを宿した指先は、何かを求めるように虚空へと伸びている。


少し先には、小さな影が転がっていた。

五歳の息子。

彼の胸には矢が一本——小さな手には、今朝プレゼントした木彫りの馬が握られていた。


耳鳴りが響き、世界が歪み、喉の奥が焼けるように痛んだ。

「う……あ……あぁ……っ!!」

クリスは崩れるように馬車の縁へと倒れ込み、飛び降りようとした。しかし、部下たちが必死に彼を押さえつけた。

「長官! 今戻れば殺されます!」


「放せ!!妻も!!息子も!!あいつらに殺された!!」

「分かっています! でも、今は生き延びねばなりません……!」

クリスの嗚咽は夜風に掻き消され、馬車は闇の中へと走り去った。


数日後、洞窟にて。

「奴らは、もう完全に腐りきっている……!」

クリスの拳は震え、怒りに満ちていた。「酒に溺れ、店を壊し、罪なき子供を虐げ……何度も何度も、私が彼らを逃がしても、捕まれば奴らの手先に仕立て上げられ、再び囚われる。それが今の辺境だ。」

彼は歯を食いしばり、拳を地面に叩きつけた。

「だが、まさかここまでとは……民を、まるで家畜のように殺すとは……。」

声が震え、肩も震えていた。悔しさ、無力感、怒り、そして底知れぬ悲しみ——

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