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雪の刃—殺し屋の元王女さま  作者: 栗パン
第七章:潜みし龍、今は待つ時
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84 一発必中

「あなたに、賤民営へ行き、一人の人間を助け出してほしいのです。」

「……賤民営?」

「この国では、罪を犯した者は身分を問わず、皆そこへ送られるのです。」


淡々と語る女の声音は穏やかだったが、凛音は直感した。

——これは単なる依頼ではない。

「なぜ、私なの?」


紫衣の女は、扇をふわりと閉じ、口元に微笑を浮かべた。

その瞳は、まるで何もかも見透かしているかのようだった。

「お嬢様——真昼の街を、そんな紅玉を胸に掲げながら歩くとは。それでいて、ただの無力な旅人、というわけではございますまい?」


凛音の指先が、無意識のうちに紅玉へと伸びる。


「それに——本当に生計に困っている人間なら、たった一ヶ月分の宿代のために、迷わず何でもするものです。」

女の声はやわらかく、しかし確信に満ちていた。


「そして、先ほどあなたがその紅玉を触れたとき——私は、あなたの『手』をしっかりと拝見しましたよ。」

紫衣の女は細めた目で、扇の骨を指先でくるりと回す。

「それは——甘やかされて育った手ではありませんね?」


……鋭い。

凛音はわずかに目を細め、眼前の女への評価を改めた。

この女——只者ではない。

ただの商人ではなく、人の本質を見抜き、自在に操る「狩人」だ。


「……いいわ。もし私がこの依頼を引き受けたら、報酬は?」

凛音は冷静に問い、探るように視線を送る。


紫衣の女は扇を軽く叩き、にこりと微笑んだ。

「霖月商会の会員証を差し上げますわ。」


「この一枚さえあれば、この国では宿泊、商売、通行——すべてにおいて制限なく行動が可能になります。」


凛音は目を細め、ついに本気でこの取引を見極めようとした。

「……なるほどね。その『たった一枚の会員証』より、その人間のほうがあなたにとっては価値がある、ということ?」


紫衣の女は静かに微笑み、深く一礼をする。

——この女こそが、霖月商会の当主。


「では、どうやって賤民営に入ればいいの?」

凛音がそう問いかけた瞬間——


「きゃああああ!!」

紫衣の女が突然、甲高い悲鳴を上げた。「泥棒よ!誰か、この女を捕まえて!!」


瞬く間に、霖月商会の中がざわめきに包まれる。接客中だった商人や客人たちが驚き、足を止め、一斉にこちらへ視線を向けた。


「……なっ……?」

凛音が驚く間もなく、紫衣の女は素早く手を伸ばし、凛音の胸元の紅玉をひったくった。そして、すれ違いざま、小声で囁く。

「——中に入れば、誰を助けるべきか、自然とわかりますわ。」

彼女の唇には、いたずらめいた微笑が浮かんでいた。


こうして、凛音は蒼霖国に足を踏み入れた途端、賤民営へと放り込まれることとなった。


「……何だ、お前は各国の牢獄を見て回るつもりか?」浮遊がからかうように言う。

「そんなつもりはないし、ここは牢獄でもないでしょう?」

そうは言ったものの、嵌められたのもまた事実——さて、どう生き延びるか。


賤民営では、賤民たちは日の出とともに働き、日没とともに休む。定められた時間には食事も支給される。

もし「弓矢の役立たず」という存在がなければ、ここはある種の生計の場とも言えたかもしれない。


では、その「弓矢の役立たず」とは何か?

それは、訓練を怠り、享楽に溺れる新兵たちのことを指す。


賤民営は新兵訓練場の管理下にあり、毎日午後二時になると、この無能な新兵たちは「賤民」に的を持たせ、彼らを標的として立たせるのだ。

そして、その教官はは当然のようにこう言い放つ。

「命を何とも思わぬならば、好きに撃て!」


しかし、彼らの弓の腕前はお世辞にも褒められたものではなかった。一体、その自信はどこから湧いてくるのか。

新兵は震えながら弓を引き、賤民は震えながら立ち続ける。そして、毎日、誰かが倒れる。


凛音が賤民営に来た翌日、早速的役に駆り出された。

「……動くな!」対面の新兵が、虚勢と怯えの入り混じった声を張り上げる。

しかし、弓から矢が放たれた瞬間、こちら側の賤民たちは誰もが膝をつき、顔を伏せた。恐怖に耐えきれず崩れ落ちる者もいれば、絶命する者もいる。

だが——凛音はほんの僅かに身をずらし、放たれた矢を正確に的の中心へと誘導した。対面の新兵は驚きのあまり息をのむ。まるで自分の腕前が急に上達したかのように。

試すように、もう一本。さらにもう一本。矢は次々と飛んでくる。

はあ……面倒くさいな。

凛音は内心ため息をつきつつ、微細な動きで矢を次々と的へと導いていく。


「止まれ!」指揮官の怒声が響く。

「ならば、死ねというのか?」凛音は堂々と声を張った。「こんな凡骨どものために死ぬ義理など、どこにもない。」

「義理だと?貴様は賤民だろう!」指揮官は激昂し、手に取った弓を勢いよく引く。だが、その狙いは的の中心ではなく——凛音の手だった。


……くだらない。

凛音は鼻で笑うと、軽やかに身をずらす。そして、放たれた矢は、一つ残らず的の中心へと突き刺さった。


対面の指揮官は短気ではあるものの、才を見極める目を持つ男だった。「……まあ、いい。」そう言って手を振り、一日の弓矢訓練を終わらせた。

「凛音よ、明日もまた同じことがあるかもしれんな。」浮游は、まるで良い見世物でも見たかのような口調で言った。

「……うん、何か手を打たないと。」


翌日、新兵営の兵士たちは次々と腹を押さえながら、地面をのたうち回り、「痛い、痛い、痛い!」と叫んでいた。ある者は下痢が止まらず、話す力すらない。

指揮官は彼らが訓練をサボるために仮病を使っているのだと思い、大いに怒った。そして軍医を呼び、診察を名目に怠け者を摘発しようとした。だが、軍医は診察の結果、全員が本当に毒に侵されていることを確認したものの、治療の手立てがなかった。


その頃、凛音は新兵営の外で騒ぎ立てながら中に入ろうとしていた。

「何の用だ?」

「指揮官殿に申し上げます。我々賤民は今日もいつも通り麦畑の収穫をしておりましたが、その傍に群生している草茸が誰かに摘み取られているのを発見しました。もしや兵営の誰かが口にしたのではと案じております。その草茸は見た目は美味しそうですが、実は極寒の性質を持ち、摂取すれば腹痛や下痢を引き起こし、重症の場合は幻覚症状をもたらすこともあります。」


軍医は慌てて凛音の手にある草茸を確認し、「なるほど……」と呟いた。

「それが原因と分かった以上、解毒方法はあるのか?」 指揮官は軍医の納得した様子を見て、すぐに問いかけた。

「……解毒手段はありません。この地は街から遠く離れており、私の手元には適切な解毒薬がございません。」


すると、凛音はそっともう片方の袖から薬草を取り出し、「軍医殿、こちらの薬草はお役に立ちませんか?」と差し出した。 「私は医館の出身で、父から幼い頃より、毒草と薬草は常に対になって生えているものだと教わってきました。そこで、草茸の近くを探してみたところ、この薬草を見つけました。」


軍医はそれを受け取り、じっと観察した後、 「おお、一物には必ずそれを治すものがある。まさに禍福は糾える縄のごとし!神農が百草を嘗めた理そのものだ!」 と言いながら、急いで薬の調合に向かった。


だが、数歩進んだところで軍医はふと立ち止まり、振り返って凛音に尋ねた。

「お前、軍医館で手伝う気はないか?」


ハッピーバレンタイン>0<凛音と蓮のファーストキスシーンを公開します!

https://kakuyomu.jp/users/kuripumpkin/news/16818093094064652922


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