83 ただいま
わしは、長い夢を見ていた。
龍であるわしが夢を見ることなど、もう随分となかったというのに。
夢の中で——人間は相変わらず、愚かだった。
あの年、仁心を持つ王女は、流言飛語によって焚刑に処された。
この年、忠義を尽くす林家は、陰謀の焔で焼き尽くされた。
いったいどれほどの時が経てば、不義を重ねた者は、結局自ら滅びることを悟るのか。
……ふむ、人間どもにはこんな言葉もあったな。
太陽の下、新しき事など無し。
時折、奴らも賢くなるものだ。
夢の中で——今回も、わしと契約した少女は死んだ。
「浮遊、ごめんなさい。母上を置いていくことなんて、できない……だから、あなたは逃げて……」
無情な炎、突如として襲い掛かる爆風。
あの時——もし、わしがかつてのように、神として崇められていたなら。
もし、わしがもっと強ければ。……わしは、彼女たちを守れたのか?
昔ならば、この程度の火、一息吹きかければ消し去れたものを——
そう、昔は良かった。
あの頃、わしには一望千里の雪原があり、透き通る清流が流れていた。
あの頃、わしは威風堂々たる猫(獅)を飼い、元気いっぱいの犬(狼)を従えていた。
あの頃、わしには小さなれど、万象を備えた神殿があった。
そして、わしはまだ神であり、求めれば風は舞い、願えば雨は降った。
だが、炎に焼かれた。
わしと銀杏の葉を踏みしめて遊んだ、あの少女は炎に喰われた。
わしがこの世界に抱いた、ささやかな憧れも共に燃え尽きた。
そしてまた炎が——わしのたった一人の信仰者を焼き殺し、ようやく芽吹いた希望と夢を灰に変えた。
こんなもの、もはや神獣ではない。ただの抜け殻だ。
ならば、この身体も共に燃やし尽くせばよい——
「浮遊、大丈夫?一緒に、他の国へ行こう。」
……む?
わしは、彼女の声を聞いた気がする。
温かく、どこか不安げで、それでも強く、折れぬ声——
「浮遊、助けてくれてありがとう。お母様の遺体を守ってくれて、ありがとう。」
……む?
彼女は——まだ、生きているのか?
いや、わしの記憶が混乱しているのか。
また、かつてのように妄想の夢に囚われているのか?
わしは、何度も夢に見た。
風華が笑いながら、わしを連れて日の出や日没を眺めた夢を。
雪華国の雪蓮が一面に咲き誇り、わしがただ静かにそれを見守り続ける夢を。
「浮遊、起きて。もうすぐ蒼霖国に着くよ。」
蒼霖国?あの亀の縄張りか……?
そういえば、あの老亀とはどれくらい会っていないのだろう。
思い返せば、まったくもって滑稽な話だ。
わしは堂々たる龍だというのに、白瀾国の装飾では朱雀の下を飛ぶ役回りか。
……家がないから、どの国でも端に追いやられるのか?
……家? わしがそんなものを求めるとは、わしもずいぶん腐ったものよ。
「浮遊、私は寂しくない。どこへ行こうと、私たちは一緒よ。あなたと共にいれば、どこでも家になるの。」
……家。
そうか、わしはずっと間違えていたのか。
家とは、あるべき場所ではない。
誰と共にあるか、なのだ。
そうか、わしには家がある。
凛音がいる場所こそが、わしの家なのだ。
彼女はまだ、生きている。
わしは、彼女の声をはっきりと聞いた。
ならば、今すぐ目を覚まさねば。
彼女を一人にはさせない。
彼女はわしの家族なのだから。
わしは——彼女を、一人にはしない。
ぼんやりとした意識の中、何かが変わった。
沈んでいた体の奥が、じわりと温まる。
……む?これは、なんだ……?
眠り込んでいた力が、ゆっくりと流れ出すのを感じた。
まるで、凍りついた川が春の陽に溶かされ、再び流れ始めるように——
わしはゆっくりと目を開けた。
視界に入ったのは、泣きそうな顔の凛音だった。
「浮遊……!」
……なんだ、その顔は。
まるで、長い間待っていたかのように、わしの顔を覗き込んでいる。
目元が赤い。
……まさか、こやつ、わしのために泣いたのか?
「ふん、人間のくせに、なかなか良い気を流し込んだな……」
ま、わしが目を覚ますのに、お前の声が必要だったのかもしれん……
「……バカ」
凛音が、勢いよく飛び込んできた。
……む?
わしの体が、そんな小さな人間の体温に包まれる。
彼女は、震える声で、わしの耳元で囁いた。
「——おかえり。」
……こんなことをされるのは、何年ぶりだ?
一瞬、わしの中で、何かがほどけた気がした。
「……ふん、ただいま。」
浮遊イラストはこちら:
https://kakuyomu.jp/users/kuripumpkin/news/16818093094003842006




