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雪の刃—殺し屋の元王女さま  作者: 栗パン
第六章:花影の契、面を識りて心を知る
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80 朱炎の劫火

五歳の千雪は、国を失い、父上と母上が倒れる瞬間を、ただ見ていることしかできなかった。

十六歳の凛音は、家を失いつつある運命の中で、またしてもお母様を失うのか——今度こそ、阻止できるのか?


「——ここから、一歩たりとも前へは進ませない。」

アイは、凛音が後院へ駆けるのを見送り、小さな白虎を抱えながら前へ出た。


「ははははっ!どうやって俺たちを止める?まさか、そのちっぽけな猫でか?」


「……誰が猫だと?」

次の瞬間、白虎が雄々しく身を翻す。瞬く間に、その姿は神々しい威厳を纏った神獣へと変わり、耳には天鏡国の紋章が刻まれた耳飾りが揺れていた。

「——ガオォォンッ!!!」


アイはすかさずアミーリアの手を引き、共に白虎の背へと飛び乗る。


「私は蒼霖国の第一王女、彼は天鏡国の第一王子だ。——今からここを越えようとする者は、蒼霖国と天鏡国に宣戦布告するも同然!」


「さあ、誰が最初に踏み込む?」


迫りくる兵士たちの動きが、一瞬、止まる——


凛音が後院へ辿り着いた時、そこはもはや、ただの火事ではなかった。


紅蓮の炎が荒れ狂い、陽光すら霞むほどに燃え盛っている。侍女や護衛たちは血の海に沈み、その多くが刃に倒れ、ある者はすでに黒焦げとなっていた。焦げた木材の裂ける音、炙られた瓦が弾ける音——立ち込める煙と焦臭が、容赦なく鼻を刺す。


凛音は躊躇わず、林夫人の部屋へと駆け込んだ。燃え崩れそうな壁際に、彼女は倒れていた。衣服は焼け焦げ、肌には煤がこびりつき、手首には強く掴まれた跡が青黒く内出血していた。顔色は蒼白で、唇はかすかに震えている。


「お母様!」

凛音は駆け寄り、林夫人を抱き起こそうとした。だが、その腕に触れた瞬間——彼女の全身が小刻みに震えているのを感じた。


かすかに目を開いた林夫人は、凛音を見つめ、力なく唇を動かす。

「……凛音……早く……逃げなさい……やつらが……」


しかし、言葉を終えるよりも早く、林夫人の瞳孔がわずかに揺れ、次の瞬間、恐怖に見開かれた。突如として、彼女は全身の力を振り絞り、凛音を強く突き放し、低く、だが切迫した声で叫んだ。

「——早く行きなさい!!」


凛音は何かがおかしいと察し、咄嗟に振り返った。烈焔が揺らめく中、黒々とした回廊の奥に、一つの影が立っていた。林府の護衛の甲冑を纏いながらも、顔には黒布を巻き、ただ静かに彼女を見つめている。

そして、微かに笑った。まるで嘲るかのように。

次の瞬間、その男は竹筒をひょいと投げつけた。


「まさか……!」

轟音が響き渡る!

瞬間、炎が弾け、爆ぜる火光が天を焦がした。

灼熱の衝撃波が荒れ狂い、回廊の柱が震え、焦げた木片が四散する。

そして、烈火に包まれながら、回廊が音を立てて崩れ落ちていった——


「父上!兄上!大変だ、大変だ!」

「逸、何度言えばわかる。もっと落ち着いて話せ、慌てふためくでない。」

「でも……でも!林府が取り囲まれてる!しかも火事だ!!」


「——何だと?」

皇帝は自らの耳を疑った。誰が、何のために林家を? そして、火とは一体……?

まだ言葉を発する間もなく——


「父上!」

鋭い声が殿に響くと同時に、蓮は駆け出した。

「王者の道とやらが、忠臣を守れず、愛する者さえも救えぬものなら——そんな王位に、価値などない!」


爆発音が王都全体に轟き渡った。

アイはすぐさま後院へと駆け出し、アミーリアと白虎は前院に留まり、一歩たりとも敵を近づけさせまいとしていた。

しかし——アイがたどり着いた時、そこに残っていたものは何か?


もし花が咲き、鳥が鳴き、草木が生い茂っていたとしても、それらはすでに灰燼と化している。燃え盛る炎の中、建物は崩れ落ち、ただ半ば焼け落ちた柱と梁が、今なお黒煙を上げていた。もはや、近づくことすら叶わない。


炎の余波で吹き飛ばされたのか、自ら放った火薬の爆風を受けたのか——

賊の一人は右腕を失い、片足を引きずりながら、後院の地面を這いずって逃げようとしていた。歯の隙間から漏れる、怯え切った声。

「化け物だ……化け物だ……!」


その視線の先——

猛る業火の中、金色の光輪が揺らめいていた。

炎はすべてを焼き尽くすはずなのに、その光の中には何も映らない。

そこに何があるのか——誰も知らない。


「朱雀——!一生のお願いだ!今すぐ私を、凛凛の元へ連れて行ってくれ!!お願い!!」

その時の蓮は、まだ何も知らないまま。


「いいだろう。だが、お前は覚悟したな?」

朱雀の声は重く響く。

「余が連れて行くということは、この国に嵐をもたらすということだぞ。」


契約の神獣が姿を現せば、もはや隠し通せはしない。

蓮は、その名を背負う覚悟を決めなければならない——


「わかってる!!早く行け!!」

「はいはいはい——」

朱雀は悠然と姿を現し、炎をまとった巨大な翼をゆるりと広げると、優雅に蓮の前へと歩み寄った。そして、その背へと彼を乗せると、一気に空へと舞い上がった。


「大変だ、大変だ!!陛下、大変でございます!!」

宦官が慌てふためき、足元も覚束ないまま雀宸殿へと飛び込んできた。

皇帝は苛立ち、深く嘆息する。

「……またか。朕の宮中では、今日をもって 『大変だ』 という言葉を禁ずる。」


「し、しかし!!朱雀神が顕現されました!!それに、蓮殿下が……朱雀に連れ去られました!!」

その瞬間——殿内の空気が、張り詰めるように静まり返った。


爆発の直前——

賊が火薬筒を投げた瞬間、凛音は反射的に林夫人を庇い、覆いかぶさるように身を伏せた。


だが、それが何になる?


次の瞬間、爆風が荒れ狂い、灼熱の衝撃波がすべてを飲み込む。

焼けつく空気が肌を裂き、紅蓮の熱流が辺り一面を駆け抜ける。

この中で、一体何が残るというのか……?


アイは必死に金色の光輪へと近づこうとした。しかし、炎の勢いがあまりにも激しく、一歩たりとも前へ進めない。

その時——空から、巨大な影が降り立つ。


「アイ!凛凛はどこだ!!」

「……おそらく、その中な。」

蓮はアイの視線を追い、その先を見据えた。


燃え盛る業火が、冬の日暮れを本来の暗闇へと導くことなく、空を朱に染め上げる。

——それは、光だった。

同時に、絶望でもあった。


「朱雀、火をすべて消してくれないか?」

「ハァ?別にもう何も残っちゃいねぇだろ?」

朱雀は肩をすくめるが、しぶしぶ羽を広げた。


すると、周囲の炎は瞬く間に吸い込まれ、まるで初めから火などなかったかのように消え去った。

焦土の上には、ただ、赤黒い余熱が残るのみ。


蓮は痛ましげに目を伏せ、ゆっくりと前へ進むと、そっと光輪へと手をかざした。

「浮遊……もういい。お疲れ。」


その声に応えるように、金色の光輪が静かに薄れていく。やがて、その中に現れたのは——無傷のまま横たわる凛音。そして、その傍らには、すでに息を引き取った林夫人の姿があった。


「凛凛……凛凛、目を覚ましてくれ。」


「心配は無用……凛音は無事じゃ。」

浮遊の声が静かに響く。

「わしは本来、彼女を連れて行くつもりであった。しかし、彼女は林夫人を庇い、決して離れようとはせなんだ。ゆえに、わしはこの身をもって二人を包み込み、衝撃を受け止めた。」


「……されど、わしの力は、全てを救うには及ばず……」


「……うん。」

蓮はそっと手を伸ばし、浮遊の額を優しく撫でた。

すると、浮遊はゆるりと目を閉じ、霧のようにその場から消えていった。


蓮は凛音を抱き上げ、廃墟と化した後院から前院へと静かに歩を進めた。

正門を越え、そのまま一歩、また一歩と宮廷へと向かっていく。

朱雀は首を高く掲げ、悠々とその後をついていく。

沿道に集う者たち——御林軍、路人、宦官、大臣——誰もがひれ伏し、神獣を召喚した少年へと最敬礼を捧げた。


夜、凛音はゆっくりと瞳を開いた。


ここは蓮の部屋だった。一瞬、凛音はすべてを悟った。

窓の外では夜風が吹き抜け、彼女は眺めながら、しばし黙然と佇む。


やがて、そっと手を上げ、髪に挿していた翡翠の簪を外した。

それは、母上の遺物であり、かつて蓮が修復してくれた大切なものだった。

指先がかすかに震えたが、彼女は迷いなく、それを枕元に置く。

そして、静かに窓を押し開け、夜の闇へと消えていった。


この夜、白瀾国は新たな王を迎えた。

この夜、凛音の姿は、世から消えた。


第二部はここで完結です!

そして、ついに蓮のデザインが正式公開されました!

https://kakuyomu.jp/users/kuripumpkin/news/16818093093812755322

明日からいよいよ第三部がスタートします!第一話はめちゃくちゃ面白いので、ぜひ楽しみにしていてくださいね。

それでは、明日も素敵な休日をお過ごしください〜☀️

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