78 驀然として回首するに
数日にわたる殺戮、和親、謁見、そして権謀術数の応酬——凛音は心身ともに疲れ果てていた。林夫人の執拗な問い詰めに応じる気力もない。太后の叱責は皇帝が抑え込んでおり、しばらくは林家への影響もないだろう。それに、孤児院では風寒にかかった子どもたちが増え、彼女はしばらくここで過ごすことにした。
「浮遊、人って本当に複雑な生き物ね……。この数日で身に染みて感じたわ。皇帝はやっぱり皇帝ね、何を考えているのか全然読めない。」
「何を、今更。」
今日の浮遊は人の姿でも、ミニドラゴンでもない。
本来の龍の姿となり、凛音をそっと包み込むように寄り添っていた。
まるで、彼女の疲れを気遣うかのように、巨大な影と小さな影が静かに並び、月を見上げていた。
「母上はどうやって父上と一緒になったのかしら……。」
「それよりも、血の繋がりって本当に不思議だよな。皇帝はお前の母親を愛し、蓮はお前を——」
「何を、今更。」
凛音は小さく微笑みながら、浮遊の言葉をそのまま返した。
蓮は……無事に天牢を出られたのかしら。
——しかし、その答えは、思ったよりも早く目の前に現れた。
「お久しぶりですね、凛音様。」子どもたちの診察に訪れた洛白が、ちょうどやって来た。
「洛白、今日はよろしくお願いします。」凛音は立ち上がり彼を迎えに歩み寄った。
その様子を見ながら、浮遊は小さくぼそりと呟いた。「まさに、噂をすれば影ね。」
何かがおかしい。
浮游は異様な気配を感じ、思わず大きな声で問い詰めた。
「まさか……朱雀と正式に契約を結んだのか?」
ただ一言で、その場にいた全員が凍りついた。
それは——
凛音を欺きながら、すべてを知っていた清樹と翠羽。
うっかり口を滑らせ、恐れと虚勢が入り混じる神獣・浮遊。
長い間真実を隠し続けながらも、いつ告げるべきか決めかねていた蓮。
そして、はっと悟った瞬間、あふれ出す感情を抑えきれない凛音。
まさに、この瞬間——
「驀然として回首するに、那人却つて在り、燈火の闌珊する處に。」
初めて襲撃を受け、傷つき、立ち上がれなかった時、
駆けつけて私を救い出してくれたのは、蓮だった。
辺境の村が炎に包まれ、人々が絶望する中、見捨てることなく、
共に清樹の解毒薬を探しに行ったのも、蓮だった。
この身がどれほど穢れようとも、どんな闇に足を踏み入れようとも、
たとえ殺し屋として生きることになろうとも——
自分の正義を貫くと誓った、あの日。
その道を否定することなく、ただ傍らで見守り続けていたのは、蓮だった。
雪華国の試練を受けた時、迷いなく私を信じ、寄り添い、
そして誰よりも早く前へと駆け出したのは、蓮だった。
そうだったのか。
ずっと——
雪華国から明徳堂、そして幾多の戦場へと至るまで。
振り返れば、いつも私の隣にいたのは、
共に戦い、背中を預け、そして共に歩んできた者。
ずっと、蓮だったのだ。
蓮は事態を悟るや否や、踵を返した。しかし、その瞬間、凛音の手がすっと伸び、行く手を阻んだ。
「待て。」
凛音の指が、ためらうようにゆっくりと仮面へと伸びる。
蓮はその手首を掴んだ。しかし、その力は驚くほどに弱い。
かつて凛音が仮面を取ろうとした時、洛白が必死に止めたのとは正反対に、蓮の手はすぐに力を失い、そっと離れていった。
ついに、凛音は蓮の顔にかかる仮面を外した。
「声は、どうする?」
「龍葵と曼陀羅華……」
「だから、曼陀羅華にそんなに詳しいんだ。」
凛音の指がわずかに震え、仮面を握りしめたかと思えば、またそっと力を抜いた。彼女の胸には、驚きと、戸惑いと、理解できぬ苦しみが渦巻いていた。
「毒まで……どうしてそこまでするの?」
清樹と翠羽は互いに目を合わせると、静かにその場を後にした。
ここから先は、蓮と凛音の二人だけの時間だった——
「どうしてって? うちのお姫様があまりにも頑固だからさ。」
浮遊が、まるで蓮に代わって答えるように言った。
それが言葉の綾なのか、口を滑らせた罪悪感なのか、それとも、この危うくすれ違うところだった恋を惜しむ気持ちなのか——彼自身にも分からなかった。
「頑固? 自分のことは自分でやる。それの何が悪いの?」
「悪くないさ、むしろカッコいい。でも、お前は一人じゃない。」
今度は朱雀が口を挟んだ。
「時には人を頼るのも大事だ。」
「お前にだけは言われたくないな! 凛凛の感情を奪って、私を諦めさせたのは誰だよ!」
「そんなことができるわけないだろ、ばーーーか!」
朱雀は言い返すや否や、蓮の頭を力いっぱい突き始めた。
浮遊、朱雀、蓮——そのやり取りを見ているうちに、凛音はふっと笑みをこぼした。
「蓮、ありがとう。」
蓮は、こうして凛音が笑うのを、いつ以来見ていなかっただろうか。
無意識に手を伸ばし、指先がそっと彼女の頬に触れようとした——その瞬間、ふと躊躇い、動きを止める。
しかし、凛音はその意図を察したかのように、
自ら顎をそっと差し出し、その手に身を預けた。
浮遊はそんな二人の様子を見て、肩をすくめながら微笑んだ。
「お前、一緒に外に出よう。」
そう言うなり、笑いながら朱雀を追い出す。
がやがやと賑やかだった空間が、すっと静まり返る。
今度こそ、本当に——蓮と凛音、二人だけの時間が訪れた。
「凛凛は、父上と話したんだ。」
「はい。あの人が、雪華国滅亡の黒幕だとは思えないわ。」
「良かった。」蓮は安堵の息を吐いた。「さすがに、愛する人の仇敵の息子にはなりたくないな。」
凛音は、一瞬で顔を赤らめた。
「一昨日、私は朱寧宮に忍び込んだの。その時、雪華国で会った宰相もいたわ。それと……もう一人、正体の分からない人物がいた。」
「実は、逸の話によると、白澜国の玉璽は失われているらしい。もっと深い闇が潜んでいる気がする。」
「私は、蒼霖国に行きたいの。陶太傅は死ぬ前に、確かに蒼霖国の誰かと連絡を取っていた。」
「まさか、自分で行くつもりじゃないだろうな。」
「そうですけど……蓮は第二王子だから、国を長く離れるわけにはいかないでしょう?」
「凛凛、もしすべてが片付いたら——」
蓮はふと言葉を止めた。
その突然の沈黙に、凛音は思わず顔を上げ、彼を見つめる。
「何の目的もなく、ただ二人で気ままに旅をするのも悪くない。」
蓮はふっと微笑みながら、凛音の瞳をじっと見つめた。
「だって、凛凛が見つめる春夏秋冬は、私が今まで見たどんな山河よりも、美しくて、愛おしいから。」
夜風がそっと吹き抜ける。
まるで、このひとときだけは、すべての争いが遠ざかるかのように——




