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雪の刃—殺し屋の元王女さま  作者: 栗パン
第六章:花影の契、面を識りて心を知る
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78 驀然として回首するに

数日にわたる殺戮、和親、謁見、そして権謀術数の応酬——凛音は心身ともに疲れ果てていた。林夫人の執拗な問い詰めに応じる気力もない。太后の叱責は皇帝が抑え込んでおり、しばらくは林家への影響もないだろう。それに、孤児院では風寒にかかった子どもたちが増え、彼女はしばらくここで過ごすことにした。


「浮遊、人って本当に複雑な生き物ね……。この数日で身に染みて感じたわ。皇帝はやっぱり皇帝ね、何を考えているのか全然読めない。」

「何を、今更。」


今日の浮遊は人の姿でも、ミニドラゴンでもない。

本来の龍の姿となり、凛音をそっと包み込むように寄り添っていた。

まるで、彼女の疲れを気遣うかのように、巨大な影と小さな影が静かに並び、月を見上げていた。


「母上はどうやって父上と一緒になったのかしら……。」

「それよりも、血の繋がりって本当に不思議だよな。皇帝はお前の母親を愛し、蓮はお前を——」


「何を、今更。」

凛音は小さく微笑みながら、浮遊の言葉をそのまま返した。


蓮は……無事に天牢を出られたのかしら。

——しかし、その答えは、思ったよりも早く目の前に現れた。


「お久しぶりですね、凛音様。」子どもたちの診察に訪れた洛白が、ちょうどやって来た。

「洛白、今日はよろしくお願いします。」凛音は立ち上がり彼を迎えに歩み寄った。


その様子を見ながら、浮遊は小さくぼそりと呟いた。「まさに、噂をすれば影ね。」


何かがおかしい。

浮游は異様な気配を感じ、思わず大きな声で問い詰めた。

「まさか……朱雀と正式に契約を結んだのか?」


ただ一言で、その場にいた全員が凍りついた。


それは——

凛音を欺きながら、すべてを知っていた清樹と翠羽。

うっかり口を滑らせ、恐れと虚勢が入り混じる神獣・浮遊。

長い間真実を隠し続けながらも、いつ告げるべきか決めかねていた蓮。

そして、はっと悟った瞬間、あふれ出す感情を抑えきれない凛音。


まさに、この瞬間——

「驀然として回首するに、那人却つて在り、燈火の闌珊する處に。」


初めて襲撃を受け、傷つき、立ち上がれなかった時、

駆けつけて私を救い出してくれたのは、蓮だった。


辺境の村が炎に包まれ、人々が絶望する中、見捨てることなく、

共に清樹の解毒薬を探しに行ったのも、蓮だった。


この身がどれほど穢れようとも、どんな闇に足を踏み入れようとも、

たとえ殺し屋として生きることになろうとも——

自分の正義を貫くと誓った、あの日。

その道を否定することなく、ただ傍らで見守り続けていたのは、蓮だった。


雪華国の試練を受けた時、迷いなく私を信じ、寄り添い、

そして誰よりも早く前へと駆け出したのは、蓮だった。


そうだったのか。

ずっと——

雪華国から明徳堂、そして幾多の戦場へと至るまで。

振り返れば、いつも私の隣にいたのは、

共に戦い、背中を預け、そして共に歩んできた者。


ずっと、蓮だったのだ。


蓮は事態を悟るや否や、踵を返した。しかし、その瞬間、凛音の手がすっと伸び、行く手を阻んだ。

「待て。」


凛音の指が、ためらうようにゆっくりと仮面へと伸びる。


蓮はその手首を掴んだ。しかし、その力は驚くほどに弱い。

かつて凛音が仮面を取ろうとした時、洛白が必死に止めたのとは正反対に、蓮の手はすぐに力を失い、そっと離れていった。


ついに、凛音は蓮の顔にかかる仮面を外した。


「声は、どうする?」

「龍葵と曼陀羅華……」


「だから、曼陀羅華にそんなに詳しいんだ。」

凛音の指がわずかに震え、仮面を握りしめたかと思えば、またそっと力を抜いた。彼女の胸には、驚きと、戸惑いと、理解できぬ苦しみが渦巻いていた。

「毒まで……どうしてそこまでするの?」


清樹と翠羽は互いに目を合わせると、静かにその場を後にした。

ここから先は、蓮と凛音の二人だけの時間だった——


「どうしてって? うちのお姫様があまりにも頑固だからさ。」

浮遊が、まるで蓮に代わって答えるように言った。

それが言葉の綾なのか、口を滑らせた罪悪感なのか、それとも、この危うくすれ違うところだった恋を惜しむ気持ちなのか——彼自身にも分からなかった。


「頑固? 自分のことは自分でやる。それの何が悪いの?」


「悪くないさ、むしろカッコいい。でも、お前は一人じゃない。」

今度は朱雀が口を挟んだ。

「時には人を頼るのも大事だ。」


「お前にだけは言われたくないな! 凛凛の感情を奪って、私を諦めさせたのは誰だよ!」


「そんなことができるわけないだろ、ばーーーか!」

朱雀は言い返すや否や、蓮の頭を力いっぱい突き始めた。


浮遊、朱雀、蓮——そのやり取りを見ているうちに、凛音はふっと笑みをこぼした。


「蓮、ありがとう。」


蓮は、こうして凛音が笑うのを、いつ以来見ていなかっただろうか。

無意識に手を伸ばし、指先がそっと彼女の頬に触れようとした——その瞬間、ふと躊躇い、動きを止める。


しかし、凛音はその意図を察したかのように、

自ら顎をそっと差し出し、その手に身を預けた。


浮遊はそんな二人の様子を見て、肩をすくめながら微笑んだ。

「お前、一緒に外に出よう。」

そう言うなり、笑いながら朱雀を追い出す。


がやがやと賑やかだった空間が、すっと静まり返る。

今度こそ、本当に——蓮と凛音、二人だけの時間が訪れた。


「凛凛は、父上と話したんだ。」

「はい。あの人が、雪華国滅亡の黒幕だとは思えないわ。」

「良かった。」蓮は安堵の息を吐いた。「さすがに、愛する人の仇敵の息子にはなりたくないな。」

凛音は、一瞬で顔を赤らめた。


「一昨日、私は朱寧宮に忍び込んだの。その時、雪華国で会った宰相もいたわ。それと……もう一人、正体の分からない人物がいた。」

「実は、逸の話によると、白澜国の玉璽は失われているらしい。もっと深い闇が潜んでいる気がする。」


「私は、蒼霖国に行きたいの。陶太傅は死ぬ前に、確かに蒼霖国の誰かと連絡を取っていた。」

「まさか、自分で行くつもりじゃないだろうな。」

「そうですけど……蓮は第二王子だから、国を長く離れるわけにはいかないでしょう?」


「凛凛、もしすべてが片付いたら——」


蓮はふと言葉を止めた。

その突然の沈黙に、凛音は思わず顔を上げ、彼を見つめる。


「何の目的もなく、ただ二人で気ままに旅をするのも悪くない。」

蓮はふっと微笑みながら、凛音の瞳をじっと見つめた。


「だって、凛凛が見つめる春夏秋冬は、私が今まで見たどんな山河よりも、美しくて、愛おしいから。」


夜風がそっと吹き抜ける。

まるで、このひとときだけは、すべての争いが遠ざかるかのように——


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