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雪の刃—殺し屋の元王女さま  作者: 栗パン
第六章:花影の契、面を識りて心を知る
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75 鳳凰は檻に伏すも、天命は未だ定まらず

「待て!誰か彼女に手を出せると思っているのか!」

蓮は戯台へと踏み込み、凛音の前に立ちはだかった。鋭い視線を御林軍へと向ける。

「この者は林将軍の娘、白瀾国の功臣の血筋だぞ。軽々しく扱える存在ではない!」


御林軍は動こうとしたが、「林将軍」の名を聞いた瞬間、思わず足を止め、互いに顔を見合わせた。


「何?わらわの言葉が聞こえぬのか?これは、謀反を起こすつもりか?」

太后の声音は氷のように冷たく、殿内の空気が一瞬にして張り詰めた。

兵たちは身を震わせ、数人が恐る恐る膝を折った。


「凛凛はただ人を助けようとしただけ、状況がそうさせただけのこと!」

蓮は一歩も引かずに言い放つ。

「祖母上が彼女に罪ありとお考えならば、それこそ刑部に委ねるべきです。その場で裁くなど、断じて許されぬ!」


「無礼者!」

太后は座椅の肘掛を強く叩き、厳しい声を響かせた。

「お前ごときが、わらわの裁きを指図するつもりか?」


「先帝は生前、お前を廃するつもりだったのだぞ。だが、不運にも崩御されたことで、運よく太后の座にしがみついたに過ぎぬ。さもなくば、後宮の女ごときが政治に口を挟めるなど、あるはずがない。父上が少々、甘すぎるのだ。」


太后の顔色が一瞬にして青ざめた。側に控えていた宦官が慌てて彼女の腕を支える。


「よいか、誰か!この不敬な蓮殿下もろとも捕らえ、天牢へと連れて行け!」


「お待ちくださいませ、皇太后様。林家の令嬢は私をお救いくださったというのに、なぜ牢へ入れられねばならないのです?」アミーリアはわざと目を丸くし、無垢な表情を浮かべながら尋ねた。


——うわぁ。彼女、かっこよすぎる……。片手で剣を受け止め、あれだけの敵を斬るなんて……。


「アミーリア王女、あなたはご存じないでしょうが、武器を携えて宮中に入ること自体、すでに大不敬なのです。ましてや、先ほどのように冷酷無情に人を斬り捨て、証拠を消すがごとく振る舞うとは——その心、測り知れませぬ。」


「そうでしょうか?私には、あの方は……」

アミーリアがなおも凛音を庇おうとしたその時——


「国宴の席で外賓を狙った刺客が現れた。この私が処理するのは当然のこと、何か問題があるとでも?まさか、蒼霖国は今日白瀾国の国政にまで干渉する気か!」

太后は鋭く声を張り上げた。


こうして、凛音と蓮は天牢へと囚われた。

今宵は、眠れぬ夜となるだろう。


花街・落虹楼

「この店を壊せ!中の者は全員追い出せ!」

アミーリア王女は宮中を出るなり、家臣を引き連れ、勢いよく花街の落虹楼へと乗り込んだ。

「お嬢様、異国の地でこのような振る舞いは……」

「関係ない!やると言ったらやる!」

芸妓や遊女、客人たちは驚きの声を上げながら、衣や古琴を抱え、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。店の中はたちまち騒然となる。


「アミーリア、お前はまた何を騒いでいる?」

二階から気怠げな声が響く。クラウス王子が欄干に肘をつき、手にした杯を傾けながら、微笑ましげに妹を見下ろしていた。

「ほう?ようやく姿を見せる気になった?」

アミーリアは鼻で笑い、腕を組むと鋭い視線を向ける。「何をしているか、ですって?こっちは白瀾国の連中に殺されかけたというのに、兄上はここで呑気に酒なんて嗜んでいるとはね!」


彼女は一気に階段を上り、クラウスの手を掴むや否や、強引に奥の部屋へ引きずり込み、扉を閉めると、宴で起きたことを詳しく語り始めた。


「兄上、蒼霖国はこのまま黙って見ているつもりなの?白瀾国の皇太后が、私の命を救ってくれた恩人を陥れるのを!」

クラウスは黙って話を聞いていたが、やがて指先で静かに卓を叩きながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「……あの太后は甘い相手ではない。ことを進めるにしても、常に抜かりがない。」


「どういうこと?」

クラウスは杯の中で酒を揺らしながら、意味深な笑みを浮かべる。「かつての話だ。白瀾国の国境で起きた賊徒の騒乱……表向き、彼女は関係ないとされている。だが、裏を探れば……」


「兄上、まさか——」

「だからこそ、我々は下手に動くべきではない。」


「下手に動くべきではない?」

アミーリアは思わず卓を強く叩いた。青い瞳が怒りの色に染まる。

「なら、もし今日狙われたのが兄上だったとしても、それは『白瀾国の問題』だから、誰も助けてはくれない、とでも?」


クラウスはゆっくりと目を閉じ、しばし沈黙した後、深く息を吐いた。

「……まぁ、皇帝には一度会ってみるとしよう。」


一方、皇帝は近頃、政務に追われる日々を過ごしていた。ようやく外交の宴席を抜け出し、静寂を求めて寝宮で一息つこうとしていた。


「父上、父上!祖母上が兄上を天牢に入れました!」

——最初の一言を聞いた瞬間、皇帝は自分の耳を疑った。


「陛下、臣には緊急の報告がございます!」

——二言目を聞いたところで、途端に頭が痛くなる。


「陛下、天鏡国より重大な協議が!」

——まさかの三言目。


とにかく、寝宮の外は騒がしくなり、来るべき者も、来ぬべき者も、みんな来る!


皇帝は溜息をつき、苦笑いを浮かべながら扉へ向かうと、ゆっくりと開いた。

「まったく……これでは朕が聞き逃すはずもないな。

まるで芝居でも打っているかのようだ。」


仕方ない、皇帝は細かいことまで聞かされたあげく、その足で天牢へと向かった。


「父上、どうしてここに? 」

「お前、黙れ!それはこっちのセリフだ。」

皇帝は蓮を無視し、そのまま奥の牢へと歩みを進めた。

「凛音よ、朕は暇を持て余してな、ちょっと座りに来ただけだ。」


「今日のこと、すでに多くの者から聞かされた。お前から朕に何か言いたいことはあるか?」

「ありません、陛下。私は、確かに人を殺しました。」


「お前、お前……!だから何でお前はそう頑固なんだ!!」

皇帝が手を振ると、宦官たちが茶卓と腰掛けを運び入れた。 何食わぬ顔で腰を下ろし、ゆったりと茶を啜り始めた。


「昔な、朕には好きな子がいた。明るくて、元気いっぱいの子だ。朕はその頃、勉強が嫌いで、授業の前はいつもどこかに逃げてた。でも、不思議なことに、どこへ行っても彼女は必ず朕を見つけ出して、明徳堂へ連れ戻すんだ。そう、彼女は——お前を除けば、唯一そこで学んだ女の子だった。」

皇帝はふと語るのを止め、誰かを思い浮かべるように牢の天井を仰いだ。そこには、細い弯月が浮かび、わずかな光が牢内に差し込んでいた。


「なぜ陛下は私にその話を?」

「まあまあ。今のお前はどこにも行けないし、ほかに誰かと話せるのか?朕はぴったりの話し相手じゃないか。」


凛音は沈黙を貫いた。皇帝はそんな彼女を見て、再び話を続けた。

「彼女はいつも笑顔でな、本当に眩しいくらいだった。お前とは正反対だ。でも、どんな状況でも決して涙を見せないところは、お前とよく似ているな。今日のことも、なぜ朕に助けを求めなかった?」


そう言うと、皇帝は茶をひと口飲み、また続けた。

「彼女は優しくて聡明だった。もし生きていれば、きっと立派な医者になっていたと思うよ。彼女が助けた猫は何匹だと思う?九匹だぞ。そして、小鳥の折れた足まで手当てしてやっていた。昔の陶府は、花ばかりか動物であふれていたものだ。」


その一言で、凛音は気づいた。皇帝が話しているのは、自分の母——陶清遥のことだと。


「彼女は、朕が尊敬する兄のもとへ嫁いだ。惜しいとは思ったが……いや、むしろ天が定めた縁というべきか。二人の間には、立派な男の子と、よく笑う、とびきり可愛い女の子が生まれた。あの子を、昔、朕は背中に乗せたことがあるんだ。あの頃は、本当に愛らしくてな……。『洵のお嫁さんになる』って言ってくれたっけな。」


「笑わせるな。尊敬する兄? お前は彼の国を攻め落としたくせに? 医者になる? 彼女は自分の毒すら解けなかったくせに。」


「お前がそう思うなら、それでいい。」皇帝は一瞬、何かを惜しむような、哀しむような表情を見せたが、音もなく茶を置き、淡く微笑んだ。「ならば、お前はどうしたい?」


「母のように、己の運命を受け入れるか。あるいは——」


ふと、一瞬の沈黙が落ちる。


「……いや、もう決めた。お前は天鏡国へ嫁げ!」


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