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雪の刃—殺し屋の元王女さま  作者: 栗パン
第六章:花影の契、面を識りて心を知る
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73 やはり、鳥だ!

白瀾国の王宮の奥深く、ひっそりと佇む静謐な池がある。水面は鏡のように澄み渡り、四季を通じて変わらぬ松柏が周囲を囲んでいる。池の中央には、古めかしい石橋が架かり、その先には幽玄な雰囲気を湛えた楼閣が佇んでいる。


楼閣は黒瑠璃瓦の屋根を頂き、深緑の檐柱が松影に揺れる。その背後には、精巧な彫刻が施された石山が連なり、重なり合う岩壁が天然の屏障となって楼閣を守っている。

この楼閣への道はただひとつ——正門のみ。ここは、白瀾国王宮の藏経閣である。


「確かに、ここかな。」

蓮は、無数に並ぶ書物の間を歩きながら、何かを探していた。「……あった。」

そう呟くと、素早く本棚の一冊を強く押し込む。次の瞬間——ゴゴゴ……鈍い振動とともに、本棚がまるで生き物のように動き出した。


棚がゆっくりとスライドし、配置が次々と変わっていく。やがて、その動きが止まった時——そこに現れたのは、まるで神殿のような空間だった。

四方を炎が囲む梧桐木造りの祭壇が、重々しい音を立てながら、ゆっくりとせり上がる。


「朱雀、どこにいる?」

蓮は探るように声を張る。しかし、返答はない。


「朱雀……お前は、古来より白瀾国を守護する神獣だ。それなのに、なぜ理を外れ、人を害した?」

その瞬間——ゴッと炎が激しく揺らめいた。 だが、それだけだった。何の答えも返ってこない。


「朱雀、現れろ!」

蓮は今度こそ、持てる限りの声を振り絞り、名を呼んだ。


突然、四方の炎が激しく揺らぎ、四つの火柱が祭壇の中央へと集まっていく。やがてそれらは一つに重なり、燃え盛る巨大な炎となった。その炎の中心で、朱雀が渦を巻くように旋回しながら、その姿を現した。


「余が人を傷つけた?何を言う。お前の命は、そもそも余のものではないのか?」

「誰かがあなたに助けを求めたか?あなたには、凛凛の想いを奪う権利などないはずだ。」

「ほやや、その凛凛が余に願ったのではないか?」


「ああ、ムカつく。朱雀、何が欲しい?どうすれば、凛凛の想いを取り戻せる?」

「無駄だ。返すなんて聞いたこともないね。」

「ならば、どうすればいい?」

「諦めたらどうだい?」

「……悪いな、私は鳥語は習ってない。お前がピーチクパーチク鳴いてても、ちっとも意味が分からないんだが?」


朱雀は怒り心頭、旋回しながら空へ舞い上がると、そのまま勢いよく急降下。そして——蓮の頭を容赦なく突き始めた。


「やはり、鳥だ。」


「なんだと?」

朱雀はさらに激怒し、ガツガツと突きまくりながら、バサバサと羽ばたいて叫んだ。「この生意気なガキが!」


「痛い痛い痛い!やめろ!俺はお前の餌じゃない!」蓮は必死に頭を抱えて逃げ回る。


だが、朱雀は容赦しない。バサッ!

羽を大きく広げたかと思うと、思い切り翼で蓮の顔を張り飛ばした。


「っ……!!」

蓮はよろめき、一歩後ずさりながら額を押さえ、恨めしげにぼやいた。

「……ああ、ムカつく……さすが神獣様、気に入らない相手には即・物理攻撃とはな。」


「ま、お前があまりにしつこいから、ほんの少しだけ助けてやる。」

朱雀は小さな炎の鳥へと姿を変え、ひらりと舞い上がると、そのまま蓮の頭に降り立った。


「……いや、何で頭に乗ってる?」


「文句あるか?お前のせいで暇つぶしができそうだからな。」

蓮が手を伸ばして追い払おうとすると、朱雀はふわりと飛び上がり、代わりに蓮の頭を軽く突いた。

「それに、まだお前には借りがある。」


そう言うや否や、朱雀の姿は炎と共にふっと掻き消えた。


次の瞬間、腰に下げた蓮型の玉佩が、一瞬光が揺らめいた。

もともと、かつて蓮が凛音に贈ったもの。

しかし、彼が蘇った後、凛音は無言のままそれを返した。

そして今、それは朱雀の意志を宿したかのように、再び鮮やかな朱色へと染まっていった。


一方、孤児たちを預かる屋敷では、李禹が凛音に報告をしていた。


「兵部にはすでに連絡を入れました。昼夜問わず交代で見張りを立て、しばらく様子を見てから撤収する予定です。」

「分かりました。ありがとう、李禹。」

「いいえ、それは殿下のご手配です。凛音様、それから殿下は明德堂にも話を通しており、毎週講師を派遣し、子供たちに読み書きを教えることになっています。」

「本当ですか?それは……本当に助かります。」

そう言うと、凛音は深く頭を下げた。


そこで、子供たちの泣き声や騒ぐ声が聞こえてきた。

「悪い悪い、泣かないで。」

「アイ君、どうした?」

「アイ殿下が金木犀の飴を全部食べてしまったので……。」

清樹は困ったように説明した。

「ごめんごめん。じゃあ、こうしよう。お馬さんになってあげるよ。」そう言うが早いか、アイは地面にうつ伏せになった。

「アイ殿下、それはさすがに……!」李禹は慌てて止めに入った。

「大丈夫だよ。ほら、小さなお姫様を乗せてあげて。泣かないでね。」


凛音は呆れながらも、思わず笑みをこぼし、ぽつりと呟いた。「……金木犀の飴、か。」


ふと脳裏に浮かんだのは、かつて得意げにその飴を差し出してきた蓮の姿。ただ渡すだけではつまらないと、わざと大げさに胸を張り、悪戯っぽく微笑んで——どうにかして彼女を笑わせようとしていた。


あの頃の彼と、今の彼。

何が二人を遠ざけ、すれ違わせたのか。

その答えを、凛音自身も知ることはなかった。


「凛音様、本当にこのままで良いのですか。」

「……何のこと?」

「蓮殿下のことです。本当に、このまま遠ざけるつもりなのですか?」

「……」


凛音が答えないのを見て、李禹は躊躇うことなく、一歩前に出て恭しく進言した。

「凛音様、今回の交流会で、アミーリア王女と蓮殿下の婚約が発表されるとの噂があります。」


「……」

心臓が、一瞬止まったような気がした。


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