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雪の刃—殺し屋の元王女さま  作者: 栗パン
第六章:花影の契、面を識りて心を知る
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69 華灯の下

「こんなところで何をしているんだ。君がいなくなったせいで、大騒ぎになってる。」

蓮の低く平静な声には、冷静な圧迫感が宿っており、抑え込まれた怒りがにじみ出ていた。


アイは茶碗をそっと置き、口元に薄い笑みを浮かべた。彼の瞳には申し訳なさの色など一切なく、むしろ全く意に介さない様子だった。

「ちょっと散歩しただけだよ。大袈裟だなあ。」

軽く肩をすくめる仕草は、挑発にも見えるほどに軽妙だった。


蓮の眉間に深い皺が刻まれ、その声音はさらに冷たく響いた。

「散歩で済む話じゃない。この状況が分からないのか。」

空気が一瞬にして凍りつき、周囲の時間が止まったかのように静まり返る。


凛音は静かに二人を見つめた後、ゆっくりと立ち上がった。柔らかな声ながらもわずかに厳しさを帯びた口調で言った。

「アイ君は天鏡国の代表です。こういう時こそ、慎重に行動するべきだと思います。」


アイは少し驚いたように凛音の顔を見つめたが、すぐにいつもの無邪気な表情に戻った。

「はいはい、わかったよ。じゃあ、戻るとするか。」

軽やかに笑うアイの言葉には、依然として緊張感が感じられなかった。


蓮はそれ以上何も言わず、冷静に天鏡国の随行者を呼び出した。

程なくして、数人の随行者が小走りで茶亭に駆け込み、整然と頭を下げて敬礼する。

「お待たせしました、アイ様。すぐにお戻りください。」

彼らは丁寧な手つきでアイを囲み、しっかりと守るようにその場を後にしようとした。


だが、出発の間際、アイはふと足を止めて振り返った。

「また会おうね。凛音ちゃんとの話、まだ終わってないからさ。」

彼は片目を軽くウィンクし、茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべると、何事もなかったように去っていった。


凛音は無言でその背中を見送る。表情には動揺の色はなく、ただ静かな目で彼の姿が見えなくなるまで視線を向けていた。


一方、蓮はその様子を横目で見ながら、眉を寄せて低く呟いた。

「この男、軽すぎる。凛凛、いつの間にあんなに親しくなった?」


凛音は冷静な目で蓮を振り返り、淡々と尋ねた。

「蓮様が林府にいらっしゃるのは、何かご用があるのですか?」


蓮は一瞬何かを言いかけたが、すぐに口を閉じた。眉間に深い皺が寄り、戸惑いの色が一瞬浮かぶ。

「凛凛は……いや、もういいです。」

彼はそう短く言い残し、踵を返して歩き出した。その背中はどこか寂しげに見えたが、彼が振り返ることはなかった。


凛音はその背中が廊下の向こうに消えていくまで見つめていたが、何も言わなかった。彼女の目には、一切の感情の揺らぎも変化も映らない。


夜空に星々が煌めき、白瀾国の王宮は灯火の海に包まれていた。

まるで昼のように明るい宴会の大広間では、金糸楠木の梁柱に埋め込まれた宝石が柔らかな輝きを放ち、その煌めきが空間を金碧輝煌に染め上げている。天井からは巨大な琉璃灯がゆるやかに垂れ下がり、温かな光が会場全体を優しく包み込む。その精緻に施された装飾の一つひとつが、白瀾国の威厳と美を余すことなく物語っていた。


天鏡国からは王子アイが姿を見せ、数名の高官と共に堂々と入場。彼の軽快な笑顔が注目を集めた。

一方、蒼霖国からは王子と王女が揃って登場し、その品格ある立ち振る舞いが見る者を魅了する。

白瀾国の代表として、第二王子の蓮が冷静な態度で迎え入れ、凛音も控えめながら会場の一角でその様子を見守っていた。


表向きは文化交流と友好を謳う宴会だが、華やかな笑顔の裏で繰り広げられる駆け引きが、場に微妙な緊張感と波乱の予感を漂わせていた。


「凛音ちゃん、会いたかったよ。」

アイは真っ先に凛音のところに駆け寄り、その明るい声が周囲の視線を集めた。

そばにいた侍者が小声で注意する。「殿下、もう少し控えめにお願いします。」

アイは「はいはい」と軽く返事をしながらも、全く気にする様子もなく続けた。「それにしても、凛音ちゃん、めちゃくちゃ綺麗だね。半日も経ってないのに、もう十分恋しくなったよ!君、僕のことちょっとは思い出してくれた?」


王家の宴が催される今夜、林夫人は凛音のために、気品と華やかさを兼ね備えた礼服を用意した。その装いは、一目で目を奪うほどの美しさだった。


まるで陽光をそのまま纏ったかのような明るい黄色の長袍には、繊細な雲紋が刺繍され、裾は天青色の織り重ねられた裙と美しく調和している。腰には金糸で織り上げた精緻な帯が巻かれ、柔らかで優雅なラインが凛音の佇まいをさらに引き立てている。帯から垂れる青い房飾りは、一歩踏み出すごとに揺らぎ、暖かな光彩を思わせる。


高く結い上げられた髪は、珠玉や金飾りで彩られ、その中でも紫色の半開き牡丹の簪がひと際目を引いた。花びらは生きているかのように艶やかで、淡紫の光沢が優美さを添えている。その瑞々しさは、まるで今にも花の香りが漂ってきそうだ。簪から垂れる二連の真珠の飾りが歩みに合わせて揺れ、反対側の金色の蝶を象った髪飾りと響き合い、動きのある優雅さを演出していた。


額には小さく精緻な金色の花模様が描かれ、その控えめな輝きが彼女の美しさに神秘的な魅力を加えている。全体的に明るく温かみのある色彩でまとめられた礼服に、紫のアクセントが上品な華やかさを添え、凛音の清らかな顔立ちと物静かな気品を引き立てていた。

朝焼けが地上に舞い降りたかのような美しさが、見る者の心を奪った。


「凛凛にそんな軽々しく近づくな。」

蓮はアイの手首を掴み、凛音に触れようとする動きをぴたりと止めた。


その一方で、凛音の頭にはただ一つの考えしかなかった。

――早くこの場から離れなければ。


今日の宮廷宴会に出席したのは、太后の真の姿を一目見るため。それ以上の理由はない。

だが今、二人の王子に挟まれ、周囲から注目されているのは明らかだった。

――この状況では目立ちすぎる。どう動くべきか。


「蓮殿下、アイ殿下、ご機嫌麗しゅうございます。」

凛音は軽く頭を下げ、優雅に膝を少し折り、手を揃えて丁寧に一礼した。

「せっかくの宴席にございますゆえ、お二方にはどうぞごゆっくりお楽しみいただければと存じます。私は家父と兄上に随伴して参った身ゆえ、ご挨拶に伺うべき務めがございますので、これにて失礼させていただきます。」


穏やかな声と共に、凛音は一歩後ろに下がり、控えめにその場を離れようとした。

しかし、その瞬間、アイが楽しげに手を振りながら一歩前に出る。

「凛音ちゃん、僕も一緒に行こうか?」


その時、大広間の奥から威厳ある声が響いた。


「聞きしに勝る麗しさとはまさにこのこと――林家のご令嬢は、噂通りの傾国美人でいらっしゃる。」


振り向くと、太后が侍女たちに付き添われながらゆっくりと入場してくるところだった。

その一言が合図となり、会場にいた賓客たちが一斉に太后に頭を下げる。


太后は柔らかな微笑みを浮かべながら、凛音を一瞥し、さらに続けた。

「これでは、蓮もアイ殿下も、このような眩い花の前では、さぞ歩みを迷われることでしょうね。」


それは称賛か、それとも牽制か。聡い者ならば、一言で察する。

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