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雪の刃—殺し屋の元王女さま  作者: 栗パン
第五章:酔ひて沙場に臥す、君笑ふこと莫かれ
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63 剣が閃き、命が散る時

「父上、母上のどこが好きなの?」

「そうね……全部かな。真っ黒の髪、杏花のような瞳、透き通る白い肌、笑うとできる小さなえくぼ、真剣に稽古している時の表情、身近な人に優しく接する姿……全部好きだよ。」

「じゃあ、父上は母上のこと、どれくらい好き?」

「どれくらい?うーん……朝目が覚めて、最初に思い浮かぶくらいかな。ずっと一緒にいたい。」

「ちち、恥ずかしい。」

「恥ずかしい?父上に聞いたのは君だぞ。」


私は、凛凛と一緒に過ごす未来を夢見ていた。

あの頃の凛凛は、きっと復讐を果たし、穏やかな日々を迎えているはずだった。

私たちには子供がいる。いたずら好きで可愛くて――できれば二人がいい。

そんな子供たちに囲まれ、毎日賑やかで、笑顔の絶えない生活。

こんなやり取りをしながら、凛凛は隣で静かに筆を執り、ふと振り返り柔らかく微笑んでくれる。

……今思えば、それは叶わないのかもしれない。

ごめんね、凛凛。私じゃなくてもいい。

君のことを、本当に大切に思い、心から愛してくれる人がいることを――それだけを、祈っている。


戦場の空気は冷たい霧と血の匂いが入り混じり、息苦しいほどの緊張感が支配していた。

高地に残った蓮の周囲では、敵軍がじわじわと押し寄せ、退路を断つように包囲網を狭めていく。


ついに敵軍の主将が前線に姿を現し、その登場に呼応するように敵兵たちの士気が一気に高まった。

蓮の部隊は最後の防線を必死に守り抜いていたが、その陣形も崩れかけている。


「全員、今のうちに下がれ。これは命令だ。」

蓮の言葉に、兵士たちは目を見合わせながらも動こうとしない。

その様子に、蓮はこれまで見せたことのない厳しい口調で告げた。

「命令違反者は即刻処刑する。私を信じろ。」

その言葉に、兵士たちは苦渋の表情を浮かべながらも後退を始める。


蓮は剣を握りしめ、疲れ切った部下たちを見送り、一人戦場に立ちはだかった。

深く息を吸い込み、鋭い視線を遠くの敵軍主将へと据えた。

「最後まで持ちこたえる……」彼は低く呟き、前へ一歩踏み出した。


敵軍主将は冷笑を浮かべ、周囲の兵士に手を振って後退を命じた。重い長刀を引きずるように持ちながら、蓮に向かって大股で歩み寄る。その表情には侮蔑が滲んでいた。

「逃げることを諦めて、ここで死ぬ覚悟を決めたか。ならば、俺が直々に送ってやる!」


金属の軋む音と血の匂いが戦場を支配する中、二人は激しく斬り結んだ。

敵主将は先手を取るべく長刀を振り下ろした。その鋭い刃先が蓮の頭上に迫る。蓮は素早く身を翻してかわし、反撃の一撃を敵将の腰に狙い、数歩後退させた。


刀と剣がぶつかり合い、火花が飛び散る。敵将の攻撃は力強く、重厚な一撃が続くが、蓮はそれに翻弄されることなく、巧みな足運びと的確な剣筋で応じた。さらに地形を利用して反撃を重ね、敵将の腕に深い傷を負わせた。


「くそっ!」敵将は怒声を上げ、両手で長刀を振り回し、風圧を伴う一閃を繰り出した。蓮は一歩後退したが、足元の砕けた石に足を取られ、バランスを崩した。その一瞬の隙を敵将は見逃さず、刃を胸元に向けて突進する。


蓮は地を蹴って跳び、寸前で致命の一撃をかわした。剣を地面に突き立て、舞い上がる砂塵で敵将の視界を奪う。その隙に反撃の刃を振り下ろし、敵将の胸に深々と切りつけた。


「ぐっ……!」敵将は血を噴き、憎悪と恐怖を宿した目で蓮を睨む。しかしその間にも、敵兵たちは四方八方から迫り、包囲を狭めていく。


蓮は息を整えながら剣を握り直した。すでに体力の限界が迫っているのが明らかだった。「……まだ終わらせられない……」彼は自らを奮い立たせるように呟いた。


混乱の中、一人の敵兵が長槍を突き出し、蓮の腹を深く刺した。疲れ切った身体では避ける術がなかった。衝撃が身体を駆け巡り、口元から血が滴る。


だが、彼はその場で膝をつくことなく、刺さった槍を振り払い、剣で柄を斬り落とした。


「……こんなものか!」蓮は怒声を上げ、 「……私を倒せるとでも思ったか!」再び反撃に出た。近くにいた敵兵を力任せに切り伏せると、鮮血が戦場に飛び散った。


敵軍主将は蓮の執念深さに一瞬たじろぎつつも、すぐに再び襲いかかった。「これで終わりだ!」


怒りと焦りの叫びが響く中、蓮は最後の力を振り絞り、剣を高く掲げた。

剣先が陽光を受けて冷たく輝く。


そして、蓮は剣を投げ放った!


剣はまっすぐ空を裂き、敵将の喉元を貫いた。驚愕に染まった敵主将の顔は、恐怖と共に崩れ落ち、動かなくなった。


蓮は片膝をつき、荒い息を繰り返す。

剣を握っていた手は力を失い、地面へと垂れた。

血に染まる戦場の空を見上げ、彼はわずかな微笑を浮かべた。

そして、その身を血の海に委ねるように静かに倒れた。


その頃、凛音は急いで快马加鞭蓮のところに向いた。


どうか、何も起こりませんように。

凛音は心の中で何度もそう祈りながら、自分に言い聞かせた。

慌てちゃダメ。落ち着いて……冷静に考えなきゃ。


もし蓮なら――最初から、敵が辺境を攻める計画を察知していたはず。

それでも、兵力が足りない中で、民を守るために一人で戦う道を選んだんだろう。

私を難民キャンプに向かわせたのも、私を危険から遠ざけるため……。


「どうして、こんなにも頑固なの……。」

悔しさに拳を握りしめ、凛音は思わず呟いた。

「どうして話してくれなかったの?一緒に戦えたはずなのに……。」


「浮游、蓮の気配を感じなくなったのはいつ?」

「ほんの少し前だ。あいつ、お前に玉佩を渡しただろう。それを見てみろ。色が淡いピンクに変わってる。」

「それって……どういうことなの?」

「今説明してる暇はない!早く行け、彼の元に!遅れたら取り返しがつかなくなるぞ!」


陽光が煙の隙間から差し込み、戦場に散らばる血と塵を薄く照らしていた。

薄い青空に浮かぶ雲の向こう、彼は愛する人の笑顔を思い描いた。


「最後は……凛凛に会いたかったなあ。」


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