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雪の刃—殺し屋の元王女さま  作者: 栗パン
第四章:明徳の道、心に乱あり
48/183

48 一人二役

模擬廷が終わり、夕陽に染まる庭で学員たちが三々五々散り始める中、衛公子が静かに凛音へ近づいてきた。

「凛音様。今日の議論、とても見事でした。」

柔らかな声に振り返ると、衛公子は穏やかな微笑を浮かべ、一礼した。

「凛音様の提案、本当に素晴らしかったです。私自身、とても勉強になりました。」


凛音は控えめに頷き、冷静に答える。

「ありがとうございます。衛公子の発言も鋭く、非常に参考になりました。」


衛公子は微笑みを浮かべたまま、静かに袖から一つの玉佩を取り出した。それを手のひらに乗せ、凛音の前に差し出す。

「実は、凛音様にお見せしたいものがございます。」


玉佩に目を留めた瞬間、凛音の心が一瞬揺れ動いた。日差しがその表面をかすかに照らし、刻まれた雪華国の紋様がはっきりと浮かび上がる。


「詳しい話は、後ほどお伝えします。お時間をいただけますか?詳しい場所は使者に伝えさせますので、どうかお越しください。」


凛音は逡巡しつつも、静かに一礼して答える。「……わかりました。」

衛公子は満足げに微笑み、一歩下がると、「お待ちしております」と言い残し、足音も静かにその場を去っていった。


「凛凛、今日あの衛公子とよく話してるみたいだね。」

軽い口調で話しかけながらも、蓮の目はちらりと衛公子の背中を追っていた。

「そうですね。議論の中で彼の見識には助けられています。」

「でも、気をつけてね。」蓮はふっと笑いながら言葉を続けた。「あの人、ただの優秀な学員ってわけじゃなさそうだから。」

「それは蓮にも言えることでは?」凛音はあえて安心させるように微笑みながら返した。


指定された場所は「朝花亭」と名のついた一軒の酒館だった。豪華な装飾に彩られているが、時の流れを感じさせる古びた雰囲気が漂う。

扉を開けると、仆人たちの視線が一瞬凛音に集まった。間を置かずに丁寧な態度で迎えられるものの、どこかぎこちない様子が見て取れる。視線は自然と二階のほうへと向いていた。

「衛公子様は奥でお待ちです。」案内された先は窓際の席だった。


「お越しいただきありがとうございます。では、本題に入りましょうか。」

衛公子は穏やかな笑みを浮かべ、軽く会釈して凛音を迎えた。その指先は机上の玉佩に触れ、ゆっくりと回しながら続ける。「きっと、凛音様にとって興味深い話になるはずです。」


次の瞬間、彼は懐から古びた帳簿を取り出し、机の上に置いた。帳簿の表紙には手垢が染み込み、年月の経過を感じさせる。


「これは、雪華国の滅亡に関わる者たちの記録です。」衛公子の声は平静だが、その瞳には計り知れない光が宿っている。「毒害や放火、軍情の漏洩、果ては辺境での交易までも。全てがこの中に書かれています。」


凛音は帳簿に目を落としながら、眉をわずかに寄せた。「なぜ私にこれを?」

衛公子は淡い笑みを浮かべたまま答える。「理由は簡単です。あなたがこれをどう使うのか、見てみたいのです。そして……」

彼は凛音をじっと見つめた。「この情報を公にすれば、あなたの目的も大きく前進するのではありませんか?」


凛音は微動だにせず、その言葉を聞き流すように受け取ったが、内心では小さな波紋が広がっていた。この帳簿が持つ重みと、それが引き起こす未来を、彼女はすでに理解していた。


衛公子は机の上の帳簿を軽く指で叩きながら、口元に薄い笑みを浮かべた。「さて、この帳簿に記された名前の中で、特に興味深い人物がいます。それは――穆尚書。」


「穆尚書……?」凛音はその名前を繰り返した。幼い頃の記憶の断片がかすかによぎるが、彼女にはその人物の具体的な顔や行動は思い出せなかった。ただ、その響きに不穏な気配を感じる。


衛公子は微笑を深め、言葉を続ける。「彼はかつて雪華国に仕え、そして雪華国滅亡の立役者となった人物です。敵軍に軍事機密を流し、味方の兵糧を枯渇させた。結果、あなたのお父上が守るべき戦線が崩壊し……雪華国は滅びた。」

凛音はわずかに視線を落とし、冷静さを保ちながら問いかけた。「彼が今も健在であるということですか?」


衛公子は玉佩を指で回しながら、軽い口調で答えた。「ええ、現在は白澜国の信任を得て、辺境を管轄する要職についております。そして興味深いことに、彼の名はこの帳簿にもたびたび登場します。」


「どういうこと?」凛音は鋭い視線を向けた。

衛公子は肩をすくめ、飄然とした態度で言葉を返した。

「――いや、もっと親しみのある名で呼んだほうがいいですかね?たとえば――慕侯爵、と。彼は雪華国だけでなく、現皇帝にとっても潜在的な脅威です。この情報を渡すことで、清算すべき時を早めるきっかけを作れるかもしれません。」


「清算、ですか。」凛音は一瞬目を伏せ、次に衛公子を見据える。その言葉の裏にある真意を探るように。

衛公子はさらに一歩踏み込んだ。「正義とは、時に手を汚さなければ成し遂げられないものです。凛音様も、そうお考えでは?」


凛音はその一言に短く考えを巡らせた後、静かに帳簿を手に取った。「お預かりします。」

衛公子は満足げに微笑み、玉佩を懐に戻しながら言葉を締めくくった。「凛音様がどのような選択をされるか、心から楽しみにしております。私の話が退屈でなければ、次に何をすべきかは凛音様ご自身がよく分かるはずです。」


凛音はその言葉に応じず、席を立つ際、一瞬だけ衛公子を見据えた。「あなたの真意を見極める必要がありそうですね。」

衛公子はその言葉に対しても、ただ微笑むだけだった。


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