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雪の刃—殺し屋の元王女さま  作者: 栗パン
第四章:明徳の道、心に乱あり
46/183

46 陛下、ご到着!

明徳堂に通い始めて三日目。


私は未だ、なぜ皇帝が私をこの塾に入れたのか、その真意を測りかねている。

しかし、この塾が単なる学問の場ではないことは、もう十分に理解した。

表向きは才ある学員たちが集い、未来を担う人材を育成する場所。

だが、実際には次期皇帝の座を巡る党派の争いが渦巻き、その陰では陰謀と暗殺さえ見え隠れしている。


復讐を決意する前、皇家との関わりは極力避けたかった。

深入りすれば余計な波紋を広げることになると分かっていたからだ。


だが――蓮だけは例外だった。

彼がそばにいるのは自然で、皇家を遠ざけようとする一方で、彼との縁を断つことだけは考えられなかった。


そして今――復讐を決めた以上、皇家に関わることは避けられないどころか、自分の立場を築く必要さえある。

皇子たちを駒として利用する。

それが最も効率的で、現実的な手段だ。大皇子も、三皇子逸も。


ただ、一つ奇妙なのは――その争いの中心にいるはずの大皇子の存在が、全く感じられないことだ。一度も顔を合わせたことがない。蓮や逸と違い、彼はまるで影のようだ。この違和感が、単なる偶然なのか、それとも背後に何か隠されているのか、考えずにはいられない。


三皇子逸――彼は一見単純そうに見えるが、それがかえって彼の本心を掴みにくくしている。見かけ以上に何かを隠しているようにも感じる。


しかし、蓮だけはまた別の存在だ。

彼を駒として扱うこと――それは、どれほど目的のためだとしても、自分自身が許せない。それがなぜなのか、今は言葉にできない。ただ分かるのは、彼は私にとって特別な存在であり、計略の一部として利用する相手ではないということだ。


皇家と深く関わるほど、この塾での時間は単なる学びの場ではなく、復讐のための盤上となる。

父上を、国を、そして清樹のような民を奪われた恨み――その真相を暴き、罪を犯した者たちに報いを与える。それが私の唯一の目標だ。

この塾に通うことで、敵を知り、味方を増やし、皇家における立場を築ける。

蓮や逸、大皇子――彼らの動向を見極め、その力を必要に応じて引き出す。復讐を果たすためには、それが最も現実的な方法だろう。


さて、その駒をどう使うか、どこで動かすべきか――次の一手を考える時が来た。


「凛音様!」

清樹の小さな声が、耳に飛び込んできた。振り返ると、彼はいつになく慌ただしい表情を浮かべている。

「どうしたの?」

「陛下がいらっしゃるそうです!すぐに準備しないと……」


その一言に、私の眉がわずかに動いた。

皇帝が、この塾に?何の目的で?


外から聞こえる騒がしい足音やざわめきは、すでにその威厳を肌で感じさせる。学員たちが走り回る気配が、空気をさらに緊迫させていた。

「行きましょう。ここで余計な疑念を持たれるわけにはいかない。」



正門前では、学員たちが整列し、かしこまった姿勢で待機していた。普段の落ち着いた雰囲気とは違い、そこには明らかな緊張感が漂っている。

「陛下、ご到着!」

伝令の声が響くと、場の空気は一瞬にして張り詰めた。


朱漆の門がゆっくりと開き、皇帝が悠然と姿を現す。金糸で龍の紋様が縫われた皇袍が陽光を受けてきらめき、一歩一歩がその地位の重みを物語っていた。

学員たちは一斉に深く一礼する。凛音もその中に紛れながら、頭を下げたまま耳を澄ませた。


皇帝は列をゆっくりと見渡し、ふと立ち止まる。目を留めたのは――凛音だった。

「凛音、この塾での学びはどうだ?」

親しげな問いかけだが、その視線には底知れぬ意図が潜んでいるように感じられた。

「非常に充実しております。太傅の教えも、学員たちとの交流も貴重な経験です。」凛音は決して感情を表に出さず、礼儀正しく答える。

「そうか。それならよい。」

皇帝は微笑を浮かべ、わずかに頷いた。


「朕、今日ここに足を運んだのは、諸君の才をこの目で確かめるためである。才俊揃いと聞くが、果たしてその力、如何ほどのものか。皆、存分に示してみせよ。」


太傅が一歩前に進み、微笑を浮かべながら学員たちに告げた。

「陛下の御前で、学問のみならず、治国の才と知略を試す場が用意されております。」


太傅は学員たちを見渡し、一呼吸置いてから静かに問いを投げかけた。

「辺境の村々が毒害や放火の被害を受け、荒廃しています。この状況を踏まえ、いかにして村々の秩序を回復し、民生を保障しつつ、より強固な辺境防衛を構築すべきか。」

さらに、視線を鋭くしながら続ける。

「防衛強化には資源が必要です。では、増税を行うべきでしょうか?行う場合、その公平性と効果をいかに担保するか。増税を行わない場合、代わりにどのような手段で資源を確保するのか。」

その言葉に、学員たちの間にざわめきが広がる。深刻な課題に対し、誰もが息を呑んで考え込んでいた。


だが、凛音と蓮はすぐに気づいた。

この問題は、お茶会の場で凛音が皇帝に話した北境の惨状そのものだった。


「つまり、私に向けた質問でもあるわけね……」

凛音は微かに眉を寄せたが、表情を崩さず冷静を保つ。

一方の蓮も視線を下げ、いつもの気怠げな態度を崩さずにいたが、その目は何かを読み解くように鋭く光っていた。


その沈黙を破るように、皇帝が静かに口を開いた。

「秩序の回復は急務、防衛の強化は長策、そして民心の安定こそが根幹である。この三つをいかに調和させ、限られた資源で成し遂げるか――朕はその才を見定めたい。」

その声は落ち着いていたが、確かな威厳を感じさせ、場の空気を一層引き締めた。


「そこで今回は、二つの派に分かれて議論を行ってもらいます。一方は民生を重視し、秩序と安定を最優先とする『民生派』。もう一方は防衛を重視し、長期的な安全を図る『防衛派』です。」

太傅は学員たちを見回し、さらに付け加えた。「もちろん、どちらが完全に正しいというわけではない。重要なのは、どのように説得力ある提案を示し、それを現実に落とし込むかである。」


突然、皇帝は一歩前に進み、ゆっくりと微笑を浮かべた。

「ふむ。では――凛音は民生派に、蓮は防衛派に入るがよい。」


その一言に、一瞬場の空気が凍りついた。学員たちの間から低いざわめきが広がる。

「林家の娘と二皇子殿下が対立する……?」

「これは、ただの模擬廷じゃないな。」


凛音はわずかに眉を寄せたものの、表情を変えることなく一歩前へ出る。そして、静かに頭を下げながら言葉を紡いだ。

「承知しました。」

その声には落ち着きが宿っていたが、胸の内では波紋が広がっていた。

――なぜ、自分と蓮をあえて対立させるのか。皇帝の意図は、単なる試験を超えていると感じずにはいられなかった。


一方、蓮はというと、わざとらしいほど気怠げな仕草で肩をすくめ、一歩前へ進む。

「面白そうだな。凛凛と議論する機会なんて、滅多にないからね。」

口元に浮かぶ笑みは軽いものだが、その瞳の奥には冷静な光が潜んでいる。彼が心底から遊んでいるわけではないことを、知る者はごくわずかだろう。


皇帝は二人の様子を満足げに眺めると、再び学員たちを見渡しながら告げる。

「双方とも、己の力を存分に示せ。そして、朕を納得させる解を導き出すがよい。」


ここまで読んでくださった皆さま、こんばんは!

今日は次の章の第一話を執筆しておりました。

書き終えた後、なんだか不思議な感動と嬉しさが込み上げてきました。自分の筆の中で生まれたキャラクターが、こうして成長していく姿を見るのは、本当に特別な気持ちです。

小説を書くことは、つくづく面白いものだなあと改めて思いました。

今のところ、1日2話のペースで更新していますので、このエピソードなら皆さんに来週の月曜日にはお届けできると思います!

どうぞ楽しみにしていてくださいね!

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