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雪の刃—殺し屋の元王女さま  作者: 栗パン
第一章:試練の旅路、霧の彼方へ
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18 仮面の名医

「殿下、私の不才で凛音様が怪我をしました。申し訳ございません。」

李禹は深々と頭を下げ、その声には悔しさが滲んでいた。

蓮は答えず、短く息を吐きながら何かを考えるように目を伏せた。しばしの静寂の後、彼は低く呟くように言った。

「……今後はもっと注意するんだ。」

李禹は「はい」と短く応え、扉を静かに開けて部屋を辞し、外で守りについた。


残された蓮は、寝息を立てる凛音の枕元に歩み寄り、静かにその顔へ視線を落とした。

月光が彼女の顔を照らし、薄く寄せられた眉が、抱えた痛みと疲れを物語っている。

彼の指先はそっと彼女の頬に触れた。その触れ方には、守りたいという強い願いと、触れることすらためらうかのような切なさが滲んでいた。

だが、凛音が微かに動いたのを察すると、蓮は名残惜しげに手を引き、音もなく部屋を後にした。


「凛雲様、お目覚めになられましたか。怪我は大丈夫でしょうか。」

「ええ、大丈夫です。私が寝ている間に見守ってくれてありがとうございます。」

「いいえ、凛雲様は昨日私を庇ってくれて感謝いたします。」

李禹は少し躊躇した後、口を開いた。

「凛雲様、昨夜の医者ですが、町では“仮面の名医”として知られています。二日前に突然現れ、この町の疫病患者を次々に治療したことで評判になっています。しかし、彼の素性を知る者は誰もおりません。」


「二日前……」凛音は窓の外の雨跡を眺めながら呟いた。その仮面の男が何者なのか、なぜ自分を助けたのか――疑問が次々と頭をよぎる。

「凛雲様、この男の出現は偶然とは思えません。彼の治療には感謝していますが、完全には信用はできません。」

「……ええ、私もそう思う。」

凛音は肩の包帯を軽く押さえ、心の奥に小さな警戒心を抱きながらも、不思議と彼に親しみを覚えるような感覚が拭えなかった。


「李禹、準備ができたらすぐに出発しましょう。」

「承知しました。」

凛音はそう言って立ち上がったが、わずかに足元がふらついた。李禹が慌てて支える。「無理はなさらないでください。」

凛音は短く頷きながら、無理をしている自分を少しだけ咎めた。しかし、それを表には出さなかった。


その時、扉がノックされた。李禹が剣の柄に手を置きながら慎重に扉を開けると、昨夜の医者が立っていた。「おはようございます。傷の具合を確認させていただきたい。」

彼の落ち着いた声に、凛音は驚きを隠しながら彼をじっと見つめた。一瞬の警戒を胸に抱きつつ、彼女は静かに頷いた。


医者は部屋に入り、凛音の肩の包帯を手際よく交換しながら言った。

「傷は順調に回復していますが、まだ無理は禁物です。」

「ありがとうございます。でも、私たちはこれから出発するわ。」

「それならば、私も同行させていただけませんか?道中、治療が必要になるかもしれません。」

李禹は即座に反応した。

「何故あなたが同行する必要があるのですか?」

彼の声には露骨な警戒が込められていた。


「医者として、患者を見捨てるわけにはいきません。それに、この先の地域は疫病が広がっています。治療を必要としている人々も多いはずです。」


彼は去ったはずなのに……どうして戻ってきたの?

言葉に偽りがないように見えますが、何か隠しているような気配も感じた。

……彼が同行すれば、何か分かるかもしれない。


凛音はしばらく考えた後、決断した。

「……わかりました。一緒に来てください。」続けて、自ら名乗りながら医者に視線を向けた。「私は林凛雲と申します。こちらは李禹です。以後、お見知りおきを。」


医者は一瞬だけ驚いたようだったが、すぐに穏やかな声で答えた。「洛白(ラクビャク)と申します。微力ながら、お力添えさせていただきます。」

李禹はその名前に微かな違和感を覚えつつも、何も言わなかった。その目は依然として医者を疑っていたが、凛音の意志を尊重し、黙ることを選んだ。


凛音、李禹、そして洛白の三人は、町を後にした。空は晴れ渡っているものの、遠くには灰色の雲が垂れ込め、不穏な気配が漂っている。

「この先は、少し荒れた地域に足を踏み入れることになるでしょう。用心してください。」

李禹は剣の柄に手を添え、目を光らせながら周囲を警戒していた。旅立つ前に耳にした疫病や匪賊の噂が、どこか現実味を帯び始めていた。

青々とした草木は影を潜め、代わりに焼け焦げた木の幹や崩れた石垣が目につき始める。足元には焦げた瓦礫が散らばり、風が灰を巻き上げるたびに、荒廃の痕跡が一層際立った。


「王都とは随分違いますね。」

洛白が小声で呟いた。その言葉に、凛音が一瞬だけ彼を横目で見たが、特に問い返すことはなかった。

その時、遠くからかすかな人の声が聞こえてきた――助けを求めるような弱々しい声だった。

凛音が声のする方を振り返り、小さく息を吸った。


目の前には、一群の疲弊した難民たちが現れた。彼らの顔はやつれ、服は泥にまみれている。老人が倒れ込み、子供たちは泣き声を上げていた。痩せた女性が壊れた壺を抱えながら、ぼんやりとこちらを見つめている。


「彼らは……」凛音が足を止めると、難民の一人が震える声で語り始めた。

「村が……匪賊に襲われ、すべて焼かれました。私たちは逃げ延びたものの、このありさまです。助けてください……」

洛白はすぐにその場に膝をつき、倒れた老人の脈を取った。

「衰弱しているだけだ。水を与え、少し休めば回復するだろう。」

彼は荷物から薬草を取り出し、迅速に調合を始めた。その動きには迷いがなく、余裕すら感じられ、まるでこの状況を予測していたかのようだった。


「このような状況が続けば、さらに多くの人々が犠牲になるでしょう。」

李禹が険しい顔で言うと、洛白は静かに頷き、治療に集中しながら口を開いた。

「分かっている。でも、今は目の前の状況を少しでも改善するしかない。」

その背中には、医者としての責任と意志が刻まれているようだった。


数時間後、子供がようやく泣き止み、老人が弱々しい声で礼を言うと、一行はようやく静けさを取り戻した。凛音は疲れた目で難民たちを見渡し、洛白に向き直った。

「あなたがいてくれて助かったわ。」

「医者として当然のことをしただけです。」

洛白の声は低く、どこか冷静さの裏に感情を隠しているようだった。

李禹は少し距離を置いてそのやり取りを見つめ、名医に対する疑念を胸の中でさらに深めていた。


その時、洛白がふと周囲を見回しながら口を開いた。

「逃げてきた人々の中には、疫病の感染者も含まれている可能性があります。匪賊だけでなく、疫病の蔓延もこの地域の状況を悪化させる原因でしょう。」

凛音はその言葉を受け、考え込むように目を伏せた後、静かに口を開いた。

「ということは、感染源を突き止めない限り、どこも安全ではないのね。」


しかし、感染源がどこにあるのか……

どこを探せば、その答えが得られるのか……


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