表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪の刃—殺し屋の元王女さま  作者: 栗パン
第十六章:風は南より来たりて、林を拂う
176/183

176 謀りの後朝

 翌朝——蓮の寝宮は、朝から妙に騒がしかった。


 主君の席には、アイが図々しく腰を下ろし、口を尖らせている。

 一方、アミーリアはまるで自分の家のようにくつろいだ様子で、李禹リウに「お茶!」「お菓子!」と気楽に指図を飛ばしていた。

 凛律リンリツはといえば、何かを気にして落ち着かず、部屋の中をぐるぐる歩き回っていた。


 そして、ようやく蒼岳ソウガクの度重なる促しを受けて身支度を終えた蓮が、ぼんやりとした足取りで応接の間に姿を現した、その瞬間——


「蓮っ、音ちゃんは大丈夫だったの!?」


「ああ、大丈夫。今は寝てるよ……」

 寝起きの蓮は、まだ半分夢の中といった顔で答えた。


 それを聞いたアミーリアは、思いきり舌打ちしながら、盛大に目をひっくり返した。

「つまり今、あなたは『凛音様と同じベッドで眠りました』って、私たちにのろけてるわけ?」


 その一言に、蓮は真っ赤になって一気に目が覚め、慌てて手を振った。

「ち、違う違うっ、そんなこと言ってないから!そもそも一緒に寝てないし!」


「はぁ?でも同じ部屋でしょ?」


「う、うん……でも、凛凛はベッドで、僕は……畳の上で寝たから……」


 その場の全員が、絶妙な沈黙のあと、そろって目をそらした。李禹は肩をすくめ、凛律は軽く笑いながら額に手を当てる。


「ま、いかにも蓮らしいな。」


 そのとき、アイは黙って席に座ったまま、ぷいっとそっぽを向いていた。


 蓮はそっと近づき、困ったように頭を下げた。

「ごめんごめん。本当に知らなかったんだ、わざとじゃないよ。」


 アイは返事をせず、ぷいっと顔を背けたまま、ふんと鼻を鳴らす。


「アイ君……本当に僕も知らなかったんだよ。凛凛だって同じだよ……」


「……次、こういうことがあったら、一番に私に教えなさい!」


 その言葉が出た瞬間、部屋にいた全員がそろって声を上げた。

「次!?」


 ちょうどその時、洵がひょっこりと顔を出し、いかにも楽しげな笑みを浮かべて言った。

「おやおや、みんな揃ってるじゃないか。」


「陛下。」

「父上。」

 一同が慌てて起立し、礼をとると、洵は軽く手を振ってそれを制した。


 だが――その直後。

 みなが安心して顔を上げた、その一瞬。


「ふん、昨夜、南宮家ナングウけを地に落とそうとした者たちが、皆ここに集まっていると聞いた。ちょうどいい、手間が省ける。」

 洵は何気ない口調でそう言い放った。


 蓮と凛律は同時に顔を上げ、アイでさえ背筋を伸ばして、身を固くした。


「ま、みんなで引き続き集まっておいてくれ。朕は、可愛いお嫁殿を迎えに行ってやろうかね。」

 洵はそう言って、にこにこと笑いながら部屋を後にした。


 朱寧宮シュネイキュウ

 高殿の内、鳳凰が描かれた屏風の奥から、陶磁器が砕ける鋭い音が連続して響いた。香炉は倒れ、香は床に散り、緋の絨毯にも灰が飛び散る。


「ふざけた真似を……っ!林家も洵も、わらわを愚弄しているのか!」

 太后は吐き捨てるように叫び、袖で肘掛けを払った。脇に控えていた侍女たちは顔を伏せ、身じろぎ一つしない。


 その時、奥の帳が音もなく揺れ、一人の黒衣が影のように現れた。顔は半ば面紗に隠れており、声は低く静かだった。

「……お心を鎮めませ。動くのは、今ではございません。」


「今ではない?この上、何を待てと!」


「やつらは今ごろ舞台の高揚の中にいるだろう。ならば、外から切り崩すまでです。」


 太后の目が細くなり、しばし沈黙が落ちる。そして、冷ややかな声で命じた。

「言ってみよ。」


 黒衣は膝をつき、声を潜めて告げる。

「まずは、大理寺の少卿に命じ、慕侯爵家の過去を洗い直させましょう。あの者が誰の手にかかって死んだかなど、我らにはとうに知れたこと。ただ、蓮殿下の火が、その表を覆い隠したにすぎません。」


「ふん……真相が掴めれば一石二鳥、掴めずとも、奴らを揺さぶるには十分。」


「それと、民には囁いておきましょう。――望月公会の殺し屋が白瀾に潜入し、すでにいくつか『無辜の命』が奪われたと。」


「……!」


 太后の口元に、薄い笑みが戻った。

「まこと、狡猾でよい。奴らが信じる『正義』の名で、奴らを裂いてやればよい。」


 蓮の寝宮。


「雪ちゃん、どうだい?ほら、早く早く、褒めてよ。」

 洵は部屋に飛び込むと、まるで凛音からのお茶を待つように、そこに座って笑顔で言った。

「今回、雪ちゃんの信頼を裏切らなかったでしょ?」


 凛音の身支度を整え終えたばかりの翠羽は、一瞬驚いた顔をし、慌てて一礼して部屋を出て行った。

 凛音は落ち着いて、茶卓に歩み寄り、洵にお茶を注いだ。


「陛下、今回は本当に守っていただき、ありがとうございました。」


「陛下?そんな堅苦しい言い方、遠慮しすぎだよ。お父ちゃんって呼んでもいいけど、まぁ洵でいいよ~」

 洵はお茶を一口飲み、にこやかに言った。

「実はね、朕も父って呼ばれるの、あまり好きじゃないんだ。霄寒みたいな父親、朕にはとても無理だよ。」

 洵の眼差しが一瞬、悲しげに揺らめいた。

「でも、君が蓮に嫁ぐなんて、あの小僧がうらやましいね~」


「洵おじさん、太后は簡単に引き下がることはないでしょう。後の策は考えているんですか?それに、林府が焼かれた真相も調べたい。」


「彼女にこんな後宮に閉じ込められているのに、まだ外に出たいのか?」


「洵おじさん、忘れたんですか?私も簡単に引き下がるような人間じゃありません。」


「では、どうするつもりだ?」

「洵おじさんは、どの皇子を太子にしようと思っているのですか?」


「おや?雪ちゃん、なかなかの野心を持っているようだね。」

「いえいえ、ただ、白瀾国には女性が官職に就いた例はありませんが、女性が政治に関わった例はありますから。」


 陽は照りつけ、風は吠える。

 争いの火種は、またしても宮廷へと舞い戻る。

 策と謀が交錯する場に、静けさなど望むべくもない。


 南風ひとたび起これば、林はざわめく。

 古き誓いは、いま再び試されようとしている――守るべきは、名か、志か。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ