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雪の刃—殺し屋の元王女さま  作者: 栗パン
第十五章:過ぎし夢を胸に、還るべき場所へ
175/183

175 偽りの婚礼、真なる誓い

 格子窓から洩れる月光が、絹のように床を撫でていた。

 室内には紅い燭火が揺れ、二人の影が静かに重なっていた。


「はあ……また父上にしてやられたよ。」

 レンはそう呟くと、凛音リンインをそのまま腕の中へ引き寄せた。

 アイと向き合った時と同じく、涙はぽろぽろと止まらないのに、口元にはつい笑みが浮かんでいた。


 ——林家屋敷。


凛律リンリツ。」

 林将軍は凛律の腕を引いて立たせ、その肩をぽん、ぽん、ぽんと三度叩いた。

 その手には重みがあり、その言葉には覚悟があった。


「大事を成す者は、細かいことに囚われぬ。

 大事を成す者は、時に身を屈し、時に耐える。

 そして、大事を成す者は、人が耐えられぬことにも耐えねばならん。」


「……お父様、それは?」

 凛律は背筋を正し、真っ直ぐに将軍の目を見た。


「凛音が嫁いだ相手は——最初から、彼女の愛した男だ。」


「……っ!」

 凛律は目を見開き、しばし言葉を失った。


 林将軍はふっと笑い、腰を下ろしてお茶を一杯淹れ、凛律に差し出す。


「奸臣はいても、国に明君がいないわけではない。」


 凛律は茶を受け取ったが、口をつけることなく席を外し、別の茶器にお茶を注いで将軍の前へそっと差し出した。


「お父様……愚かな私に、どうかご指導を。」


 林将軍は穏やかな目でそれを受け取り、低く、はっきりと告げた。


「太后は確かに強かだ。だが、あの者は南宮の人間ではない。南宮の名を持つ者は……決して侮るな。」


 ——一日前


「林兄、少しばかり面倒なことを頼むことになるかもしれん。」

「臣は構いませんが、この件について、先に蓮殿下に伝えた方が良いのでは?」


「いや、伝える必要はない。」

 シュンは、目の前に並べられた二つのお盆を見ながら、片方の婚礼用の衣装を手に取ると、軽く笑って言った。お盆には、まったく同じデザインの衣装と装飾品が並んでいた。

「敵を欺くためには、まず自分の側を欺かねばならない。」


 洵はそのままテーブルの前に進み、豪華な花瓶を手に取ると、一瞬、指先に力を込め、

 ——ためらいもなく、床に叩きつけた。

「誰か、護衛を呼べ!」


 御前侍衛が急いで駆けつけると、洵は冷徹な目で命じた。

「林将軍を今すぐ監獄に送れ。婚姻を拒否しようとしたからだ。明日、刀を首に突きつけてでも、婚礼に強制的に出席させろ!」


「はい、かしこまりました。」


 侍衛が一歩前に進もうとした瞬間、林将軍は手を振ってそれを止めた。


「動かないでいい。私は自分の足で行く。」

 そう言い残して、林将軍は憤怒を隠さず、その場を後にした。


 ——今、白瀾国王宮の屋上で、アイは一人、ぼんやりと空を見上げていた。

「はぁ……これ、ほんとに大丈夫なのか?白虎、僕たち、あいつら助けに行かなくていいのか?」


 その時、突然、背後から女性の声が響いた。

「何が問題なの?完璧すぎるくらいじゃない。」


 アイはすぐに振り向くと、そこにアミーリアが立っていた。

「アミーリア、どうしてここに?寝宮にいないのか?」


 アミーリアは月明かりを背に立ち、顎をすっと上げてアイを見下ろした。

「ハ?寝宮?私はそんなとこにいる必要ないでしょ。」


 アイは驚き、少し眉をひそめた。

「お前、第一皇子と結婚したんだろ?」


 アミーリアは面倒くさそうに髪をかき上げながら、アイに言った。

「まだ分からないの?もっと頭を使いなよ。」


 ——今朝のことだった。


 ほぼ同じ背格好のふたりの少女が、それぞれの花轿に乗せられていた。

 ひとりは凛音、そしてもうひとりは──アミーリアじゃない。


「母后が『影武者』を使って第一皇子をすり替えるなら、私だってアミーリアの代わりを用意して悪い理由なんてないでしょ?」


「はぁ……陛下ってほんと意地悪い。凛音様と蓮、今頃ショックで泣いてるかもね?」


「大丈夫。泣く時間なんて、あとからちゃんと笑いに変えてやるさ。」


 ——今。


「つまり、洵おじさん最初から私たちを結婚させるつもりだったの?」

 凛音は頬を赤らめ、少し戸惑いながら尋ねた。


「うん、今思うとそうだね。あの時、彼が言ったのは、必ずこの二人を婚礼に出席させることだった。誰もが、私たちが同じ婚礼で、別々の相手と結婚すると思っただろうけど、実際は、彼が最初から考えていたのは、衣装も道具も飾りも歩き方まで全部同じにして、顔が見えないように喜蓋を被せて、私たちが結婚するって計画だったんだ。」

 蓮は凛音の手を優しく握り、ベッドの端に座ったまま話した。でも、視線は凛音から外れ、彼女を見ようとはしなかった。


「そうだったんですね。」

 凛音は軽く頷き、少し目を伏せた。


「凛凛、これで私たち、本当に結婚したんだろうか?」

 蓮は声を震わせず、しかしその問いには深い意味が込められていた。


 凛音は答えなかった。

 彼女の目は遠くを見つめ、心の中で何度も問いかけているようだった。


「凛凛、私たちは二度も婚礼の儀式を踏んだことになるんだ。ひとつは君の親の前で、もうひとつは林将軍の前で。」

 蓮はそのまま、凛音の手を強く握りしめ、続けた。


「お父様、これを知っているのかな?」

 凛音の声はわずかに震え、疑念と不安が混じった。


「今日、婚礼で思ったんだ。林将軍がどうして反抗しなかったのか。」

 蓮は眉をひそめ、さらに言った。「もし父上と裏で繋がっていたなら、すべて説明がつく。」


「それもそうだね。」

 凛音は突然、前の問題に答えた。そして、少しだけ顔を上げて彼を見た。


 その時、ろうそくの炎が静かに揺れ、温かな光が二人の顔を照らし、微かな揺れが部屋の中の静けさをさらに深くした。

 二人は無言で、ただ静かに見つめ合った。

 心臓の鼓動が重なり、無言の中で二人はお互いの存在を深く感じていた。


「凛凛、君と一緒なら、何があっても。」

 蓮は小さな声で、しかし確かな決意を込めて言った。


 凛音は一瞬、言葉を飲み込み、そしてゆっくりと口を開いた。

「私も、君と一緒に。」

 その瞬間、彼女の目は真剣そのもので、蓮を見つめていた。


 彼の手を引き寄せ、そっと唇を重ねる。


 そのキスは、無言で心を通わせるもので、すべての言葉を超えて二人を繋げた。

 ろうそくの火が揺れる音と共に、二人の心も一つになり、部屋の中に満ちた静けさが、さらに深いものとなった。


 夜雨燈前夢未闌,雲開月淡照空山。

 芳心已許花燈下,素影猶隨水自還。

 願君不負江湖遠,我亦長懐歳月安。

 一念深藏星斗下,餘生莫問路多艱。



この詩は、第134話に登場した、蓮の視点の詩への返歌として綴ったものです。

訓読と和訳はこちらに載せています。

https://kakuyomu.jp/works/16818622171416398754/episodes/16818622176555850889

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