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雪の刃—殺し屋の元王女さま  作者: 栗パン
第十五章:過ぎし夢を胸に、還るべき場所へ
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166 剣に語らせて

「出陣?音ちゃん、何の出陣だというんだ?」


 凛律はゆっくりと歩み出ると、手にした佩剣を鞘ごと南宮逸の前にすっと差し出した。

 そのまま、ちらりと凛音に目をやりながら静かに言った。

「ここは戦場じゃない。軍営だ。」


「え~、凛律お兄様?いきなりそんな怖い顔して、剣なんか突きつけてくるみたいなことするの〜どうしたのさ~」

 さすがにその気迫に押されて、逸も少し声を落として言った。


 凛律は一歩前へ出ると、きっぱりとした口調で言い放った。


「この場で誰が演習に出るか、それを決めるのは私だ。南宮逸、ここではお前は第二王子ではない。監軍だ——だったら今日、お前自身が擂台に立て。私と一戦、交えてもらう。」


 逸は一瞬だけ目を見開き、呆れたように小さく息を吐いた。

「……つまり、妹をいじめた罰として、兄上に叩きのめされるってことね。分かりましたよ~もう……」

 そう言いながらも、彼はぶつぶつ文句を言いつつ凛律の剣を手に取る。


 むくれたような逸の表情に、凛音は思わず吹き出しそうになり、そっと口元を隠して目を逸らした。

「……あっ、今、凛音お姉さま笑ったでしょ!?くぅ~、結局ふたりして僕をいじめるんだ~」


 凛律はすでに擂台へと上がりながら、にやりと笑う。

「監軍殿に手荒なまねなど、誰ができますか?」


 逸は仕方なさそうに肩をすくめつつも、腰を上げて歩き出す。

「はぁ……ほんっと、お姉さまって、愛されてるよねぇ……過保護すぎない?」


 擂台の上、風が唸り、軍旗がはためく。

 凛律は背筋を伸ばし、鞘に収めたままの剣を片手に構える。まるで動かぬ山のような威厳があった。

 対する南宮逸は、片手に剣を持ち、もう片方の手は腰に当てたまま、どこか遊びに来たかのような気楽な様子。


「始め!」


 号令と同時に、ふたりが同時に動く。


 凛律は猛虎のように一気に間合いを詰め、鞘に収めたままの剣を横薙ぎに振る。剣筋は見えぬほど速い。


 逸はひょいと腰を落としてその一撃をかわし、軽口を叩く。

「おやおや、これはお兄様らしからぬ手加減のなさで~」


 そのまま反撃に転じ、片手で剣を抜いて凛律の脇腹を狙う。


 しかし、凛律はすでに読んでいたかのように、剣の鞘先で逸の剣を的確に打ち返す。鋭い音が鳴り、両者は一歩引いて間合いを取る。


 観衆は息を呑み、場が一瞬静まり返る。


 逸が先に動いた。

 彼の剣筋は軽快で、動きは柔らかく、まるで風のように撹乱しながら凛律に迫る。


「もしかして、怖くて抜けないんじゃない?」


 その言葉の直後、凛律が地を蹴った。体勢を低くして、まるで獲物に飛びかかるように接近。


 逸は咄嗟に距離を取るが、気づけば——凛律の剣はすでに抜かれていた。

 その刃が風を切り、逸を追い詰める。


 凛律の剣筋は重く、正確で、どこにも隙がない。

 逸は機転を利かせてかわすものの、反撃の糸口を見いだせない。


 数十合ののち、逸はわずかに息を切らし始めた。

 一方の凛律は、呼吸も乱さずに立っていた。


「……ったく、凛音お姉さまが絡むと、ふたりとも容赦ないよね。蓮兄上もそうだけど、すぐ湖に突き落とそうとするんだから。」


「まだ勝負はついていない。喋る暇があれば、構えたらどうだ?」


 凛律がふっと笑い、一閃。


 逸は身をひねって避けようとしたが——その瞬間、凛律の剣鞘が逸の剣を下から打ち上げ、逸の体勢が崩れる。


 そしてそのまま、凛律の刃が逸の喉元、わずか半寸の距離で止まった。


 誰もが息を呑み、動きを止めた。


 逸は一瞬その刃を見つめ、肩をすくめて剣を放り上げ、受け止めてから仕草だけ優雅に収める真似をした。

「はぁ……凛律兄様って、本当にかっこいいなあ。」


 そう呟くと、ふと凛音に目をやり、声にならないような小ささで続けた。

「……でもさ、『隙』が生まれるその一瞬を、僕はずっと狙ってるんだ。」


 その後、演練は予定どおり、粛々と続行された。今度は、射術の実技演示。

 白瀾軍を代表して選ばれたのは、他ならぬ副参謀・林凛音だった。誰に促されるでもなく、煽られるでもなく。彼女は淡々と、務めを果たすべく弓を手にし、所定の位置に立つ。

 その所作は静かで無駄がなく、まるで風に揺れぬ柳のように、揺るぎなかった。


「——第一矢、構え!」

 号令とともに凛音が弓を引く。放たれた矢は、風を裂き、一直線に的の中心へと突き刺さった。

 続けて第二矢、第三矢。全部見事に中心へ。しかし、勝ち誇るような笑みも浮かばない。ただ一つの任務を淡々とこなす、兵士の顔だった。


 夜、凛音は自分の幕舎で兵書を読んでいた。

 そこへ、やはり現れたのは——淵礼だった。


 彼が入ってくるなり、凛音は湯気の立つタンポポ茶を差し出す。

「淵礼兄上、どうぞ。」


 淵礼はふっと微笑み、茶を受け取った。

「……体は、もう大丈夫か?」


「うん、もう平気。でもね——」

 凛音は立ち上がり、後ろの棚から赤い漆箱を取り出す。

「もらった玄鉄の簪、折れちゃったの。」


 淵礼はそれを受け取り、しばらくじっと見つめたあと、蓋を開けることなく言った。

「……また作ればいいさ。」


 湯気の立つ茶を口にしながら、ふたりの間には——

 どこか心地よい沈黙が流れていた。


 やがて、淵礼がぽつりとこぼす。

「『雪』って呼ぶと、きみは嫌がるけど……それでも、私はそう呼びたいんだ。雪——」


 その声は、驚くほど優しかった。


「父上と母上に会ったんだろう?まだ……昔みたいに怒ってる?小さい頃のことも……ちゃんと思い出せた。あの人たちが、どれほど僕たちを想ってくれていたかも。」


 凛音は、ゆっくりと頷いた。

「うん。ふたりとも、優しかった。もう、怒ってないよ。」


「……そっか。それなら、よかった。」


 しばらく茶を啜った後、淵礼が冗談めかして笑う。

「ねえ、雪。きみが記憶を返してくれたおかげで、剣の腕、かなり上達したんだよ?」


 凛音もくすっと笑い返す。

「あら、それじゃ——今の私に勝てるつもりかしら?」


 幕の隙間から、淡い月明かりが差し込む。

 ふたりは無言で剣を取り、立ち上がった。

 それは、久しぶりの手合わせの始まりだった。


 ここ数日、体調があまり良くなくて、どうしても執筆量が少なめになってしまっています。もし明日、更新がなかったら……きっとその日は本当にしんどくて、書くことができなかったんだと思って、どうかお許しいただけたら嬉しいです。

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