表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪の刃—殺し屋の元王女さま  作者: 栗パン
第十四章:鏡の光に別れを、未来の空に願いを
151/183

151 過去の未来へ

 蓮の手は、大きくて、あたたかくて、強い。

 私は、ちゃんとわかってる……そのくらい、ちゃんと。

 林のお父様も、凛律お兄様も、亡くなったお母様も。

 そして、蓮もずっと、私のそばにいてくれたこと。


 だけど、それでも、私は欲張りで、足りなかったんだ。


 夢の中で、何度も何度も、

 父上が母上の胸から剣を引き抜いて、自ら命を絶つ光景を見た。


 誰かの笑い声が響く中で、

 私の故国は、まるで最初から存在しなかったかのように扱われた。

 存在したとしても――それは、滅びを招いた「罪の国」として。


 私が守りたいと願った「正義」の中に、

 私自身の祖国も、自分の民も守るための正義なんて、どこにもなかった。


 部屋の中には、まるで誰も口を開けないかのような、張りつめた空気が漂っていた。

 だが、凛音の言葉が途切れてから、ほんの数秒後――


 洵が、にへらっと笑いながら、ぽりぽりと頭を掻き、凛音の後ろから前へと、ひょいと歩み出てきた。


「へえ、そうなんだ?未来の朕、そんなにイキってるんだ……想像できないなぁ~」


 とびきり甘ったるい声色。

 そう言いながら、洵は伸ばした右手で、凛音の頬をそっと拭った。


「まあ、想像できないって言っても、もともと朕、昔から相当な目立ちたがりだったしね。」


 そう続けると、ふわりと凛音を抱き寄せた。


「未来の朕が、我が愛しの雪ちゃんを泣かせたんなら。

 今の朕、どれだけでも償う覚悟、あるからね。」


 不意を突かれて、凛音は息を呑んだ。

 霄寒が伸ばしかけた手も、宙に止まったままだった。


 そのとき。


「おい、アンタさあ!なんでそんなに軽薄なの!?見てるだけでムカつくんだけど!」


 蓮が、めちゃくちゃ大声でツッコミを入れた。

 洵はわざとらしくため息をつき、ぺしんと軽く蓮の頭を叩きながら、片眉を上げて返す。


「――お前にだけは言われたくない。」


 凛音と霄寒は、そっと顔を上げ、目の前に立つふたりの男たちを見つめた。


 わかっていた。

 彼らが、場を和ませようとしていることを。

 彼らが、救おうとしていることを。

 彼女を。そして、彼を。


 この空気を、あまりにも重くしないために。

 これ以上、誰かが悔やむ未来を作らないために。


 ――優しいんだ。

 ふたりとも、本当に。


 ――悔いているんだ。

 ふたりとも、心のどこかで。


 霄寒は、伸ばしかけていた手をゆっくりと下ろし、深く凛音を見つめた。

 そして、まるで、自分に言い聞かせるように、低く声を落とした。

「……教えてくれるか。君が、見てきた未来を。」


 凛音は、はっと小さく息を呑み、それから、まっすぐに顔を上げた。

「はい。全部、話します。」


 言葉を重ねるごとに、

 その場の空気は、目に見えるように、変わっていった。


 驚き。

 痛み。

 怒り。

 悲しみ。


 それぞれの表情が、静かに揺れていた。

 けれど誰も、彼女の声を遮ろうとはしなかった。

 苦しくても、誰ひとり、耳を背けることはなかった。


 ルシアンが、ゆっくりと口を開いた。

「……つまり、雪華国は、あと一年で滅びる、ということか。」


 彼はふと霄寒へと視線を向ける。

「お前は、私の大事な孫だ。だがそれ以上に、雪華国の王だ。無能のまま、幕を下ろすな。」


 声音には、重みとともに、確かな厳しさが滲んでいた。

「……もっとも、すべては私の無能ゆえだ。デイモンがすでに死んだ以上、私も帰還後、奴の周辺を徹底的に洗い出す。そして、淵礼のことも、責任を持って育てよう。」


 女王陛下が、すっと話を引き継いだ。

「……ルシアン殿だけじゃないわ。蒼霖国に限らず、私たち四国すべて、官僚の中に明らかに繋がっている連中が潜んでいた――誰も気づかなかったほど、巧妙にね。この機に、内側の膿はすべて洗い流す必要があるわ。」


 そう言うと、ちらりと洵に鋭い視線を向ける。

「……もしかしたら、あなたの母上と、私の父上にも、何か裏で繋がりがあったかもしれないわね。」


 洵は肩をすくめ、苦笑いを浮かべた。

「それで?今のあなたは、この一件の黒幕が自分の父親だとでも思ってるわけ?」


 女王は軽く目を伏せ、そして静かに言った。

「……少なくとも、白瀾国の太后よりは、ずっと怪しいわ。」


 部屋の空気が、再び重たく沈んだ。


 霄寒は、何も言わなかった。

 ただ、拳を固く握りしめたまま、微動だにしない。


 そんな彼に、洵が歩み寄り、ぽん、と肩を軽く叩いた。

「……何か言えよ。」

 促すような声。


 霄寒は、ゆっくりと顔を上げた。

 その瞳は、まっすぐに凛音を捉えていた。


 そして、低く、しかし確かに告げた。

「――千雪、雪華国に、一緒に帰ろうか。」


 突然、部屋の片隅で、ふわりと青白い光が瞬いた。

 次の瞬間、ふよふよと浮かび上がったのは――

 小さな、小さな、龍の姿だった。


 浮遊は、ひょいと凛音の肩に乗ると、足をぶらぶらさせながら、きらきらと光を放った。

「……わしも、発言したい。」


「ええええええ!?」 洵が目を丸くして叫び、勢いよく駆け寄る。「これ、まさか、あの堂々たる青龍様!?嘘だろ、こんなにちっちゃくなっちゃって!」


 浮遊は、洵の伸ばした手をぴしゃりと尻尾ではじき飛ばした。

「……空気があまりにも重すぎるからな。そして、我が姫が、この姿を好きだから、だ。」


 ちらりと、凛音を一瞥する。その視線には、微かな照れくさささえにじんでいた。


「いいなあ~。青龍って、こんなに優しいやつだったんだな!朱雀、お前も少しは見習えよ!」

 洵がにやにやしながら言うと、どこからともなく飛び出してきた朱雀が、ぷんすか怒りながら、勢いよく洵の頭をくちばしでつつき始めた。


「でしょ。未来でも、朱雀はよく私の頭をつついてた。でも、浮遊は、ずっと変わらず優しかったんだ。」

 蓮が、肩越しに小さく笑って答えた。


 どうしてだろう。

 あんな深くて痛ましい未来の話をしていたはずなのに――


 それでも、この部屋には、確かに、温かな希望が満ちていた。


 凛音は、そっと浮遊の頭を撫でながら、優しく問いかける。

「浮遊……言いたいことは、何?」


 浮遊は、しばし躊躇うように尾を揺らしたあと、まっすぐに、凛音を見上げて言った。

「……凛音。もう、あまり時間は残されていない。」


「……え?」


「君が未来へ帰還せねば、この世界における『千雪』の存在は、間もなく消え失せる。君自身もまた、この時の流れから、消え去る定めにある。」


『過去の未来へ』というタイトルは、単に未来の時間軸に戻るという意味ではありません。過去に立ちながらも、新しい未来へ歩き出す――そんな想いを込めました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ